第12話「そうだ 王都、行こう。②」
王都アスタロフは、普段以上の賑わいを見せていた。街のメインゲートでは国旗がなびき、街のあちこちに三角旗が吊り下げられている。
「よー、そこのカップル!」
「へ……あ、あぁいや違くて!」
僕の否定はさらっと流され、振ったその手にお菓子を三つ手渡される。包みに入れられたそれは、言わば飴やガムのようなものだった。
その男は続けて話し出す、それは妙にセリフ口調だった。
「良い時に来たね、なんせ今日は建国三百周年。その記念に、アスタロフ王が御親臨されるのさ!」
なるほど、建国記念日みたいなものか。だから街中お祭り騒ぎ。電灯や家にも煌びやかな装飾が施され、民家の屋根には国旗と……アスタロフ王の自画像? まるで独裁国家だな。
街の変容を見渡していると、シェノンが僕の腕をぐいと引っ張った。
「フィルムさん! せっかくですし、見に行きましょうよ!」
「あー、そうだなぁ……バルクスは見に──」
あぁ、返事できないんだった。彼は今も、茶色いユニコーンのフリ。
YESかNOか、そういう合図ぐらい決めておけば良かったか──
「ヒヒィイイーン!」
突然バルクスが前足を上げ、声をあげて騒ぎ出す。
ええ、なにそれは、急にどうした。ユニコーンの特徴は事前に教えておいたが、その役作りが行き過ぎて、完全にユニコーン化してしまったか?
「えーっと、それは……」
「イキタヒィイイイイン!」
ん、今ちょっと「行きたい」って聞こえたぞ。そうか……空耳で会話するとは、中々やるな。僕が理解したよと頷くと、バルクスはその嘶きを止めた。
シェノンの方は待ちきれなかったようで、僕の腕を強く引っ張った。そのまま彼女に連れられ、城下の際まで辿り着く。住宅街からも見えた大きな城は、さすがの迫力であった。
街の半分はあるのではないかと言うほど、広く高くそびえる白い塊。一体、あの中には何があるのだろうか、それを撮影することは出来るのだろうか。
そう思っていたら、城のバルコニーから大男が顔を出す。
体長三メートルはあろうかという男は、大きく息を吸い込むと、城下を統べるように叫んだ。
「国民の諸君! 今から、アスタロフ王が公現される! しかと見届けよ!」
お、いよいよ始まるのか。一応カメラも向けておくか──って、危ない危ない。
また変に疑われたら、今度こそまずい。国家反逆罪に問われかねない。
ぐっと握りしめたカメラが、首元で止まる。よく耐えた、僕。
勝手に自分を褒めてやっていると、大男が苦しそうに叫んだ。
「まずはっ、大臣らの登場である!」
その合図とともに、バルコニーにぞろぞろと大臣が集まる。なんだか背筋も曲がっていて、腑抜けたおじさんばかり。これでも、アスタロフ王国を動かす権力者達だ。
左から、総理大臣・魔法大臣・防衛大臣・財政大臣・国土大臣・外交大臣。そして右端には、商産業大臣であり伝説の商人──
〝ピーカント・カンデリー〟
僕の故郷と同じ名前。
それもそのはず、『ピーカント』を作り上げたのは『ピーカント』なのだ。彼は恥ずかしげもなく、自分の名前を街に名付けたのだ。
まったく、悪趣味な男である。今だって、大小いくつかの宝石を身に纏い、手首はガントレットみたくなっている。
いや、そんなことより、彼について思い出すのはオーサのこと。恐らく二人には、何らかの因縁がある。ピーカントの名を聞いて豹変したオーサ、更に「あの商人」という言葉。事情に通じているバルクスに聞きたいところだが、まだ踏み込めずにいた。
まぁ、その辺はいずれ聞くとして、いよいよ王様の登場。大男が喉を気にしながら、息を吸う。がんばれ、あとちょっとだぞ。
「そして最後。この国の頂点であり、唯一の正解。アスタロフ王の御登壇である!」
なんちゅう前口上。登場し辛いだろ。
そんな僕の感想とは裏腹に、ドヤドヤと自慢げに歩く王様。
はっきり言って、お召し物に喰われている。中身がただのおじさんだ。背も小さければ、髪も薄い。遠巻きでも分かるほどシワが濃い。良い物を食べすぎたのか、小太りだし。あれでもまだ六十二というから驚き。
それにしてもこの茶番、見る価値があるとは到底言えないものだったな。あとは王様がダラダラと喋るだけだろうから、帰ろうかな。
そう毒突きながら、踵を返した。
「うわぁああああ! ド、ドラゴンだぁああ!!」
群衆の誰かが叫んで、そう吹聴する。
バカ言えって、こんな街中にドラゴンなんて──んぇぇ?
