↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/34

第17話「ゼーカ村②」

 プライドの高いエルフ族のこと。相手の挑発に乗って蛮行に及ぶのは、高潔な種族として恥ずべき行為だろう。

 まして彼女らは、エルフを束ねる王。あれほど見下していた人間を、民衆の前で殺すのは最も避けたいはずだ。


 「もう、殺されちゃうかと思いましたよっ!!」


 そう言って、僕の背中をたたくシェノン。先ほどの一件でよほど肝を冷やしたのか、ずっとぷりぷりと怒っている。


 むしろ殺されるのは、これからではないだろうか。僕はそう警戒していた。


 村の外れにぽつんと佇む、古ぼけた民家。軒は所どころ欠けており、雨ざらしになった壁は腐敗が進んでいる。庭には斧や耕具が放られ、人の気配は見えない。


 しかし、ここが今日泊まる下宿先である。

 向こうからすれば、最も暗殺しやすい場所。何か起きても人目に付かず、不慮の事故に出来てしまう。


「ああら、いらっしゃい」


 その中から高齢と思しき老婆が顔を出す。手は血管が浮き出て、丸めた渋紙をほぐしたようだった。


 そして、この老婆はアイリンの祖母──つまり、王族の身内であった。どんな口利きも出来るだろうし、祖母が刺客の可能性もある。警戒は止まらない。


「さあ、いらっしゃあい。今、美味し~いスープを煮込んでいるからねぇ」


「わ、わぁ~ありがとうございます~」


 ランタンで照らされる顔に、張り付いたような笑顔が浮かぶ。宵闇で僕らを手招きして誘う姿は、お菓子の家から出てくる魔女に見えた。


 家の床上に一歩足を踏み込めば、軋んで沈む。もう少し奥へ行けば、レンガ造りの暖炉。その上には巨大な黒い斧があり、向かいの壁にはドラゴンの頭部が掛けられている。まさか、お前たちもこうしてやるという暗示なのだろうか。


「さあさ、お部屋は二階に二つありますからねえ。お好きな方をお選びくださいな」


 そう誘導されるまま、二階に続く階段を上る。踏板は不安定で埃で滑りそう。そういう暗殺の仕方だろうか、なんて、邪推すらするほど歩きにくい。

 薄暗い踊り場には蜘蛛の巣が張って、とても人が住めるような場所ではない。そう思っていると、一階から老婆が詫びを入れた。


「ごめんねえ、二階はあまり掃除してないから。部屋はきれいにしてるのよ」


 本当かよと思いつつ、はあいと適当に返事を返す。


 ドアは二つ横に並び、その上部には看板が一つずつ打ち付けてあった。

 片方には『アイリン』、もう片方には『リソット』の文字。

 恐らく、アイリンと誰かの古巣なのだろう。看板は子供らしい丸文字で書かれており、その経年が分かる。エルフの年齢で考えると、何百年という規模だろうが。


 興味本位でアイリンのドアを開けた。

 決していやらしい目的ではなく、敵情視察、百戦不殆のためのリサーチである。


 部屋に入ると、見渡す限りの本棚が目に入った。その背表紙の檻に囲まれて、クイズ勝負を挑んだことを後悔した。この知識量……バルクスは勝てるのだろうか。


 そんな僕の想いを知ってか知らずか、シェノンが単純な疑問を投げかけて来た。


「それで、知恵比べって何をするんですか?」


 それは、既に決まっていた。なぞなぞである。

 特段の知識を必要としないそれならば、バルクスもアイリンも互角に戦えると考えていた。


 僕は一つ、異世界人にも通用するか試してみる。


「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の生き物はなーんだ?」


 この答えは別段、異世界にいる化け物だとか、そういう事ではない。

 答えは『人間』。朝は赤ちゃん、昼は青年、夜は杖を突いた老人と、時間の経過を人間に例えたもの。


 シェノンは頭を悩ませるはず。そう思っていたら、ものの数秒で返事が返った。


「あ、カラコレカクタスですね」


 ん? は? え?


