第15話「道での遭遇」
僕らが停泊したのは、森近くの砂浜だった。本来、船は内港へ向かうはずだったが、船長が通りがかりだからと世界樹のふもとで降ろしてくれたのだ。
「オレらは北、バルクス達は東だから、ここで一旦お別れだな」
「本当に、ありがとうございました!」
すっかりバルクスは仲良くなった様子で、亜人連盟のようなものが出来ていた。獣人さんと仲良く出来ていて、ちょっと羨ましい。
僕らが出航を見送ろうとしていたら、船長がなにかごそごそと船倉を漁り始めた。
「おい、バルクス。これ、持ってけよ」
そうやって取り出したのは、丈夫そうな作りの弓と矢筒。青白く照らされたそれは正に良弓で、細部まで装飾が施されていた。
「こんなすごそうなもの、貰えないよお」
さすがのバルクスも恐縮していると、船長がぽろりと漏らす。
「良いって、これは他の船団から奪──貰ったやつだからな」
なにか、不穏なワードが流れた。
船長はその失言を誤魔化すように、次々と言葉を畳みかけた。
「ま、まぁオレたちには扱えないし、宝の持ち腐れ。それに、エルフのおかげで魔物は掃討されていても、万が一があるからな。それに──」
ぐいと弓矢を押し付けながら、しゃべくり倒す。
そして、バルクスが呆然としながら受け取るや否や、ちゃっちゃと出航準備を整え逃げるように船へ乗り込んだ。
「それじゃあ明日の夜、また此処で逢おう! イゾム・ザーフ!」
それはまるで〈ザーフ〉のように、風の流れのまま消えていった。
「これ……受け取って良かったのかな」
「まーまー良いじゃないですか! 貰えるものは貰っておきましょう!」
シェノンが一連を快活に受け止め、ずんずんと森の中へ入っていく。ポジティブというか、アホというか……もっと僕の暴走を止めてくれるような、冷静なスタッフが欲しい。
シェノンの後を追うように、その森へ侵入。
それにしても、またぞろ森である。自然が多い世界とはいえ、さすがに飽きがくる。
ただ、一口に森とは言っても世界樹の森。木々は通常より高く伸び、大きめの観覧車ほどはある。それゆえか、樹木同士の間隔は広くとられ、鬱蒼とした雰囲気は感じられなかった。
そして、なにより顕著なのが森道の存在。リングの森は人の手が付いておらず、一歩進むだけでも苦労した。
だが、この森には大手を振れるほど広い地道がある。恐らく、エルフ達が管理してくれているのだろう。
その快適さに足を弾ませていると、先導していたシェノンが立ち止まった。
「わぁ~見てください、パップロップですよ!」
路傍へ目をやるとパップロップが二匹、体を寄せ合ってお昼寝をしていた。幹が影を作り、とても涼しく快適そうに見える。
よほどパップロップが好きなのだろうか、すぐ駆け寄って観察し始めるシェノン。
「やーかわゆいですねぇ。フィルムさんもそう思いますよね!」
「そうだねー」
食べると美味しいんだよ、その言葉をぐっと飲み込んだ。言えば絶対に引かれてしまうからだ。
とは言っても、あの美味──思い出すだけでよだれが溢れ出てしまう。
こちらが垂涎を啜っていると、シェノンが唐突に片割れを掴んだ。
「見てくださいほら!」
そう言って、パップロップの尾っぽを、むにっと摘まむ。
「ちゅぴーん」
そして、パップロップが反応して鳴く──
……だからなんだというのだ、寝ていたのだから止めてあげなよ。
「これすると喜ぶんですよ~」
そうはしゃぐシェノンに「本当かよ」と思ったが、パップロップの方は鼻息を荒くし、耳をパタパタとさせている。これは喜んでる……のか?
