第9話 可愛がってた舎弟に利権を任せたら調子に乗って肥え太ったからシメた
遅刻せず間に合う電車の限界を探るため必死の形相で走る生徒がいる奈良県立橿原高校。彼のチャレンジ精神はクロスカントリー大会で報われることになる。
そんな橿原高校の梅雨の蒸し暑い文藝研究部の部室。
「なぁ、最近、日本書紀ばっかりやってて、他の本読んでないよな。
文藝研究部的にそれでええんかなぁ」
マサルが珍しくまともなことを言った。
「日本書紀を持ち込んできたお前がそれいう?」
タカシが応じた。
「私は楽しいですよ」
リカは歴史ミステリーを紐解くのが楽しいらしい。
「リカちゃんがええんやったらそれでええけど」
マサルが日和った。
「前回は、丁未の乱が仏教の受け入れで対立するという定説だけじゃなくて、大和川水運利権をめぐる争いだったんじゃないかという話と、大王家の後ろ盾としての物部氏を滅ぼして、大王家の弱体化を図ったんじゃないかという話でしたよね」
シノブがノートを見ながら言った。
「うん、そうやな。
ほんで、聖徳太子を中央の飛鳥から遠ざけるために、斑鳩を任せたっちゅう話やったな」
ヒロミが補足した。
「蘇我馬子は、紀ノ川経由でのアクセスルートもあるから、蘇我系の聖徳太子に斑鳩を任せてでも、中央から追い出したかったんやろな」
タカシが思考を巡らせる。
「でも、なんで追い出す必要あるん?」
「トロイカ体制とは言うても、推古天皇と聖徳太子が近くて、馬子は蘇我氏の党首としてもっと野心的やったということちゃうかな」
ナオコの問いにタカシが推測を返す。
「独裁狙ったってこと?」
「多分な。
ところが、息子の山背大兄王の時代になると、大和川利権が大きくなりすぎて、上宮家がものすごく経済力をつけたんとちゃうかなぁ」
「なんでそんなんわかんの?」
「ほら、法隆寺見てみい。
あんだけ豪華絢爛なお寺建てるぐらいの財力があったっちゅうことやろ。
蘇我氏が建てた飛鳥寺と比べたら、なぁ」
「なるほどなぁ。
それで、最終的には山背大兄王を武力で討伐することになったんか」
「そうですね。
山背大兄王が皇位を狙うほどになって、言うこと聞かんようになったというのもあるんだと思います」
「それで今度は上宮家を滅ぼしたと」
「今度は露骨に武力でな」
「そこなんですが、ちょっとおかしくないですか?」
「何が?」
「聖徳太子のお母さんが12月に亡くなって、聖徳太子と奥さんが、2月に連続して病死してるんです」
「でも、当時やったら、流行病で人が死ぬのは普通にあったやろ?
続けて死んだだけでは変とは言えへんやろ」
「それはそうなんですが、当時の病死って毒殺じゃないかと思うんですよ」
「いや、リカちゃん、それはミステリー好きとしては面白いかもしれへんけど、趣味に走りすぎやって」
「でも、他の人は死んでないんですよ?
変じゃないですか。
きっと飲み物に毒を入れたんですよ。
食べ物だったら、他に食べた人もいるでしょうし。
遅効性の毒を食べ物に少し入れて、体調が悪くなったところに薬湯でさらに毒を追加したんです。
薬湯なら、太子と奥さんだけに飲ませるのも簡単ですし」
普段のジト目が見開かれて悪い顔になってる。
「でも、お母さんは12月に亡くなってるんやろ」
「それがますます怪しいんですよ。
毒殺する人は、毒の効果を見るために、実際に盛る前に動物で試すのはミステリーの常識ですよ」
「それをお母さんでやったって言うんか?」
「そうです」
「誰がそんなことを……」
「蘇我蝦夷、入鹿親子の手のものですよ」
「リカちゃん、今日はちょっと攻めすぎちゃう?」
「こほん、失礼しました」
「それにしても詳しいな」
「ミステリーの中でも毒殺ものが好きなんです。
バレないようにどのルートでどんな種類の毒を仕込むか」
リカがうっとりした顔で言った。
「マサル、リカちゃんにちょっかいかけて変なことばっかり言うてたら、“飲み物どうぞ”って消されるで」
ナオコが茶化す。
「そんな、ちょっかいなんて……」
そう言いながら耳まで赤い。
「いや、マサル殺すのに毒なんかいらんやろ。
リカちゃんが一言“嫌い!”言うたら終わりや」
タカシのツッコミにリカはニヤリと笑いマサルは居心地悪そうな顔をした。
「この間、蘇我馬子は推古天皇に葛城県を返してくれと言っています」
気まずくなった空気をシノブがリセットした。
「あぁ、葛城は蘇我氏の本貫だから返してくれってやつな」
「そうなんですけど……」
「ん?」
「それだけなんでしょうか?」
「資源枯渇した土地を欲しがるって、いくら元々葛城氏の土地やからって“なんで?って思うよな」
「領地としての価値じゃないのかも」
「だとしたら?」
「今まで、物流の話してましたよね。
竹内街道とか穴虫峠って、物流ルートですよ」
シノブが指摘した。
「えっ、でも、大和川押さえたら、別に不便な山越ルートはいらんよな。
上宮家に管理任せてるとはいえ、蘇我氏が押さえてるようなものやったんやろ?」
「いるかいらないかだけなら、なくてもいいです。
でも、ここを押さえたら、大和の物流をほぼ全て蘇我氏・上宮家が独占することになります。
大和川ルート、吉野川・紀ノ川ルート、吉野・宇陀ルートに加えて竹内・穴虫ルートまで。
もし、穴があったら、通行税を取ろうとすると、その穴の方に逃げるじゃないですか」
全員が頭に地図を思い浮かべた。
「それ、他の勢力からしたらやばくない?
お買い物できひんやん」
ナオコが生活感を出した。
「大王家ですらも、干上がってしまうかもしれません」
「せやから、推古天皇が断ったんか」
リカの言葉にマサルが絡みたがる。
「推古天皇が、“もし、割譲したら後世で愚かな女帝と言われる”と言ってるのは、単に公有地を豪族に譲ったというだけじゃなく、物流の全てを蘇我氏に握らせた愚かな女帝という意味で言ってたのかもしれません」
リカは日本書紀の記載の意味を定説からひっくり返した。
「そこで、推古天皇がいうことを聞かんかったのは、馬子の誤算やったんかもしれへんなぁ」
「日本史の教科書では、蘇我氏って割とサラッと書いてるけど、かなりえげつない勢力やったんやな」
「何はともあれ、推古天皇のファインプレーやったいうことやな」
「勇気いったやろな。
下手すりゃ消されるもんな」
「どんな人やったんやろな」
「リカちゃんぐらい、頭が切れたんちゃう?」
リカに視線が集まる。
「女帝とお呼び」
リカは腰に手を当てて高らかに笑って見せた。