「砂漠に澄む植物型の魔物ですっけ。朝は四つ足、昼は立ち上がって歩き、夜は根を張って、月明かりを吸収しながら眠るんですよね」


 なにそれ、そんなの居るの。知らないんだけど。


 知識が要らないクイズなら、バルクスも答えられると思った。

 けど、この世界はありえないモノが多すぎた。この調子では、切っても切れない物だって居そう。なぞなぞは諦めよう。


 であれば、知識問題かつ、バルクスでも答えられそうな問題を用意するしかない。

 しかし、頭を捻るものの出てこない。そもそも二人の知識幅が分からない。考えていても仕方が無いので、何かヒントが無いかと部屋の中を巡ることにする。


 幸いここには、アイリンが幼少期を過ごした形跡がある。つまり、知識の泉だ。

 本棚を探るのは大変なので、まずは机の上から見てみる。


『ピーカント伝説』『ピーカント伝説Ⅱ』『ピーカント伝説:外伝』

『ピーカントと愉快な仲間たち』『ピーカントVSシャイニングドラゴン』


 うーんと……ピーカント大臣が大好きなんだな。うん。

 出版は二十年ほど前なので、つい最近までここに住んでいたわけだ。


 お次は本棚。六畳一間の本棚をすべて網羅するのは骨が折れるので、ざっと見る。

 そこで一つ思ったのが、知識の偏りだった。


 魔導書と伝記は多く揃っているが、魔物図鑑や魔法動物図鑑などは存在しない。

 世界樹ドラゴンという名づけにも思ったが、エルフ族は多種族への関心が薄のではないだろうか。まるで自分たちが正解と言わんばかりに、人間を見下したりもする。


 もしこの仮説が正しければ、それはそのままアイリンの弱点となる。

 大体の方針は決まった。


「シェノン、確か、バルクスの授業受けてたんだよね」


「はい」


「だったらさ、ケンタウロスとリングの森について、驚いたことをまとめておいて」


 リュックから紙の束とペンを取り出し、それを手渡した。

 書き出された情報を基に、問題を作るためである。


 ただ、このままでは酷いやらせだ。

 バルクスが有利になるような問題を集め、一方的に得点してしまえば、どれだけエンタメに疎くても不公平だと気付かれる。


 やらせをするならば、この不公平を薄めなければならない。奇しくもこれは、前世でやらせしまくっていた、江籠ディレクターの口癖だった。


『嘘はバレなきゃ、真実なんだよ』


 企画会議で聞いた言葉を思い出し、身震いしてしまう。

 危ない危ない、ああなってはいけない。そう自戒の念を込めながら、一見公平な番組作りを目指し、問題作成に取り組んだ。


 宵闇が深くなり、一層と濃い黒が星を包む頃。一階から枕飯を誘う声が届く。


「お二人さあん、おいしいスープが出来上がりましたよ。お食べなさあい」


 シェノンと二人、顔を合わせる。喉をぐんと鳴らして生唾を飲む。

 そして、恐る恐る足を忍ばせ、クモの巣が貼る踊り場に向かった。


 木製でよく鳴る階段、それを一段ずつ踏み歩きながら、そおっと食卓を覗く。

 そこはまるで最後の晩餐のよう。スープや黒パンが並べられ、中央に肉といくつかの野菜を盛り付けて、食欲を搔き立てんとしていた。


 く、これは食べたい。

 だが、どんな《《味付け》》がされているか分からない。うかつに手を出すわけには──


「うわああああ! 美味しそー!」


 その方を見遣ればシェノン。いつの間にか食卓につき、ナイフとフォークを両手にきゃっきゃとしている。なんてやつ。


「フィルムさんも食べましょうよー!」


 そう誘うシェノン、僕が階上に居ることをバラしてしまう。

 降りないわけにもいかず、座らないわけにもいかず、あれよあれよと三人で食卓を囲むことになった。


 目の前には垂涎必至の料理。腹の虫がぴいぴいと奇声を上げるが、頭には《《暗殺》》の二文字が浮かぶ。

 シェノンは取り皿に二枚肉を乗せ、少しばかり野菜も添える。さっきまで一緒に警戒していたのが嘘みたいだ。


「食べないんですか?」


 そう言ってシェノンが顔を覗き込ませる。アイリンの祖母も「どうぞ食べて」と促してくる。目の前のスープは黄金色に輝き、パンは焼き立てなのか、麦の香りが鼻腔を支配していた。


 僕だって食べていいなら食べたいけど、安全かどうか分からない。


 誰か食べ始めるのを待っているけれど、何故か誰も食べ始めない。シェノンはともかく、なんでおばあさんまで食べないのだ。よく見れば小皿もスープもないではないか。


 しかし、この据え膳の前で沈黙を続けるのもおかしな話。そもそも、ロケ先で出された物を食べないのは失礼に当たると、海外ロケ番組のディレクターが言っていた。


 なにより僕は、開拓者だ。

 スプーンを持ち上げ、その一口を啜った。


「んまぁ」


 この味、前世で言えばオニオンスープだが、野菜の甘みが一層強い。スパイスもしっかり旨味が出ており、なによりあったかいのだ。


 遅効性の毒入りって可能性もある訳だが、その手を止めることは出来なかった。中央の肉を三枚ほど取って、パンに乗せ喰らう。

 柔らかな羊肉が口の中で溶け、汁がパンに染みこみ旨味を逃がさない。噛めば噛むほど旨味が増していく。


 その姿を見てようやく、シェノンも食べだした。僕のこと、実験台にしていたな。


「あらあ、よほどお腹が空いていたんだねえ」


「いやあ、お腹が一杯でも食べれちゃいますよ!」


 先ほどまでの不審はどこへやら、調子の良い事を口走った。

 僕らは胃袋を完全に掴まれてしまった。いや、抱かれてしまったのだ。


 とっぷりと暮れる夜のしじま、外れの民家では笑い声が響いている。

リアクションや☆での応援、フォロー。

特に、コメントしていただけると励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。