第10話「異世界一受けたい授業」
早朝の森は空気が澄んでいる、誰も土を踏み荒らしていないから。その清澄のなか、僕は人間の文化を教えていた。
「先生! どうしてニンゲンのオスは、女みたいに服を着てるんだ?」
良い質問だった。たしかに女性のケンタウロスは胸衣をしているが、男性はみな裸。こちらからすればその方が異常だが、彼らにとってはそれが常識なのだろう。
「逆にイヅマさん、なんでだと思いますか?」
「えーと……乳首が黒くて恥ずかしいから?」
いや、お前も黒いだろ。
「じゃあ、実は巨乳だったり」
それは…………嬉しいかも。いや、そうではなくて。
あのときの補助係、イヅマ。そんな気はしていたが、コイツかなりお調子者。こちらが人間界のルールを真面目に教えているのに、ふざけてばかり。クラスでも居たな、こんなヤツ。
「それとも──」
「あ、もういい。もういいです!」
とめどなく押し寄せるボケと訂正の応酬に、終止符を打つ。こちらは真剣なのだから、付き合ってはいられない。
そうしてやっと解説が出来ると思えば、今度はオーサが割り込んだ。
「あー。ニンゲンのオスは、我々に比べて体が弱い。だから、外傷や寒さから身を守るためにも、服が必要なのだ」
「……あ、ありがとうございます。オーサさん」
居たなぁこんなヤツ。教師の解説を横取りして知識ひけらかすヤツ。
彼らと一緒に居ると、人間とケンタウロスの間に境が無いことがよく分かる。良い意味でも、悪い意味でも。
というか、さっきから気になっている事がある。何度も出ているワード、それにも終止符を打たねばならない。
「皆さんその、人間をオス・メスと呼んでいらっしゃいますが、やめましょうか」
「何故だ? まさか、ニンゲンにはオス・メスの概念が無いのか」
いやまぁその、前世ではLGBTQとかあったけど、そういうことではない。
「そうではなく……逆に、オーサさんに聞きます。『ケンタウロスのオス』と言われたら、どう思いますか?」
「殺す」
えっと、どう思うか聞いてるんだけど。
「そ、そうですよね。人間も同じく、尊厳を守ってほしいわけです」
「ふむ、なるほど……ニンゲンに、ね」
おい、なにか言いたげだな。まあ仕方ない、徐々に変えていくしかない。
実際あれから数日経っているが、人間とケンタウロスとの溝は埋まり切っていない。バルクスも街に馴染んできたけれど、偏見は未だ根強い。相変わらず『例の変装』は続けているし、森と街を往復する日々。
その彼もいま、ピーカントでケンタウロス文化を伝えている最中だった。
◇ ◇ ◇
「なので、ケンタウロスの後ろには立たない方が良いんですねー!」
広場の中央。バルクスが黒板を立てて、ケンタウロスの文化を語っている。
初日こそ閑散としていた野外授業だったが、今では十数人ほど集まるようになっていた。
「バル先! 背中に乗ったら怒られますか?」
「あーそうですねえ。人間にも合う人と合わない人がいるように──」
あれ、なんか愛称も付いてる。ちょっと羨ましいぞ。
この授業。初回は僕も出席したのだが、知らないことばかりだった。例えば、言語などを聞き取るのは人耳、遠くの音を聞き取るのは馬耳だとか。
普通に面白い。ただ文化を伝えるだけでなく、豆知識も付け加えてくれる。僕も見習わないとな、そう感心して眺めていたらバルクスと目が合った。
「それに──あ。じゃあ、今日はここまで、ありがとうございました!」
バルクスが腰を曲げて一礼する。
お辞儀文化ないんだよなぁ、僕の良くないクセが移ってしまった。
「おつかれさま、バルクス」
「ねぇ聞いて。今日は、私服の守衛さんが来てくれたんだよお!」
「そっか……うん、良かったね」
嘘だ。あれだけ警戒していた守衛たち、敵情視察の可能性が高い。手放しで喜べはしないが、バルクスがこんなに喜んでいるので言えるはずがない。
その罪悪感を紛らわせるように話題をそらす。
「そうだ。僕も今日、良いことがあったんだ」
「え、なになに?」
ポケットから、ちいさな麻袋を取り出す。赤いシミの着いた袋。
「じゃーん、何だと思う?」
「えー分かんないよお」
まぁクイズ形式にしてみたけど、答えられるわけがない。だって──
「正解は、パップロップの鼓膜でした!」
「……え? こ、鼓膜?」
なぜ鼓膜でも鼓膜。僕が要望したらオーサ達が分けてくれた。この鼓膜でどうしても作りたいものがあるのだ。
それが録音魔法〈ディング〉。
鼓膜に響いた音を情報化し、羊皮紙に転換する魔法。つまり、念願のマイクパーツである。
水晶体はアクセサリーなどにも需要があるため、市場に多く出回っている。だから値段も安く、魔導カメラにも組み込めた。
だが、鼓膜に関しては需要なし。屠殺の段階で捨てられてしまうため、市場には出回らない超希少部位だった。
「これがあれば君の声や自然の音、音楽だって流せるんだよ!」
「ほえ、そうなんだあ」
絶対に理解してないな。そういえば魔法学校では僕もこんな感じだった。未知の存在や技術は、なんか解った気がする感じで良いんだよ。多分。
そうお互い適当に流していると、遠くから少女が走ってくる。この街を変えた、小さな英雄ちゃん。
「ばるくしゅ~!」
「アテチちゃん!」
アテチちゃん。これは少女の一人称「あてち」から取って付けた名前で、本名ではない。この街では謎の迷子少女として親しまれ、有志の大人達で支援していたらしい。お恥ずかしながら、ここ数年ぐらい引きこもりだったので知らなかった。
名前も出身も親も分からない。気付けば街に出現し、あちらこちらで迷惑をかけ、愛情をかけられている存在。わがまま妖精とも呼ばれている。
ところであれ以降、二人の仲はとても良い。今も彼の背中に乗り上げたところで、上で胡坐をかいては、持ってきた紙袋をブンブンと振り回している。
「そうだ、アテチちゃん。例のモノは?」
「あー。うん!」
バルクスの言った、例のモノ。一体なんだろう。
そう思っていると、アテチちゃんが紙袋をぐいと差し出してきた。
「はい、あげりゅよー」
「え? いや、僕じゃなくてバルクスに──」
彼に目をやると、小さく首を振る。
「違うよお。これは、フィルムへのプレゼントなんだあ」
「プレゼント?」
さっき振り回してたけど?
