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第11話「そうだ 王都、行こう。①」

 振り返れば女性がいる。服が黄ばんでいて、浮浪者かと思う。


 手編みだろうか、ガタガタなレースの襟。その服もサイズが合っていないし、スカートのゴムも緩め。

 綺麗なのは黒髪のボブぐらいなもので、赤のメッシュが一本だけ入っている。


 というより、君は誰なんだ。急に話しかけてきたので、とりあえず警戒する。


「えーと、どなた様でしょうか」


「あ、そうですよね。私、シェノンと言います!」


「はぁ、シェノンさん。それで、提案って何ですか?」


「船が必要なんですよね? 私の親戚が、王都で貿易業をやってて──」


 警戒心は限界まで引き上げられた。だって、ずっと盗み聞きしてたってことだろ。特殊な癖《へき》でもなければ、人の会話を盗み聞く必要などない。


 それに、ケンタウロス達とのこともあるので、そう安請け合いは出来ない。

 そう思っていたら、バルクスがあっと声を上げた。


「シェノンさん! フィルム、この人がさっき言ってた私服の守衛さんだよ!」


「え、あぁ。私服…………の」


 私服がダサいことは置いておくとして、僕の警戒心は限界突破した。これは恐らく、監視役やお目付け役といったところ。さしずめ、守衛たちの間で誰が監視するか話し合って、それで彼女が来たのだろう。


 とりあえずここは、丁重にお断りするべきか──


「フィルム。シェノンさんにお願いして、船に乗せて貰おうよ!」


「え……いや、その」


 振り返れば、彼の目が輝いている。そんな目で見ないでくれバルクス。


 だが、ずんと顔を近づけるばかりで、僕の機微には気付いてくれそうもない。かと言って、これだけ信頼してしまっている相手を無下に断れば、悲しむこと請け合い。一体どうしたものか。


