15.趣味嗜好
その話を聞いて、ソフィアはあからさま過ぎるほどに嫌な顔をしていた。
「お見合いぃぃ〜〜〜?」
「そっ。お見合い」
ニコニコとその言葉を繰り返した父にソフィアは首を振るが、父は気にした様子もなく話を続ける。
「わかってるよ。前回のは政略的な理由があったとか、断り切れなかったとかであんな王太子と婚約させたお父様が悪かった。あの頃はお互いまだ八歳だったしね。あそこまで馬鹿で考えなしに育つと思わなかったんだ。顔は良かったし」
さっさと捨て置いた国とはいえ、王太子に遠慮のない物言いだが、ソフィアも頷き同意をした。
「そうよ。わたしも幼かったからこそ分からなかったけど、あの馬……王太子、わたしに少し仕事を手伝ってとか言いだして、最初こそ計算とか簡単な作業だけだったくせに、気付けば相当な仕事を投げて来て、その間に浮気よ。とんでもない不良債権を摑まされるとこだったわ」
「手放せて良かったねぇ」
「ホントよ。もう顔だけの男に……」
そう言いながら、一瞬過ぎるのはベルと名乗った美丈夫。
手伝ってとの話から、バニーガールの衣装まで着せられて舞台の中央に……たとえパックの願いのためとはいえ、やらせ過ぎだろうと拳を握り、
「顔だけの男は信用ならないわ」
と、引き攣る笑顔で言い放った。
「うん。ソフィアも変な服の趣味に付き合わす男より、安定した男がいいかなぁと、お父様色々さがしてね」
その言葉で、この前の衣装を『それが趣味の誰かに着せられた』だと、誤解されてそうだと「違いますわ。お父様」と言うが、「あんな君の体型にピッタリの服まで用意されて言い訳されてもねぇ」と商売柄、被服に詳しい父に言われては二の句が告げられなくなる。
「お父様、あれは諸事情で用意しただけで、そのような相手や、変な何かにハマってるわけではありませんの。では今日はデザイナーとの話もありますので、このあたりで失礼いたしますわ」
逃げるにしかりとソフィアが早々に立ちるが、「デザイナーとは後日になったよ」との言葉と共に、テーブルの上にはお見合い用の人物画や写真がドサリと出される。
「……お父さ……」
「その馬鹿な王太子が君を探し始めてるそうだよ」
微笑み告げられた言葉に息を呑めば、また座るように促され、渋々改めて座り直す。
「今更になって君のことが惜しくなったのか……、はたまた我が家の独占販売の権利が国から消えて税収が一気に落ち込んでるか、どちらだろうね」
「後者でしょうね。まぁ前者もあの彼女が王太子の仕事の補助なんて出来るわけがないと思いますし、仕事が増えてストレスも溜まっているでしょうけど」
腕を組み、呆れたように呟くソフィアに父も「そうだねぇ」と同意を返す。
「まぁ、うちの可愛いソフィアが幼い頃から仕事押し付けて、その他の有象無象に手を出してるって聞いてから、宝石の原石が取れる山は買い取ったし、いくつかの宝石商や加工場、それにうちは特別な布をいくつか開発して、我が商会が独占して世界に輸出もしてたからね。あの辺りが回らなくなった国の経済状況は想像は容易いよねぇ」
「そうね。その上最後にわたしがばら撒いた写真で、あの技術の凄さと絵では表せない鮮明さも新しい事好きの貴族たちの興味も引けたと思いますし」
微笑み会話しながらも、そこには彼らの思惑と復讐が含まれているのだとわかるが、父はソファに深く座ると真剣な顔で話をはじめる。
「ただ一つ、困ったことがあってね」
「何か?」
「馬鹿王太子が君との婚約を破棄していない」
「!!?」
ソフィアが勢いよく立ち上がると、父はため息と共にもう一度座るように促す。
「……どういうことですの? たしかにあのパーティーの最中に貴族達大勢の前で言質を取ったはずですわよね?」
「そこなんだよ」
その目の前に資料のように紙を出され、あの日、ソフィアが旅立った時の会場での様子を事細かに書き出されているのを目に通し……、
「……こんなもの屁理屈ですわ」
「そうだね。でも彼は婚約破棄はしていないと言っている」
ソフィアの目を通した資料には、ソフィアからの婚約破棄の話は文字としてあったが、それに同意する言葉は無かったと書かれている。
「たしかにわたしとの婚約破棄の準備をしていたはずなのに……」
「口頭でもあの貴族達の目の前で言い放てば良よかったんだけどねぇ」
たしかにそこには【『そして僕は今ここに君との婚約を……誰だ君は』と、王太子側から婚約破棄をする旨までの言葉は発せられていない】書かれている。
「……カレーナが手紙を届けてくれた時、あの馬鹿王子の相変わらず余計な前置きとかで最後まで言わなかったのね……」
ソフィアは水色の髪をした故郷の親友を思い浮かべながらも、頭痛を和らげるように眉間に手を当てる。
「そうみたいだね」
「でもこちらからの希望も婚約同意書も渡してありますわ」
「それでも互いの同意にならなければあの国では許可が降りない」
「そんな……」
もう終わったものだと思っていたことが、今更降って来て思わず頭に手を当てれば、父は笑いながらお見合い写真を押し付けてくる。
「だから、まずは契約的な婚約で構わない。あの国、バリアーチ国の法律ではそうでも、もう此処は他国ブリローダだよ。この国では次の婚約者がいれば、過去の相手は過去のことと法が切り捨ててくれる」
そう言いながら計算高い商売人の顔で笑うのを、ソフィアはそこまで考えてこの国へと亡命をしてくれたのだと微笑みを返せば、また彼はいつもの人の良さげな笑みに変わると、
「もう我が家はこの国の侯爵家として受け入れられているしね。君が決めてくれたらあとはこの国が守ってくれるよ。……とはいえ、簡単に婚約して破棄してを繰り返すわけにはいかないよね。君のためにも」
そんなことをすればソフィアの女性としての評判は地に落ちることは明白。
「それにわたしと婚約すればこのカルナルディ家と繋がって……、容易く手放す人もいないでしょうね」
「そうだねぇ。破棄する理由がないさ」
こちらからは契約的な婚約としても、侯爵家の製品開発まで手掛けて国が亡命すら喜んで受けいられるほどの金持ちの娘。
では婚約します。では破棄します。などといってハイハイと受け入れてくれる家などそうないはずだ。
ソフィアはそれを理解はしながらも、あの王太子の元には戻りたくないと、目の前の見合いの資料をパラパラとめくる。
「しかも君は美人で可愛くて、優雅で、あんな衣装も着こなす素敵なレディときたものだ」
父の軽口をイラッとしながらも構えば負けだとソフィアは数枚見ると、
「もう少し考えますね。これ、部屋に運ぶようお願いします」
「そうだね。彼らの趣味嗜好も読み込んだ方がいい。君と同じ趣味がいればいいな」
と、真面目に言われてとりあえず目の前の見合いの資料を父に投げつけて出て行った。




