第16話「ゼーカ村①」
バルクスの背中に手をついて、寝返りを打つように下乗する。汗みどろになったその腕には、彼の栗毛が抜けてへばりついていた。
それにしても、なんとか助かった。
その安堵のなか、腕をこすり合わせて抜け毛を丸める。
しかしあの氷魔法、かなり上等だった。的確に竜頭を狙いすまし、あの体積のドラゴンを一瞬で凍り付かせた。あれは一体、どこから飛んできたのだろう。
そう思っていると、呆れを含ませた声が聞こえた。
「あら、人間は感謝の言葉すら言えないようになったの?」
振り返ると道のど真ん中、耳の軟骨が異様に伸びた人が立っている。若緑の髪をなびかせ、そのきりっとした眉をひそめている。もしかして、エルフ族か。
「あ、すみません。助かりました!」
「…………アタシは、「感謝の言葉」と言ったのだけれど?」
「あ、ありがとうございます……」
うわ、めんどくせぇ。
彼女は肘に手を添えるかたちで腕を組み、深い溜息をつく。見たところまだ若いだろうに、まるでお局様みたいな雰囲気だ。
でも、この人がエルフ族なら、その機嫌を損ねないようしなければ。最低限の礼節を守りながら自己紹介を始めた。
「僕はフィルムと言いまして、こっちはバルクスです。実はエルフさん達に──」
「はいはい、どうせ世界樹でしょう」
うわ、めんどくせぇ。
まぁ世界樹の特性上、多方の国から訪問があるのだろう。またかと言わんばかりに天を仰ぎ、再び溜息をつく。
そして、軽く手招きすると背を向けた。
「世界樹の使用許可。アタシにはまだ権限がないから、ついて来てちょうだい」
そう言って足早に道をたどる彼女。置いて行かれぬよう小走りする。
名も知らぬエルフに名前を尋ねると、アイリン・ハーウィーだと答えた。
「アイリンさん。さっきのドラゴンって、何なんですか?」
僕の質問にその足を止め、またまた溜息をつく。これで何度目だろうか。
何に呆れているのかも分からぬまま、彼女は例のドラゴンについて説明した。
その名を世界樹ドラゴンと言った──まんまである。
世界樹の放つ魔元素とマナを食べ過ぎ、突然変異したドラゴンとのこと。もはや変異前の原型を留めておらず、その種別すら分からないので、適当に名付けたそう。
「呆れた、こんなことも知らないで来たのね」
「へへへ、すいませ~ん」
一方、この人は分かりやすかった。マウントを取るのが好きなようで、何かとこちらを馬鹿にしたような態度をとる。何百年も生きるエルフ族、知識が豊富なのは分かるが、精神面は成長しないのかな。
内心、そんなことを毒づいていると、ある樹の幹に見覚えのある布切れ、手編みのレースに、よぼよぼなスカート。〝それ〟と目が合った。
「フィルムさん! 生きてたんですね!」
何が生きていたんですね、だ。
「シェノン、置いてったよねぇ……」
「え、あ。あーえーと。バルクスさんが居るから大丈夫かなーって」
何も大丈夫ではなかった。バルクスは弓を外しまくったし、ドラゴンは意外と賢くて死にかけた。というか、アイリンが助けてくれなかったら絶対に死んでいた。
怒りをくすぶらせている僕をよそに、またシェノンは変な言い訳をし始める。
「それに、パップロップの二匹を守んないといけなかったんですから~」
そう言って腰元のポーチを開けると、パップロップがきゅうきゅうに詰められていた。なんてひどい扱いしてんだ。
「あのー」
呆れたような声が広がる。
「感動の再会のところ悪いけれど、もう行っていいかしら」
わざとらしく強調して言う彼女。助けてくれたのは有難いけど、なーんか嫌な感じなんだよなぁ。エルフってみんなこうなのだろうか。
若干の不安と嫌悪感を抱きながらも、エルフの集う『ゼーカ村』に続く道を歩き続けた。
徐々に見え始めた村の入口、大きなリースのように枝葉で作られたゲートが見える。さすがは自然を愛するエルフ族と言ったところ。
そこではエルフの子供らがゲートの花葉をむしり取り、髪に差したりと遊んでいた。まぁ、子供とは言っても僕より年上なのだろうが。
その温和の片鱗に安堵しつつ、ゲートをくぐる。真っ先に目に飛び込むのは、やはり世界樹であった。見上げることへ恐れをなすほど至大な姿。東京の巨大電波塔を見た時よりも、全身がひりついた。
