第17話「ゼーカ村②」
プライドの高いエルフ族のこと。相手の挑発に乗って蛮行に及ぶのは、高潔な種族として恥ずべき行為だろう。
まして彼女らは、エルフを束ねる王。あれほど見下していた人間を、民衆の前で殺すのは最も避けたいはずだ。
「もう、殺されちゃうかと思いましたよっ!!」
そう言って、僕の背中をたたくシェノン。先ほどの一件でよほど肝を冷やしたのか、ずっとぷりぷりと怒っている。
むしろ殺されるのは、これからではないだろうか。僕はそう警戒していた。
村の外れにぽつんと佇む、古ぼけた民家。軒は所どころ欠けており、雨ざらしになった壁は腐敗が進んでいる。庭には斧や耕具が放られ、人の気配は見えない。
しかし、ここが今日泊まる下宿先である。
向こうからすれば、最も暗殺しやすい場所。何か起きても人目に付かず、不慮の事故に出来てしまう。
「ああら、いらっしゃい」
その中から高齢と思しき老婆が顔を出す。手は血管が浮き出て、丸めた渋紙をほぐしたようだった。
そして、この老婆はアイリンの祖母──つまり、王族の身内であった。どんな口利きも出来るだろうし、祖母が刺客の可能性もある。警戒は止まらない。
「さあ、いらっしゃあい。今、美味し~いスープを煮込んでいるからねぇ」
「わ、わぁ~ありがとうございます~」
ランタンで照らされる顔に、張り付いたような笑顔が浮かぶ。宵闇で僕らを手招きして誘う姿は、お菓子の家から出てくる魔女に見えた。
家の床上に一歩足を踏み込めば、軋んで沈む。もう少し奥へ行けば、レンガ造りの暖炉。その上には巨大な黒い斧があり、向かいの壁にはドラゴンの頭部が掛けられている。まさか、お前たちもこうしてやるという暗示なのだろうか。
「さあさ、お部屋は二階に二つありますからねえ。お好きな方をお選びくださいな」
そう誘導されるまま、二階に続く階段を上る。踏板は不安定で埃で滑りそう。そういう暗殺の仕方だろうか、なんて、邪推すらするほど歩きにくい。
薄暗い踊り場には蜘蛛の巣が張って、とても人が住めるような場所ではない。そう思っていると、一階から老婆が詫びを入れた。
「ごめんねえ、二階はあまり掃除してないから。部屋はきれいにしてるのよ」
本当かよと思いつつ、はあいと適当に返事を返す。
ドアは二つ横に並び、その上部には看板が一つずつ打ち付けてあった。
片方には『アイリン』、もう片方には『リソット』の文字。
恐らく、アイリンと誰かの古巣なのだろう。看板は子供らしい丸文字で書かれており、その経年が分かる。エルフの年齢で考えると、何百年という規模だろうが。
興味本位でアイリンのドアを開けた。
決していやらしい目的ではなく、敵情視察、百戦不殆のためのリサーチである。
部屋に入ると、見渡す限りの本棚が目に入った。その背表紙の檻に囲まれて、クイズ勝負を挑んだことを後悔した。この知識量……バルクスは勝てるのだろうか。
そんな僕の想いを知ってか知らずか、シェノンが単純な疑問を投げかけて来た。
「それで、知恵比べって何をするんですか?」
それは、既に決まっていた。なぞなぞである。
特段の知識を必要としないそれならば、バルクスもアイリンも互角に戦えると考えていた。
僕は一つ、異世界人にも通用するか試してみる。
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の生き物はなーんだ?」
この答えは別段、異世界にいる化け物だとか、そういう事ではない。
答えは『人間』。朝は赤ちゃん、昼は青年、夜は杖を突いた老人と、時間の経過を人間に例えたもの。
シェノンは頭を悩ませるはず。そう思っていたら、ものの数秒で返事が返った。
「あ、カラコレカクタスですね」
ん? は? え?
