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第20話「クイズ、異世界でSHOW➁」

 私はひどく嫉妬した。なぜこの男が、魔法を編み出せるのかと。


 ゼーカ村で生まれ育って百九十年強。エルフの姫として君臨し続け、魔法においては、私の右に出る者など居なかった。

 だが、一つだけ苦手とすることがある。それが、新魔法の開発だった。


 知識も魔力も十分で、詠唱ミスだってしたこともない。祖母の話によれば、数万年に一人の逸材だとか。

 それでも、新しい魔法を作ったことだけがない。そのアイデアさえ出ない。


 だがこのフィルムと名乗る男は、いくつか魔法を作り上げている。

 幾ばくもない命を散らし、いずれ消えゆくだけの『あぶく』であるはずなのに──


「歌に合わせて、鳴いてくれる?」


 ふざけないでよ。


「バルクスさん。おみごと、正解!」


 なにが、「ですが」なの。


「バルクスさんに一点入ります!」


 私はアイリン・ハーウィー、エルフの姫なのに!


「ちょっと待ちなさあい!」


 自分でも驚くような声が出た。喉の奥がじんと痛み、すぐ後悔する。肺の空気を一気に吐き出したものだから、荒い呼吸が止まらない。


「フフ、どうされましたか。アイリンさん」


 笑った。この男、私を嘲笑った。


「いまのおかしいでしょう! アタシは、ちゃんと正解したはず!」


「ですから、問題は最後まで──」


 うるさい、うるさいうるさいうるさい。

 私は合っている、間違っていない。


「あなたの自由で、問題文なんて書き換えられるじゃない!」


「いいえ、書き換えてなどいません。事前に女王陛下にも、問題文を送っています」


 彼は後ろを振り向き、母上に対して気安く話しかけた。


「問題文は変えていない。そうですよね、王妃様」


「……っ」


 助けて。


「どうなんですか?」


「それは……」


 助けてください、お母様。


「王妃様、正直にお願いします」


 助けてよ、ママ。


「………………えぇ、変わっていないわ」


「っ────」


 なんで、なんでなんでなんで。次期女王は私なのに。どうしてその私を、こんな大衆の前で曝すの?