「それじゃあ、ここで待ってて」
アイリンはそう言うと、世界樹の方へ消えてゆく。恐らく、管理者とやらを呼びに行くのだろう。別に僕の方から行くのに、意外と律義なんだな。
周りを見渡せば普通の村と相違なく、農業や商いで賑わいを見せている。人間の存在にも慣れっこのようで、目もくれない。
そういえばバルクスも丸出しなわけだが、特にケンタウロスだと騒ぎ立てることもなく、場所を広く取っていること以外、何も気にされていない。
しばらくして、世界樹の方面からなにやら大仰な団体が迫りくる。その一団の中には、アイリンの姿もあった。
もしかして、あれが村長だろうか。
それを見たシェノンは、片膝を立ててしゃがみ込み、膝に手を置く。僕も見真似で同じポーズを取って、謁見に備えた。
チャリンチャリンチャリン、豪華な装飾が前方で音を鳴らす。僕らが顔を伏せるなか、それがすぐ傍まで近づくと、厳めしさのある声が響いた。
「そう緊張されずとも、顔を御上げなさい」
その声にようやく顔を上げる。それは村長というより、まさに守護者であった。
身長ほどある金杖を地につけ、翠色の髪には橙の冠を召されていた。
「あ、あぉ、えと」
その荘厳たる佇まいに言葉が詰まる。一体なにから話すべきかとか、どう振舞うべきかとか、まず挨拶かな?
そう思考を巡らせていると、隣のシェノンが顔を伏せたまま、前口上を始めた。
「栄光ある世界の中心、ゼーカの女王陛下。遠路より参りました、シェノンと申し上げます。お目通り許しいただき、感謝いたします」
おうおうおう、なんでそんなワードがスラスラと出るのだ。僕なんて「こんにちは」から始めようとしてたぞ。
困惑する僕をよそに、シェノンは尚もスラスラと続けた。
「こちらフィルムという青年でして、彼の『てれび魔法』を拡散するため、世界樹のあるゼーカに馳せ参じた次第でございます」
普通にすげー。あほの子だと思ってたけど、こんな礼節を弁えられる子なんだ。
そう呆気に取られていたら、シェノンが肘で僕を小突く。あぁそうか、〈テ・レヴィジョン〉を唱えないと。
もはや部下と化した僕は、その御命令通りに魔法を唱えた。
「テ・レヴィジョン!」
途端、村のあちこちの鏡面に世界樹ドラゴンが映る。ガラスや桶の水には、僕らを捕食しようと迫る映像が流れ、エルフ達が「おおっ」と声をあげる。
僕はポケットから手鏡を取り出し、持ち手の方に回して女王陛下へ差し出した。
「あらあら、とても変わった技術ですわね」
しばらく眺める女王陛下。中々、好感触の予感。心の中でガッツポーズしていると、女王陛下が口を開いた。
「で、これの何がよろしいの?」
ゑ。
冷淡かつワントーン低い声が、すっと入り込んでくる。
これの何がよろしいの……?
「いや、その。こういう普通では見られない映像とか、そういうのを拡散したり、残せたり──」
僕がそう言いかけると、女王様の口脇が上がった。一見、優しそうな笑みに含まれているそれは、僕も見た事がある。
前世の上司、江籠ディレクターが嫌味を言うときの、せせら笑いに似ている。
「そう。私達からすれば実際に見ればよろしいし、記憶の内で足りること。これを残す価値が見出せませんわ」
エルフはその長命さゆえ、見ず知らず聞かずが無いと言うのだろうか。少なくとも、彼女たちはそう自負している様子。気付けば、そばで聞く者たちはクスクスと笑っていた。
「まぁ……今回は、人間とエルフとの価値観が違ったということで、アイリン行くわよ」
「はい、お母様」
うわ、この二人、親子だったのか。この親にしてこの子あり、嫌味マウント親子って感じだ。
というか、村全体の雰囲気がそんな感じ。自分たちは高尚な種族であり、人間は歯牙にもかけない。ただ高尚であるから丁寧な対応はしますよ、という感じ。
女王陛下が立ち去ろうと踵を上げた直前、これまで沈黙を貫いていたバルクスが声をあげた。
「待って下さあい!」
「おや……お連れの方か」
「あの、でもねえ、フィルムは僕らのために、人間の誤解を解いてくれてえ」
口下手なバルクスが必死に、テレビの魅力を伝えようとしてくれている。その言葉に感謝しつつも、感極まって涙が零れないよう別事を考えた。
