第307話 館腰美樹-13
大河原先生の言葉を聞いて、雅が進み出て言った。
「桜子さん、私が行きます」
「待って、雅ちゃんは疲れてるでしょ? 私が代わりに行くよ」
桃花が雅を引き留めた。
雅は、俺たちを呼ぶために急いで来たので、身体に負担がかかっていることを心配しているのだろう。
それに、どんなことであっても、美樹さんの役に立ちたいと思っているはずだ。
「では、桃花さんにお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい! 任せてください!」
こうして、桃花は藤田先輩たちを呼びに行き、美樹さんの屋敷と先生の家に住んでいるメンバー以外は解散することになった。
多くのメンバーが帰っていったが、早見だけは美樹さんに歩み寄って言葉をかけた。
「玲奈さんがいなくなって、私もとても残念ですわ」
「アリスさんには、特に悲しい思いをさせてしまっていますね……。申し訳ありません」
「お気になさらないでください。全て、仕方のないことですから。このような時ではありますが、美樹さんのことにつきましては、お祝いをさせていただきたいですわ」
「ありがとうございます。私たちの集まりには、アリスさんにも、ぜひ参加していただきたいです」
「とても嬉しいですわ。しかしながら、今回はご遠慮させていただきます。せっかくの機会ですから、花乃舞の皆様からお祝いしていただくべきだと思いますもの」
「そうですか……?」
少しだけ、美樹さんの表情が曇ったように見えた。
だが、すぐに気持ちを切り替えた様子で、美樹さんは笑顔を見せながら言った。
「とても感謝しております。ありがとうございました」
美樹さんと早見のやり取りを聞いていると、どうやら、早見は美樹さんから感謝されるようなことをしたらしい。
だが、何の話なのかは分からなかった。
藤田先輩と十条先輩が加わって、大河原先生の家に住んでいるメンバーが、美樹さんの屋敷に集まった。
美樹さんの屋敷に住んでいるメンバーも集まって、全員が揃った。
先生の家に住んでいる俺たちには、集められた理由が分からなかった。
だが、美樹さんと一緒に住んでいるメンバーは、用件を知っているように見える。
「皆様。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
「美樹さん……人生の転機というのは、何のことですか?」
「実は、この度、結婚を前提として男性とお付き合いをすることになりました」
「……!」
美樹さんが……男と付き合うのか……!
俺は、雅と風呂の中で話したことを思い出した。
こいつは、姉である美樹さんに、ずっと好きだった男性との交際を勧めるつもりだと言っていた。
「おめでとうございます、お姉様」
雅は、いつもと同じような淡々とした口調で言った。
だが、少しだけ嬉しそうな顔をしているように見える。
「こうなったのも、玲奈さんを含めた、この屋敷にいらっしゃる皆様に応援していただいたおかげです。そして、私たちを応援してくださったアリスさんにも感謝しなければなりません」
「早見に……ですか?」
「では、まさか……美樹さんが付き合う男性というのは……!」
心当たりがある様子で、先生は叫んだ。
美樹さんは、嬉しそうな顔で頷いた。
「神無月晴人様です」
「……!?」
美樹さんが、神無月晴人――早見の婚約者と付き合う!?
あまりにも意外な話を聞いて、驚いてしまった。
そういえば……神無月晴人という男は、10年前に失恋してから誰とも交際しなかったらしい。
美樹さんも、好きな人がいたのに、交際を諦めた過去があるはずだ。
つまり……美樹さんと神無月晴人は、かつて両想いだったのか……?
「和己さん以外の皆様はご存知だと思いますが、晴人様は、私がずっと恋い焦がれていた唯一の男性です。アリスさんが、私と晴人様の双方を説得してくださったので、このような状況に至りました」
そう言った美樹さんは、とても綺麗に見えた。
これが、恋する女性の輝きなのかもしれない。
「それは……本当に、おめでとうございます。まさか、アリスとの婚約に踏み切った晴人様が、思い直してくださるなんて……」
大河原先生は、とても複雑な顔をしながら言った。
美樹さんを祝いたい気持ちと、唐突な展開に付いて行けない気持ちの両方があるのだろう。
「ありがとうございます、桜子さん。晴人様も、アリスさんと婚約した時点では、私のことを諦める決意をなさっていたとのことですが……」
「やっぱり……。早見先輩が、美樹さんから晴人様を奪うようなことをするなんて、違和感があったんです。最初から、こうなる予定だったということですよね?」
桃花は、この展開に納得している様子で呟いた。
すると、美樹さんは首を振ってから言った。
「今回の出来事は、アリスさんにとっても決して簡単な決断ではなかったはずです。晴人様と婚約したのは、結婚して生涯添い遂げるためだったのですから」
「えっ……? 早見先輩って、本当に晴人様のことが好きだったんですか?」
「間違いありません。晴人様は、とても素敵な男性ですから」
「……そうですよね。美樹さんが好きになった御方ですから。私には畏れ多くて、憧れることしかできませんけど……」
驚きを隠せない様子で、桃花はそう言った。
美樹さんの言葉によって、最近、早見の様子がおかしかったことを思い出した。
あれは、神無月晴人と別れるのが、あいつにとって辛い決断だったからなのだろう。
本心から神無月晴人のことが好きなのに、美樹さんと神無月晴人の関係を応援するなんて、自分が一番でないと気が済まないタイプの人間である早見にとっては、大変な決断だったに違いない。
「本当に、おめでたいことです。神無月の方々に感謝を伝えるために、皆様をお招きして、お祝いをしましょう」
十条先輩は嬉しそうに言ったが、美樹さんは暗い顔をした。
「喜んでばかりはいられません。私が晴人様と結婚することは、皆様にとって深刻な悩みを伴うのだと理解しております。結婚するなら、身体のつながりは大切な要素ですから」
「……」
そうなのだ。
美樹さんは、男と結婚するのであれば、子供を作るつもりなのである。
それは、美樹さんが外に行ってしまうことを意味する。
魔素による胎児への影響をなくすために、魔素の無い環境へ行く必要があるからだ。
「そのようなことは、お気になさらないでください! 美樹さんが幸せになることが、一番大切なのですから!」
先生は慌てた様子で言った。
自分たちのせいで美樹さんの結婚が成立しなかったら、まずいと思っているのだろう。
「ありがとうございます。ですが、梅花様が外へ行ってしまわれたことについて、私にも責任があります。それなのに、皆様を守り続けられないことは、何と言ってお詫びすれば良いのかが分かりません……」
「大体の責任は、宝積寺か俺にあると思いますけど……」
俺はぼやいてしまった。