足元に濃くて大きな影が差す。いいや、城のバルコニーまで影が伸びている。日の入りにしては早すぎるが、何の影だろうか。
首を回らせ、その上空を見上げた。
「グルゥゥウウオオオオオ」
それは翼を広げて城を回遊し、まるで報道ヘリのように僕らを見下ろす。黒くごつごつとした鱗、その隙間から見える紫色の地肌は、不思議と気品を感じた。
「ブロッキードラゴンが、身を隠して王都まで来たのだぁ!」
誰かが、そう叫ぶ。僕はそれを、知っている。
王立図書館。そこで読んだ魔物図鑑に載っていた。体の色を風景に溶け込ませられる。そんな、カメレオンのような性質。元々ドラゴンの中では小さな部類で、他のドラゴンから身を守るため、体色を変えられるように進化したそう。
だから、隠れるのが得意だとは聞いている。
とはいえ、王都内まで入れるのか──その考えを巡らせる暇も無かった。
「みんな逃げろぉおおおおお!」
誰かの号令と共に、群衆がぐらりと傾く。体がぐっと押し込まれ、誰かの悲鳴と共に二人から遠ざかる。あ、いま、誰か僕の足を踏んだ。ちょ、ちょっと待てって。やば、押し潰され──
「ええい、みなの者! 落ち着け、落ち着けえ!」
あの大男の声がこだまする。それは、群衆の悲鳴さえも掻き消した。
「ここにおられる者を誰と心得る。アスタロフ王であるぞ!」
「嗚呼ドラゴン……この王都に入ったが運の尽き、この私が相手になろう!」
はあ? なに言ってんだおっさん……じゃなくて王様。
小さくてもドラゴンはドラゴン。鱗の装甲は硬いし、口から炎だって──
あれ、そう言えば……炎、吐いてないな。というか、被害がない。城や建物の倒壊も無ければ、ドラゴンはその場を回遊しているだけ、城下へ降りても来ない。何をしているんだ。
「この、伝説の王剣。アスタロードによって、お前の装甲ごと切り裂いてやる!」
王は腰元から剣を抜いて宣告、その姿に群衆から声が伸びる。
「なんて素晴らしい王様なんだあー!」
それに続き、拍手がいくつか起こる。それに釣られた群衆も揃って叩く。
なんだなんだ、この違和感。こう、気持ちの悪い、こうなることが予め定められていたかのような、単調で不純物すら無いこの──
やらせ臭
「さあ、こい。ドラゴンよ!」
まるでその合図を待っていたかのように、ドラゴンがバルコニーへと突っ込む。そのまま体幹で渦を描くように、ぐるぐると回転しながらアスタロフ王へ迫る。
そして王の持つ剣先、そこへ頭から──
「「「うぉおおおおおおおおおおおおお」」」
剣が脳天へと刺さり、ぐたりと翼を降ろすドラゴン。
ちょっと刺さっただけだが、今ので死んだのか?
「アスタロフ! アスタロフ!」
一律で揃った拍手と共に、アスタロフコールが始まる。
猫も杓子も手を掲げ、燦燦とした瞳で賞賛を送る。
もう見ていられない。別に、やらせだから見ていられないわけじゃない。
〝あまりにもやらせが下手すぎる〟
なんだこれ、やるならやるで、尤もらしい展開を用意するべきだ。なんでこんな……あぁダメダメ。そもそもヤラセがダメだよな。そうだよな。
謁見が終わり、しばらくすると城下は閑散となる。
人混みで離れ離れになった二人とも、すぐに再会できた。
「すごかったですね、王様!」
「うんー。俺もビックリしたよお。あんなに強いんだねえ」
っつ。こ、の……。
「違うあれは、や・ら・せ! 喝采屋だ!」
思うよりも大声で叫んでしまう。それほど、フラストレーションが溜まっていた。こんな古典的なやらせはもはや、喝采屋と呼ぶのが正しい。
やらせの文化はとても古い。それは、十八世紀ヨーロッパまで遡る。
オペラの演劇を賞賛するだけのサクラ集団『喝采屋』。それらは適切な場面で、適切なリアクションをし、その演劇を盛り上げた。
「やらせ……なんですかそれ?」
「さっきの出来事も賞賛も、全部まやかしだ! 例えば──」
ポケットから包み紙を取り出す。
それは、入口で貰ったあのお菓子を包んでいたものだった。
「これを配っていたのは、喜ばせ屋。お菓子を配ることで、この城下に誘導・長居させる役目をしていたんだ」
「えー、それただのイチャモンじゃ?」
「あーもう! それだけじゃない、あれを見て」
ビシリと伸ばした指先。
親臨の出来事を通行人へ力説している者たち。
「あいつらは、暖房役。今回の出来事や成功、それを言いふらす役目だ」
「フィルム~、それは普通に感動していただけじゃあ?」
ちがう──ちがう、ちがう、ちがう!
そうは言っても、そうは思っても、証拠はない。
前世ならヤラセという概念も広まっていて、SNSで叩かれたりもした。
でも、この世界では陰謀論みたいな扱い。その孤独に打ちひしがれ、頭を抱えるしか無かった。
「フィルムさん……少し休まれた方が良いんじゃないですか?」
「そうだよお。フィルムらしくないなぁ」
くっそぉ……全然伝わらない。まぁ伝える必要はないんだけど、なんか悔しいよ。
やらせにならないよう気を付けたり、逆にやらせだとバレないよう気を付けたり、散々と頭を捻り散らかした日々。なんだったんだよ……異世界じゃ、こんな簡単に騙されちゃうの?
立つこともままならず、その場にしゃがみこんでしまう。もうしばらく放っておいてほしい。
「と、とりあえず。ほら、ここに来た目的は忘れてませんよね?」
一緒にしゃがみこんで、僕の肩を叩いてくれるシェノン。
何が目的なんだっけ……謁見じゃないし、ドラゴンを撮りに来たんだっけ?
「あぁ、ちょっと。ショックで頭が回んないかも」
「えぇ……船ですよ船。世界樹、目指してるんでしょう?」
あ、そうだった……シェノンの親戚、船、世界樹。
アンテナ!
テレビ局!
全国放送!
テレビのことを考えると、みるみると力が湧いてくる。ケツから頭のテッペンまで、ぐぐぐいっと熱い何かが流れてくる。
「そうだ! 世界樹、行こう!」
「え、あ。はい……」
シェノン…………そんな冷めた目で僕を見るなよ。
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