シェノンはそれを何度か繰り返し、パップロップと遊び続けた。時間があまりないことを、ちゃんと理解しているのだろうか。
そろそろ切り上げさせようと手を伸ばした時、ふと思い出したかのように振り返る。
「あ、そうだ。私とこの子、とってくださいよ!」
そう言ってにぃっと笑い、二匹のパップロップを両頬に寄せる。
いや、撮るわけがない。あまりに羊皮紙の無駄だ。
「もう……先に行ってますね」
「え、あ。ちょっと! サツエイしてくださいよー!」
無視だ無視。ただでさえ魔物が居るかもしれないのに、こんなことで時間をかけていられない。それに、明日の夜までには砂浜に戻らないといけないのだ。
「とってくれるまで動きませんよ~、だからとってえ~」
うるさいなぁ。大体、撮れるなら僕だって一緒に撮りたかっ──ん?
なにか、遠くの方で音がした。存在してはならない轟き、背筋が伸びるような音。シェノンを気にして振り返るも、特に変わりわない様子。相も変わらず、わあわあと騒いでいる。
気のせいか──なんて、それは思わせてはくれなかった。
どんっどんっどどんごんどごん。ばぎぎぎ。
地面を叩き、木々を割るような音が近づく。
音の方を見遣ると──いくつかの何かが見下ろしてる。
赤く楕円に広がった眼が、その枝葉の間から見下ろしている。それが三つ。いや、眼だけを数えれば六つあった。
「シュシイイィイイイギイイイイイ」
三又の首を持ったドラゴン。それぞれの目は青、赤、黄色と信号機のようだが、その大きさは信号機の比ではない。
逃げなければ。
「バルクス、シェノン──」
そう声を掛けようとして、僕の目の前を突風が通りすぎる。その過ぎ去った先には、シェノンの姿。
足首に風魔法を纏わせ、落ち葉を散らしながら超高速で走り去る。あんなこと出来んのかよ。ていうか、
僕らを置いて、逃げやがった。
だが、そんな恨み節さえ言う暇はない。
赤目のドラゴンはうなりを上げ、青目のドラゴンがシェノンの方へ首を伸ばす。
そして、黄色に光った眼は、こちらを向いている。
「早く乗って!」
その声にすぐ乗り上げ、バルクスの体にしがみつけば走り出した。それと同時にドラゴンは翼を広げ、怒髪衝天の叫び。木々をなぎ倒しながら、天高く飛翔してゆく。
どうして、あの大きさで飛べるのだ。そう見上げれば、翼が六枚もあることに気付いた。まるで熾天使のようだと思ったが、こんな天使が居てたまるかと正気になる。
それは一頻り天まで昇ると、ぐるりと見遣ってこちらを探す。切り開かれた地道の上は探すのも容易で、すぐ僕らを見つけては翼を扇いで迫った。その推進力は凄まじく、たった一つの羽撃きで空から梢まで舞い降りる。
「弓、弓!」
「あっ、そっかあ」
なんとも呑気な返事。僕はバルクスの矢筒から矢を引き抜き、それを手渡す。鱗はどうせ貫けないとして、狙うはどれかの目。僕は姿勢を低くして、彼が狙いやすいようにした。
だが、弓の腕に覚えなし。見当違いな方向へ飛ばすばかりで、たまに当たれど鱗が硬く弾かれる。これじゃあ弓を貰った意味がないではないか。
あまりの惨状に、口悪く言い放ってしまう。
「へたくそぉ!」
「ごめんよおー俺、弓は下手なんだ!」
そうなら先に言ってくれ。と思ったが、リングの森でもパップロップへの狙いを外していた。
かくなる上は──僕は、カメラを構えた。
「えっ、フィルム。もしかして、いま『サツエイ』してる?!」
「え、えっと……してないよ」
もちろんしている、こんな迫力のある画を撮らない理由がない。
開けた口、粘りあるヨダレが糸を引き、旨そうだと龍牙が叫ぶ。翼の放つ突風は樹々を揺らし、ドラゴンを避けるように幹をしならせている。これらを撮れないぐらいなら、もう死んだ方がマシ。
だけど、死ぬつもりはない。
忘れること無かれ、僕には魔導カメラがある。
ガチン──牙を嚙み合わせる音が鳴る。バルクスのケツを嚙み千切ろうと、目がぎょろりと剝く。その赤目はすぐ後ろ、虹彩に僕らを映していた。