しかし、より低くて冷淡な声が、容赦なく僕らを突き刺す。
「はぁ、それはそちらの問題であろう。うまく人間と渡り合えぬ──」
〝下等生物め〟
────────感動が、激動に変わった。
細く大量に息を吸う。一、二、三と六まで数え、一気にそれを吐いた。冷静になるための、アンガーマネジメント。
そうしてバルクスを見上げると、ショックのあまりか、口を開けたまま動かない。
これではもう……諦める理由が無くなってしまった。
「あの……他にもあります! 番組と言って、歌声を広めたり笑いを届けたりするんですが──」
「人の子、それが何になると言うのです。歌など勝手に歌えばよろしいではないですか、勝手に笑えばよいではないですか」
チイッ、ああ言えばこう言いやがって、絶対に認めさせてやる。高尚ぶった鼻持ちならないエルフたち全員、巻き込んでやる。
「そうだ、アイリンさん。世界樹の使用許可を賭けて、クイズ番組やりませんか。問題の正解数を競う、知恵比べです!」
その言葉に、後ろに居たアイリンが鼻で笑う。
「そんなものやるわけないでしょう。第一、人間とエルフじゃ知識量が違うわ」
「いやいや、僕は出題者ですよ。回答してもらうのは──」
お前らが馬鹿にした、僕の友達。
「うちのバルクスです!」
謁見の構えなど止めだ。
立ち上がって、彼の肩にぼんと手を添える。バルクスはびくりと肩を震わせると、裏返った声で僕に言った。
「えぇ!? む、無理だよおっ」
無理ではない。単純なテストは難しいだろうが、クイズ番組なら無理ではない。
こちらの企画次第で、いかようにもバランス調整できるのだ。
バルクスの背中をなでて宥めていると、冷静を装っていたアイリンが、ありえないといった様子で抗議し始めた。
「ふ、ふざけないでっ! 人間ならまだしも、こんな魔法も使えない──」
おい、これ以上、バルクスを侮辱するな。
僕はそれに割り込んで言った。
「あー、負けるのが怖いんですねぇ」
「は、はぁ? そんな安い挑発に乗るわけないでしょ」
わざとらしくニヤニヤと煽り立てる僕に、冷静さを取り戻す彼女。
だが、嫌味なら僕だって負けない。どれだけ江籠ディレクターから嫌味の連打を貰ったか。江籠ディレクターの迷言集を思い出せ。
「そりゃあ貴女は王族であられる立場だ。民衆の前で一問でも落とせば、途端に仮面は引き剥がされ、醜い顔が露出してしまいますからね」
「は……?」
「そんなリスクを背負ってまで、こんなリターンのない提案に乗る必要がない。賢いアイリンさんですから、仕方ありませんね」
わざとらしく〝賢い〟を強調し、ほれほれと煽り立てる。我ながら分かりやすいが、分かりやすいぐらいが丁度いい。滑稽なぐらいで良い。
目的は怒らせることでも、挑発に乗らせることでもないのだ。
「それに、魔法は一級でも知力まで一級とは限りませんからね。職人肌ってやつですか、すごいですね~」
「アイリン、いいのよ言わせておけば」
女王陛下が彼女の前に手を出して、制止する。さすがお母さん、彼女の性格をよく分かっているのだろう。
人一倍プライドが高く、人間を心底見下しているアイリンの性格を。
「でも、良いんですかね」
とびっきりの嫌味顔で、僕は言い放った。
「民衆の前で〝勝負から逃げる〟なんて」
アイリンが、はっとした様子で視線を巡らす。
当然、自分たちの姫がここまで言われ、腹の立たない者など珍しい。
プライドがあるので言葉に出せはしないものの、民衆の半数は怒りを滲ませ、やってやれと言わんばかりの視線が飛び交っていた。
ここで引こうものなら、その半数は幻滅を覚えるだろう。
そうでなくとも、幻滅されるかもしれない、その考えが浮かぶだけで良い。
前世、キャスティング会議での経験が活きた。番組内、その役割を必ず果たしてくれる演者、この人ならやってくれるという信頼。
議事録と調べ物をするだけの存在だったが、ちゃんと学べていた。
賢くてプライドの高いアイリンなら、必ず選択する。
歪んだ信頼が、そこにはある。
睨みつけるアイリンの顔、僕は妙にそそられた。
「やってやろうじゃないっ!」
リアクションや☆での応援、フォロー。
特に、コメントしていただけると励みになります!!