そう戸惑いながらも、くしゃくしゃになった紙袋を受け取る。
なんか分厚い、重さからして──本かな。
自慢ではないが、この世界の言語を覚えるために、色んな本を見てきた。辞典はもちろん、嘘八百並べた下らない伝記まで。まぁ内容は覚えてないけど。だから、ダブっていなければいいけどなぁ。と、袋の中を覗いた。
「って──これ、羊皮紙!?」
え、え。何十枚も重ねられて入ってる。紙袋に手を突っ込めば、底に二段目があるのが分かった。つまり、いま外から見えている羊皮紙の倍はある。いやでも。
「どこに、こんなお金が?!」
だって週五のバイトで七枚だぞ。どうやってそんなお金──
ふと、バルクスが広場の向こうへ目をやっているのに気付く。そこは香水屋。その店主が腕組みをして、こちらを眺めている。
「まさか、リングパルファム?!」
「え。よく分かったねえ」
あの森の湖水。いやいや、いつの間に事業展開してたんだ。まったく油断も隙も無いな、ピーカントの住民ってのは。
「大丈夫? 騙されたりしてない? ちゃんと売り上げ、折半してる?」
「んーなんかあ。ウリアゲの四割が、俺の取り分らしいよお」
つまり向こうが六割。ちゃんと得しようとしてるな、さすがピーカントの住民。ただ、騙しているわけではなさそう。良かった。
「そっか……でも、良いの? こんなに貰っちゃって」
「うーん、特に欲しい物も無いからなあ」
「嬉しい……ありがとう!」
願ってもない展開。てか、しばらくバイト入れなくて済む。羊皮紙を溜めるのに半年ぐらいと考えていたが、これならすぐ取り掛かれるぞ。
僕があれこれ思案していたら、バルクスが嬉々として問いかけて来た。
「フィルム。次も、てれびで何かホウソウするんだよね?」
おぉ、良い質問だ。
「もちろん、次に目指すのは全国放送だ!」
この世界最大の国『アスタロフ』。その全土に渡って放送することが、第一の目標。
いまの僕らは云わば地方局……よりも規模の小さいケーブル局でしかない。
だが、僕が目指すのはキー局。やれることなら、国際放送まで行きたい。
「でもさ、そのためには必要なことが山積みなんだよ」
「ほえ、そうなんだあ」
やっぱ、あんま分かってなさそうだな。
「例えば、何が必要なの?」
「そうだなぁ、まず必須なのが『アンテナ』かな」
魔法なんだからアンテナは不要──だと思ったら大間違い。〈テ・レヴィジョン〉には限界がある。それが効果範囲だ。
僕の魔力と練度じゃ、水泳プールぐらいの広さが限界。だから、魔法を増強・拡散させられる『アンテナ』が必須となる。
そして、その目星はある────エルフの村にそびえ立つ世界樹だ。
「この世界の魔元素を管理する世界樹なら、アンテナとして使えるはずなんだ」
「ほえ、そうなんだあ」
「ほえぃ、そなんだー」
いやアテチちゃんまで…………まぁいいや。
とにかく世界樹ならば、〈テ・レヴィジョン〉を世界中に届けられる。
だが、それにも問題が二つある。世界樹が海を越えた先にあること。管理しているエルフ族の許可を得ること。これらをどうにかしないとならない。
バルクスも同じような結論に至ったようで首を傾げた。
「それってどうやって行くの? そもそも使ってもいいの?」
「さぁ……船賃は高いし、そう簡単に使わせては貰えないだろうね」
僕の計画性のなさに、アテチちゃんが首をかしげる。バルクスまで肩をすくめる始末だ。いや気持ちは分かるけどさ。
「何とかなるって、それに他にもやり方は沢山あるし──」
「はぁ……分かったよ。それに、森に来た時も同じだったでしょお?」
うーん図星だ。行き当たりばったり、ばっかり。申し訳ない。
本当は「僕のシナリオ通りだ!」みたいな事したいけど、それを描く台本もない。
さて……説得方法は現地で考えるとして、どうやって行こうか。船賃を稼ぐためにも、やっぱバイトしないといけないかぁ──
「あの、それ。私から提案があります!」
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