 私は完璧にやってきたはずなのに、どうして──


 机の上のパップロップ。嫌味なほど無垢に尻尾を振るから、余計に腹が立ってくる。でも当たる処もない。見上げれば聴衆、私の失点に唖然と立ち尽くすばかり。


 まるで世界が、一気に敵になったような気分だ。


「さて、バルクスさん。ジャンルの選択をお願いします」


「そうだなあ。じゃあ、ケンタウロスで」


 定石通りのジャンル選択。そんなのエルフが知るわけがない、ケンタウロスのことなど。あんなものは知恵を持っただけの家畜、興味の対象になど成り得ない。


 しかし────私は違う。


「第七問。ケンタウロスの人間と同じ形をした下の耳は、何のために付いて──」


 私はパップロップの尻尾を掴んだ。


「ちゅぴぴぴぴっ!」


「言語を聞き取るため!」


 低く唸るような声が漏れる。しまった、怒りの拠り所がなく、声として出てしまった。

 民衆はおろか、お母様ですら目を丸くしている。司会とやらを務めているフィルムも同じ。答えられたことに驚いているのか、私の声に驚いているのかすら分からない。


 しかし、正解は正解である。


「せ、正解……です」


 そう言って、彼はうつむいた。一瞬見せた悔しそうに寄せた眉間に、私はぞくっとした。とても気味が良かったのだと思う。


 聴衆も遅れて拍手を起こしてくれた。これで大丈夫、先ほど失墜しかけたであろう信頼も回復。ここから先は「ですが」を警戒しながら進めれば、絶対に勝てる。


 あなたは終わりよ、フィルム。


「次のジャンルは魔法でお願い。いいえ、ここから先は全部、魔法よ」


「え、でも封印するって──」


 その戯言に黙って睨みつけた。

 そもそも、知能の低い者に権利などないし、世界樹の使用権なんて殊更ない。今までは持ち前の優しさと慈愛で譲歩したが、騙し討ちするなら話は別だ。


「わ、分かりました。次の問題です。第八問」


 彼は手と声を震わせ、問題文を読み始めた。


「下級魔法において、炎魔法は〈ブレイフ〉、風魔法は〈ザーフ〉、では氷魔法は?」


 今度はしっかりと、問題を最後まで聞いてあげた。

 それにしても、同じ手を仕掛けてくるなんて、舐められたもの。同じ失敗をするはずがない。


 私は優美に、そして、丁寧に落ち着いて尻尾を握った。


「氷魔法〈タルコス〉」


「……おみごと、正解です」


 もちろん正解。

 目論見通り行かなかったからか、彼の声はトーンが下がっている。


 胸がすく思いの中、私はあごを突き出して急かした。

 こんな茶番劇に付き合っていられない。さっさと終わらせる。


「では……次も魔法ジャンルと言うことで、第九問。映像問題です」


 エイゾウ問題……彼の言葉は造語が多すぎる。

 だが、珍妙なことを仕掛けているのは理解できた。警戒しなければ。


「この映像に出てくる魔法詠唱を答えよ」


 彼がそう言うと、奴隷のような服を着た女が姿見を運んでくる。それは私とケンタウロスの目の前、どちらからも見えるような場所に置かれた。

 鏡には私たちを見下ろすような視点が写り、とても腹立たしい。私を見下ろして良いのは、お母様だけなのに。


 すると突然、鏡がくくくっと渦を巻き、その視点が消える。

 何かの攻撃かと構えていると、彼が魔法を唱えた。


「テ・レヴィジョン!」


 その何とも珍妙かつ、センスのない魔法名。それに呼応するように、鏡に新たな視点が写る。これは──世界樹ドラゴン。


 それはこちらを喰らいたがって、何度も顎を動かす。下部には栗毛、ケンタウロスの背中から見た視点だろう。

 すると途端、ドラゴンの三つ顔に氷魔法がぶつかる。それらは正確に眉間を貫き、鱗全体を覆ってゆく。


 これは、私が放った魔法。

 姿見に繰り返し写される、拡散強化氷魔法──なんて美しいのだろう。


 まず密度が桁違い、眉間に刺さった氷魔法は槍のごとく、そこから広がる氷結は苔蒸すよう。これは、よく凝縮された氷魔法であるという証である。

 そして、よく見ると小さな氷塊が出ている。それは魔法本体より先行して、それぞれの眼へと向かっている。目潰しのために、わざと氷塊の欠片を飛ばしているのだ。


 我ながら、惚れ惚れとする魔法技術で──


「ちゅぴーん」


 感慨を覚ます、まぬけな音。背筋が凍り付いた。


 まぬけなのは私ではないか、と。


「確か……ヒューズデー・イゾム・タルコス、だっけえ?」


「バルクスさん……正解です!」


 このケンタウロス、なぜ覚えている。あの一瞬の出来事を、なぜ。


 いいや、そんなことより。私は一体、何をしているんだ。自分の氷魔法に陶酔して、得意のジャンルで失点してしまった。


 フィルムの方へ目をやると、ずるりと不敵な笑みを浮かべていた。

 やられた。これも、あいつの──


 私は肩の力が抜け、ただ机に伏すしか無かった。顔なんて上げられたものでなく、聴衆の白い目を感じては身震いする。もはや、机の木目を見ている方が安心だった。


 私がそうしている間にも、問題は続いた。ずうっとジャンルはケンタウロス。

 その中には答えらえる問題だってあったし、答えようと手も伸ばした。けれど、声を出すことすら恥に思えて躊躇った。


 知能の低い者に権利などない──その考え方が、自分自身を貫く。

 いまの私に、発声など許されないのだ。


 零れる涙を必死に抑え、しゃくりあげる口元を手で塞ぐ。

 逃げることも出来ただろうに、私の脚が逃げることを許さない。案山子のように動かず、ただ晒されるだけの存在になっていた。


 どれぐらいの問題が経過したのだろう、そうしているとフィルムが気付いた。


「あのー、アイリンさん。大丈夫ですか?」


 嘯いている。あなたが私の性格を見抜き、自己陶酔に陥らせたのではないのか。それなのに、まるで知らぬようなフリして私を案じている。

 カッと怒りを向けてやりたいが、顔を上げることが出来ない。後頭部を打ち付けられたように、机から離れようとしてくれない。


 そして、フィルムは反応のない私を見てもなお、進行を続けた。


「えーそれでは……バルクスさん。十七問目のジャンル選択をお願いします」


 もうそんなに進んでいたのか──頭の中で暗算すると私は七点、向こうは九点。いつの間にか、逆転を許してしまっている。


 だが、ここからまた逆転する気力などもう──


「ジャンルは、エルフで!」


 は。

 思わず、その方へ顔を向けた。


「なんで……」


 まさか、これ以上また、私を恥晒しにするために選んだと言うのか。どこまで畜生なんだ、この下等生物共は。


 怒りを滲ませ、ケンタウロスを睨みつけた。

 だが、その彼は赤子を見るような目で答える。


「だってえ、みんなで答えた方が楽しいかなあって」


 な、

 は、

 意味が分からない、私たちは争っているはずだ。

 世界樹の使用権を巡って、わざわざ森を抜けて来た連中。その先でようやく掴んだチャンス。


 なのに、楽しいから? ただ、それだけ?


 司会のフィルムは微笑んで、視界の端には憂い顔の母。てっきり、怒っていると思っていたのに、スカートを握りしめて愁眉を寄せている。


 恐る恐る左に顔を向け、聴衆を見渡す。

 怒っている者など、一人も居なかった。それどころか──


「負けるなー!」

「諦めないで!」


 そんな声がようやく届く。顔を伏せていたころには聞こえなかった声。罵声だと思って、聞き入れなかった声が、ようやくここまで響く。


 手前に置かれた姿見には、泣き濡れた顔が醜く映っている。それなのにも関わらず、民衆は私に声を届けてくれている。


「アイリンさん、次の問題に移りますよ」


 フィルムが諭すように静かに語り掛けてくる。

 それは野暮天ってもの。


「ちょっと待って、オゾム・アテルマ!」


 弱弱しい水魔法〈アテルマ〉で、顔に着いた涙痕を洗い流す。すっぴんになった私が、姿見に映し出された。


 それでも、構わない。

 私はエルフの姫──すっぴんでも、こんなに美しいのだから。

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