「砂漠に澄む植物型の魔物ですっけ。朝は四つ足、昼は立ち上がって歩き、夜は根を張って、月明かりを吸収しながら眠るんですよね」
なにそれ、そんなの居るの。知らないんだけど。
知識が要らないクイズなら、バルクスも答えられると思った。
けど、この世界はありえないモノが多すぎた。この調子では、切っても切れない物だって居そう。なぞなぞは諦めよう。
であれば、知識問題かつ、バルクスでも答えられそうな問題を用意するしかない。
しかし、頭を捻るものの出てこない。そもそも二人の知識幅が分からない。考えていても仕方が無いので、何かヒントが無いかと部屋の中を巡ることにする。
幸いここには、アイリンが幼少期を過ごした形跡がある。つまり、知識の泉だ。
本棚を探るのは大変なので、まずは机の上から見てみる。
『ピーカント伝説』『ピーカント伝説Ⅱ』『ピーカント伝説:外伝』
『ピーカントと愉快な仲間たち』『ピーカントVSシャイニングドラゴン』
うーんと……ピーカント大臣が大好きなんだな。うん。
出版は二十年ほど前なので、つい最近までここに住んでいたわけだ。
お次は本棚。六畳一間の本棚をすべて網羅するのは骨が折れるので、ざっと見る。
そこで一つ思ったのが、知識の偏りだった。
魔導書と伝記は多く揃っているが、魔物図鑑や魔法動物図鑑などは存在しない。
世界樹ドラゴンという名づけにも思ったが、エルフ族は多種族への関心が薄のではないだろうか。まるで自分たちが正解と言わんばかりに、人間を見下したりもする。
もしこの仮説が正しければ、それはそのままアイリンの弱点となる。
大体の方針は決まった。
「シェノン、確か、バルクスの授業受けてたんだよね」
「はい」
「だったらさ、ケンタウロスとリングの森について、驚いたことをまとめておいて」
リュックから紙の束とペンを取り出し、それを手渡した。
書き出された情報を基に、問題を作るためである。
ただ、このままでは酷いやらせだ。
バルクスが有利になるような問題を集め、一方的に得点してしまえば、どれだけエンタメに疎くても不公平だと気付かれる。
やらせをするならば、この不公平を薄めなければならない。奇しくもこれは、前世でやらせしまくっていた、江籠ディレクターの口癖だった。
『嘘はバレなきゃ、真実なんだよ』
企画会議で聞いた言葉を思い出し、身震いしてしまう。
危ない危ない、ああなってはいけない。そう自戒の念を込めながら、一見公平な番組作りを目指し、問題作成に取り組んだ。
宵闇が深くなり、一層と濃い黒が星を包む頃。一階から枕飯を誘う声が届く。
「お二人さあん、おいしいスープが出来上がりましたよ。お食べなさあい」
シェノンと二人、顔を合わせる。喉をぐんと鳴らして生唾を飲む。
そして、恐る恐る足を忍ばせ、クモの巣が貼る踊り場に向かった。
木製でよく鳴る階段、それを一段ずつ踏み歩きながら、そおっと食卓を覗く。
そこはまるで最後の晩餐のよう。スープや黒パンが並べられ、中央に肉といくつかの野菜を盛り付けて、食欲を搔き立てんとしていた。
く、これは食べたい。
だが、どんな《《味付け》》がされているか分からない。うかつに手を出すわけには──
「うわああああ! 美味しそー!」
その方を見遣ればシェノン。いつの間にか食卓につき、ナイフとフォークを両手にきゃっきゃとしている。なんてやつ。
「フィルムさんも食べましょうよー!」
そう誘うシェノン、僕が階上に居ることをバラしてしまう。
降りないわけにもいかず、座らないわけにもいかず、あれよあれよと三人で食卓を囲むことになった。
目の前には垂涎必至の料理。腹の虫がぴいぴいと奇声を上げるが、頭には《《暗殺》》の二文字が浮かぶ。
シェノンは取り皿に二枚肉を乗せ、少しばかり野菜も添える。さっきまで一緒に警戒していたのが嘘みたいだ。
「食べないんですか?」
そう言ってシェノンが顔を覗き込ませる。アイリンの祖母も「どうぞ食べて」と促してくる。目の前のスープは黄金色に輝き、パンは焼き立てなのか、麦の香りが鼻腔を支配していた。
僕だって食べていいなら食べたいけど、安全かどうか分からない。
誰か食べ始めるのを待っているけれど、何故か誰も食べ始めない。シェノンはともかく、なんでおばあさんまで食べないのだ。よく見れば小皿もスープもないではないか。
しかし、この据え膳の前で沈黙を続けるのもおかしな話。そもそも、ロケ先で出された物を食べないのは失礼に当たると、海外ロケ番組のディレクターが言っていた。
なにより僕は、開拓者だ。
スプーンを持ち上げ、その一口を啜った。
「んまぁ」
この味、前世で言えばオニオンスープだが、野菜の甘みが一層強い。スパイスもしっかり旨味が出ており、なによりあったかいのだ。
遅効性の毒入りって可能性もある訳だが、その手を止めることは出来なかった。中央の肉を三枚ほど取って、パンに乗せ喰らう。
柔らかな羊肉が口の中で溶け、汁がパンに染みこみ旨味を逃がさない。噛めば噛むほど旨味が増していく。
その姿を見てようやく、シェノンも食べだした。僕のこと、実験台にしていたな。
「あらあ、よほどお腹が空いていたんだねえ」
「いやあ、お腹が一杯でも食べれちゃいますよ!」
先ほどまでの不審はどこへやら、調子の良い事を口走った。
僕らは胃袋を完全に掴まれてしまった。いや、抱かれてしまったのだ。
とっぷりと暮れる夜のしじま、外れの民家では笑い声が響いている。
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