 ……そうだ、面接して落とせばいい。重箱の隅を楊枝でほじくり不採用にする、所謂やらせ面接。尤もらしい理由を作るのが、やらせの極意だ。


「その、シェノンさん。どうして僕らに協力を?」


「はい! 広間での『てれび』を見て、これは素晴らしい! って感動して、それで仲間に入れてほしくて──」


 なんと素晴らしいほどの定型文。「御社の企業理念に共感」みたいなもので、僕もよく使ったなぁ。


 よし、ここは揺さぶりをかけて様子を見よう。


「いやいや貴方、あの場に居なかったですよね」


「へ」


 もちろんハッタリ。数十も居た観客の顔なんて、一々覚えちゃいない。数人ぐらいは覚えているけど、全てを網羅してるはずがない。

 けれど、こう自信満々に指摘されると、覚えているのではないかと疑念が生まれる。それだけでいい。


 実際、シェノンは顔を伏せて考えていた。もう考えてる時点でおかしいけれど。


 しばらくして彼女は何か答えを見つけたのか、重い口を開いた。


「実は……遠くからしか見れてなくて」


 なるほど。つまり、「近くに居なかったから、そちらが認識できなかったのですよ」ということ。うまい言い訳を思いついたものだ。


 少し感心していると、今度は聞いてもいないことをベラベラと口にしだす。


「それと私、守衛をクビになったんです。だから仕事を探していて……」


 次は同情を買う作戦か、どうせこれも詰めればボロが出る。とはいえバルクスの手前、ズカズカと詰めすぎるのも心証が悪い。外堀を埋めるような質問に留めよう。


「そうなんですね……もし差し支えなければ、理由を教えて頂いてもいいですか?」


「理由、ですか。多分、私が弱すぎるのが原因だと思うんです。幼いころに両親を亡くして、ピーカントに住む親戚の家に越してきたんです」


 ふむふむ、同情に同情を重ねるわけか。それをどうクビの理由に繋げてくるのだろう。


「で、その親戚のおばさんに虐待されてご飯も食べれず、魔法も教えて貰えなくて」


「虐待…………」


「私が使える唯一の魔法は、掃除するためだけに覚えさせられた、風魔法〈ザーフ〉しかなくて──それでクビに」


 …………べ、別に。

 シンパシーなんて感じてない。感じないぞ。

 何も罪悪感なんて感じてない。感じないぞ。


 そうは言っても身体は正直、勝手に反応してしまう。涙腺がきゅっと絞り出してくるので、ぐっとこらえた。


「フィルム~! 仲間に入れようよお」


「そーだそーだ!」


 抗議する二人。とはいえ、先ほどの話が真実である証拠など無いわけだし─


「お願いします。私も、てれびに関わらせてください」


 シェノンが片膝を立ててしゃがみ、顔を伏せる。この世界では、土下座に近しい行為。王家へ謁見するときなどに使われる作法。そこまでして……。


 バルクスの方へ振り返ると、眉をひそめ少し怒っているように見える。

 アテチちゃんに至っては、それを返せと言わんばかりに紙袋を引っ張ってくる。


 さすがに決めるしかなかった。


「じゃあ、まぁ。その、まず顔を上げて」


「本当ですか、やった! やったああああ!」


 いやまだ何も言ってないが、大丈夫かこの人。


 まぁ……いずれ人手は必要になるだろう。

 今のうちにADとか、カメラマンとか、アナウンサーとかも擁立しておきたい。それに──


「それじゃあ、今すぐに支度してきますね!」


「あぁ、はい…………ん?」


 え────────今から行くの?


◇   ◇   ◇


 王都へ続く道は、森に向かう道と同じ。前回は逸れた道を辿れば隣町。そのまま道なりに歩けば、王都へ辿り着ける。


 アテチちゃんはまだ小さいので、王都には連れて行かず置いてきた。自分も行きたいと初めのうちはぐずっていたけれど、僕らが出発するころには両親があやしてくれていた。


 バルクスには付いてきてもらうことにした。

 しかし、ケンタウロスである事がバレると厄介なので、彼には茶色い布を被ってもらっている。


「フィルム~。これ、意外と作り良いよ」


 アテチちゃんが秘密裏に作っていた、変装用の布。それはユニコーンの顔が描かれており、確かに精巧には作られている。角などの一部には金属が使われているので、どこかの大人が協力してくれたようだ。


 アテチちゃん、絵が上手いんだよなぁ。でも────


「茶色いユニコーンなんて見た事ないけど、大丈夫ですかね?」


 そうシェノンが耳打ちした。ええいままよ、としか言えない。

 少なくとも、僕の『机を運ぶ人』の変装よりマシだと考えよう。


 でも案の定、隣町に入ると茶色い声援が飛び交いはじめた。


「茶色いユニコーン?」

「なんか茶色いんだけど」

「あ、ユニ──茶色っ」

「おっ。えっ、ええ……茶色?」


 はいはーい、茶ユニでーす。珍しいねー。


 こういう時は堂々とするのが肝要で、オドオドしたら余計に疑われる。なにか絡んでくる輩が居たとしても、品種改良に成功したとか嘯けばよい。のだが──


 「あ、わわ。いや、えっと……茶色くないでーす!」


 シェノン、茶色くないは無理だ。全身茶色だぞ。

 案の定、通行人AやらBやらに突っ込まれる。


「いや、どう見ても茶色……」


「いやこれは。あ、泥沼に浸かってしまって──」


「え、全身丸ごと?」


「そ、そうです!」


 そんな深い泥沼があるか。バルクスの身長、何メートルあると思ってるんだ。たとえ泥沼に入り込んだとして、どうやって我々は引き上げたのだ。


 これ以上、余計なことをされては困る。あちこちと弁明するシェノンの腕を引っ張り、僕の傍に寄せた。よほど必死だったのか、その肌はどかどかに熱を帯びていた。


「下手に反応しないでください。この町を抜ければすぐですから」


「ご、ごめんなさい……!」


 人々の好奇な視線に曝されながら、町の中を速足で歩く。バルクスは役作りしているのか、しきりにぶるるると鼻を鳴らすマネをしている。


 そういえば……人を叱ったのは初めてかもしれない。前世ではチーフADの経験も無かったので、後輩への叱り方とかもよく分からないままだ。


 大丈夫かな、冷たく言い過ぎたかな。腕を組んでいるシェノンに目をやると、伏し目になっている。僕の腕にしがみつくだけで、目も合わせようとしない。やったかこれは、パワハラ・モラハラってやつか。


 そんな思路を巡らせていると、いつの間にか町の外。茶色い声援を背に流しながら、僕らは進んだ。


「あの、シェノンさん」


「は、はい!」


「いつまで、しがみついてるんですか?」


 あ、冷たく言っちゃったよ。先輩って難しいなぁ。

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