バルクスの背中でカメラを構え、つまみを捻る僕の姿を──
「イゾム・ラバイト!」
それは、フラッシュ機能と言うには殺意が高く、攻撃魔法と言うには貧弱だった。
「グォアアアアゴオァアアアア」
その胴間声が、耳を殺す。しばらく続く無音の世界、赤目の頭はぐるんと揺れ、舌を剥き出しにする。それに釣られるよう身体はくねり、その距離を離していく。
耳が慣れたころ、バルクスの歓声が聞こえた。
「おおっ、追い払えた?!」
「まだっ!」
速度を落とそうとするバルクスに、強めの喝を入れる。
振り仰げば二頭の目。青と黄はこちらを凝視し、牙を露出させている。今にでもこちらを喰ってやろうとする眼、それを見れば次の展開は分かった。
だが、あと二頭だ。二頭だけ光魔法を浴びせれば、その追跡を払える。
この間もカメラは構える。
さっきは撮れなかった引きの画が欲しい、天空を駆けるアイツの画が欲しい。
僕は仰向けに寝転がり、脚でバルクスの身体を挟んで落ちないようにする。
陽と雲と樹、この三つ巴にドラゴンが重なるポジションを探す。
ここだ──そう決まった瞬間、ドラゴンがぐぐっと向きを変えた。
「来るぞっ!」
ぐたりとした赤目をよそに、二頭の竜頭が身体を引っ張る。翼の二つが萎れているのを見ると、頭と翼は連動しているようだ。
しかし、その勢いは落とさない。四枚となった翼は太陽に照らされ、その輝きを纏いながら雲を蹴り、樹木を裂いて迫った。
いい。いいぞ。
だがもう、撮影終了だ。
迫りくる青い瞳に、カメラを向けた。
「イゾム・ラバ──」
さっきのように唱えようとした。
だが……やられた。こいつ、眼を閉じている。
魔物だからと、高を括っていた。青目が牙を向け、黄目がこちらを凝視。恐らく、二頭の思考は繋がっているのだろう。こちらの位置を確実に把握しながら、がしがしと何度も喰らおうと顎を動かす。
これでは〈ラバイト〉を放っても、厚い瞼に阻まれ効きはしない。目を開けている方は距離があり、大した攻撃にならない。弓矢を取り出そうにも、寝転がってしまったので手が届かない。
このままではバルクスもろとも、ドラゴンの粗食となるだけ。
もう少しスピードが出ればと思っても、これが限界なのか辛そうにしている。
けれど一つだけ、考えがよぎった。
『僕が落ちれば、バルクスだけは助かる』
思えば、どうせ一度は死んだ人生。そんなハリボテの命、いったい何の価値を見出せるというのだろうか。前世を回顧しながらテレビを追いかける僕より、この世界で地に足を付けて生きている、彼の方が生きるのに相応しい。
馬毛に沈み込んだ脚が、徐々に離れる。
ずるりと身体を滑らせ、脚を浮かせてゆく。
崖の上から転げ落ちる小石のように、何の未練なく落ちようとした──
「こらあ。ひゃあんと捕まんないと、危ないでひょお!」
ぐうっと両脚を掴むバルクス。
弓は口に咥えているのだろう、ふがふがと怒っている。
あぁもう……空気読めよ、まったく。これでは落ちてゆけないではないか。その無意識の優しさに、もがくだけの気力すら失せてしまった。
しかし、このままでは二人揃って食われるだけ。どうしたものかとカメラを見つめ、考え直す。もう、一か八か。この命を散らせないならば、それに等しいカメラを投げつけ、黄色の目に当ててしまおうか。
そんな絵空事を思い浮かべていると、道の先から声が伸びた。
「ヒューズデー・イゾム・タルコス!」
誰かの呪文詠唱、それが何なのか分からないまま、頭上に氷河が流れる。
それは三又に分かれ、それぞれの竜頭へと走り出した。
「ギュアァシャアアアアアアアッ」
それは急速に鱗を凍らせ、動きが鈍くなってゆく。龍は堪らず急旋回、冷気を後塵にして森の奥へと消えていく。
あっけにとられるばかりの僕は、カメラワークなど気にすることなく、ただそれを撮ることしか出来なかった。
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