第10話 あれ?なんか違うんとちゃう?
夏の朝、学校に着く前に汗だくになる駅から遠い奈良県立橿原高校。
そんな橿原高校の文藝研究部部室。
珍しくシノブが難しい顔で考え込んでいる。
「シノブちゃん、どうしたん?」
「ん〜」
返事をするものの、まだ考え込んでいる。
しばらく考え込んだ後。
「えっと、これまでのお話、まだ日本書紀の罠に引っかかっているような気がして」
「どういうこと?」
「どうしても、天皇・大王というフィルターがかかっちゃってる気がするんです。
多分、天皇記とか国記が編纂された頃までは、天皇なんて概念がなかったと思いませんか?
もっと言うと、初期の大王の時代、大王という概念もなかったんじゃないかと思って」
「それは欠史八代の時に、成り上がり物語じゃない?って話したやつでしょ」
「そうなんですけど、それ以降もなんとなく日本書紀の記述に惑わされてるような気がして」
「私も、シノブちゃんの言うこと、よくわかります。
一度、大王・天皇のラベルを全て剥がして、その時その時の価値で見るべきじゃないかって。
それで、考えてたことがあるんです」
「例えば?」
「神武天皇が大和入りしたところから振り返ってみますけど」
リカは慎重に言葉を選ぶ。
「鴨氏に保護された直後の神武天皇の価値ってなんでしょう?」
「あの時は種う……外来の血という価値を認めたという話にしたよな」
「でももっと実利的な話だとしたら?」
「どういうこと?」
「鴨氏は神武天皇を饒速日に引き合わせています。
なんのために?って考えたら……」
「考えたら?」
「利害の一致があったんじゃないかと」
「???」
また理論がすっとんだ。
「お飾りじゃなくて実権が欲しかった饒速日。
なんでも武力で片付けようとする長髄彦が邪魔な鴨氏。
この二人にとって、邪魔なのは長髄彦。
この利害の一致に神武天皇が噛むと……」
リカは一息ついて続けた。
「神武天皇は“長髄彦を暗殺すれば、大和での地位を認めてやる”と持ちかけられたら、定住の地欲しさにヤるでしょう?
河内の恨みもあるし」
「おぉ、そういうこと」
タカシが手を叩いた。
「それで実際に長髄彦暗殺を成功させて、その報酬として媛蹈鞴五十鈴媛命を妻にしたんじゃないでしょうか。
ここではあえて、皇后とか妃ではなく妻という言葉にしていますけど。
こうして、大王家……ちょっとどういう言い方をしたらいいかわからないので大王家としておきますが、大王家はこういう実力部隊として大和に馴染んでいったんじゃないかと思います」
「確かに、熊野で神武天皇を拾ってくるのって不自然やもんなぁ」
「なんか利用価値、あると思ったから拾ったんやろからなぁ」
タカシとナオコにかかると神武天皇は捨て犬扱いだ。
「タカシの種馬説否定されたな」
マサルが笑った。
「その馴染んでいく期間が欠史八代って言うてたやんなぁ」
「そうそう」
「そうして、地元の有力者、三輪氏や鴨氏のところに居候をしながら、武力集団として実力をつけてきたけど、傭兵稼業では先が見えないということで、孝元天皇の時に、武力を重んじ三輪氏・鴨氏に対抗できる勢力に、武力を手土産に寝返ったんじゃないでしょうか」
「あれ?前は物部系の武力欲しさに寝返ったという話をしてたよね?」
「そうなんですけど、ちょっと違和感を感じてたんですよ」
「というと?」
「差し出せる見返りです。
武装集団丸ごと寝返るとなると、三輪氏・鴨氏にとっては痛手で、物部氏にとっては実利が大きいです。
大きな手土産を持って寝返って領地をもらう約束を取り付ける」
「なるほど。
確かに十分な見返りやな」
「はい。
そして、ここまでは、天皇や大王という地位がなくても成立するんです」
「あぁ〜そうか」
「そして、崇神天皇の間男の子説に繋がります」
「ん?また話が飛んだな」
「伊香色謎命と開化天皇の子とされる崇神天皇、実際には誰の子かは分かりませんが、おそらく伊香色雄命じゃないかと思います。
その子が崇神天皇として即位した。
この時、初めて自分の領地を貰ったんじゃないでしょうか。
物部氏にとっては、外来の男に領地を持たせるんじゃなくて、自分の血族に領地を分け与えるだけですから腹は痛まないでしょう。
しかもそれが、もともと場所的には三輪氏の土地だったんじゃないでしょうか。
三輪山の麓ですし。
だから反乱が起こったり、流民が増えたり」
「それなら、三輪氏から強奪した軍事境界線みたいな場所やから、元々はラノベでお馴染みの辺境伯的な役割やったんちゃうかな?」
タカシがリカの話を引き継いで行った。
「リカちゃん、前回から飛ばしすぎちゃう?」
タカシのいじりは嫌味がない。
「でも、いいとこなんですよぉ!」
「まあ、ちょっと落ち着こか」
「はい」
少し不満そう。
「その話長なる?」
ヒロミが尋ねた。
「全部話すと長いですね」
「どこまで続くの?」
「乙巳の変まで」
「そら長いなぁ。
一言で言うと?」
「血統ロンダリングと超絶成り上がり」
マサルの目が輝いた。
「下手なラノベ読んでるよりもリカちゃんの話の方が面白そうや。
みんな最後まで聞きたない?」
「聞きたいけど、今日はもう時間やし、続きは明日にしよか」
ヒロミがそう言って、シノブがノートを閉じた。
夏はまだ始まったばかりで、窓の外は明るかった。




