第11話 こうなったら殺るしかないよね
流行に乗って棒タイの制服を導入したけどあっという間に陳腐化。それでも40年間モデルチェンジしなかった奈良県立橿原高校。なお、現在は洗練された制服になっている。
そんな橿原高校の文藝研究部員で一番着こなしているのは多分リカ。
翌日の放課後。
橿高の周囲は森に囲まれているため蝉の声がうるさい。
「じゃあ、リカちゃんの話を聞こか」
「はい。
孝元天皇は元々武力集団の長だったと思われますが、物部氏の傘下に入ってその性質が少しずつ変質していったんだと思います。
崇神天皇の時に血統を乗っ取られていますが、武力はまだ大王家が握っていた。
四道将軍を各地に派遣していますし」
「確かに」
「ところが、垂仁天皇の時に、武力の管理が物部氏に移管され、石上神宮がその役割を担うようになりました」
「まあ、確かにそう書いてあるなぁ」
「そして、垂仁天皇から葛城氏の妃を迎えています」
「それは、物部氏から妻を娶る必要がないほど、物部氏と同化していったって話やったよな」
タカシが思い出しながら言った。
「これは、葛城氏を恐れた大王家が葛城氏の妃を迎えることで、人質としたのではないかと」
「なんで葛城氏を恐れたん?」
「葛城氏の祖である葛城襲津彦が孝元天皇の孫である武内宿禰の息子なのと、葛城氏が鴨氏の支配地域を鴨氏と同化しながら侵食していったからだと思います」
「鴨氏はなんで葛城氏に飲み込まれていったん?」
「多分ですけど、陶邑が鴨氏と三輪氏の経済基盤のかなりを占めていたんじゃないでしょうか?それと、三輪山麓を孝元天皇か開化天皇の頃に取られてるから、求心力も弱まっていたんだと思います」
「弱り目を狙われたんか」
なんか、タカシとリカちゃん、こういう話になると息ぴったりだ。
「そして、神武以来の血統は葛城氏が継いでいて、自分たちには流れていない。
もちろん、物部氏には饒速日の血が流れているので正統な血統だと思っているでしょうけど、血統を乗っ取ったことには違いありませんから、やましい心があったんだと思います」
「崇神天皇が神を恐れたのと同じやな。
後ろめたいとなんでもないことが怖なる」
「まあ、葛城氏にはそんな野心はなかったと思いますけど」
「リカちゃん、よくそんなこと思いつくなぁ」
タカシの褒め言葉にリカは得意げに微笑んで見せた。
それを見てマサルがちょっと複雑な表情をした。
「わかりやすいヤツ」
ナオミがイジる。
「でもこれって、崇神天皇が間男の子という前提の上に立ってますから、それが崩れたら終わりですよね」
シノブが当然の疑問を口にした。
「そうだけど、確かに直接的な記載はないけど……状況証拠が揃いすぎてるよね」
「確かに」
シノブも納得せざるを得なかった。
「それで、その後どうなるの?」
「葛城氏にとっては穏健な、大王家にとってはハラハラドキドキな人質外交がしばらく続きますけど、葛城氏の勢力が強くなりすぎて、穏健な人質外交では生ぬるいと考える人が出てきます」
「それが雄略?」
「そうですね。
不安の種があるなら、根絶やしにしてしまえ、って」
「でも結局失敗に終わって、またしばらく人質外交に戻らざるを得なくなるんやろ」
「そうですね」
「こう着状態が続いたわけか」
「大王家も後継者が途絶えて大変だったでしょうし」
「ん?それ初めて聞く話とちゃう?」
ナオミがつい口にした。
「継代天皇ですね」
シノブが日本書紀を見ながら言った。
「あんたら、ちゃんと読んでないの?」
ヒロミが部員を見渡して突っ込んだ。
「“ら”って、一括りにせんといて」
マサルが不満を鳴らした。
「それで、資源枯渇で葛城氏が衰退してきて、ちょっと安心してたら、同じ血脈の蘇我氏が台頭してきて、今度はそちらを管理しないといけなくなったってことですか」
シノブが先日の議論を口にした。
「多分そう。そして、資源、物流、外交の争いになって、丁未の乱で蘇我氏が物部氏を滅ぼすんですけど、ここに実は蘇我氏の血統と皇統の統合という野望が加わったんだと思います」
「ん?それこそ初めて聞く話やんなぁ?」
「そうですね」
「大王家は蘇我氏の娘も人質に取ってるつもりだったんだと思いますが、蘇我氏は葛城氏と違った。
物部氏を滅ぼして大王家を孤立させて骨抜きにしてしまったんだと思います。
軍事力は垂仁天皇の時に物部氏に渡してしまってるし」
「おぉ、味方がおらんようになったんか」
「そういうことです。
それで、蘇我氏ベッタリにならざるを得なくなってしまった」
「物部氏の傀儡から蘇我氏の傀儡にならなしゃないことになってしもたんやな」
「そんな蘇我氏の絶頂期に女帝が二人推されて即位していますよね?」
「それが何か関係あんの?
男の後継者がしっかりするまでの間のつなぎやろ?」
「通説ではそうなってますけど、だったら継体天皇の時も一時女帝を立てる選択肢があったと思いませんか?」
「あぁ、さっきの継体天皇の話がここで絡んでくるんか」
「政治的な見方だと、一時つなぎですけど、皇統と血統を考慮に入れたらどうなりますか?」
「どうなんの?」
「いやちょっとは俺らも考えようや」
しばらく沈黙が続いたが、名探偵が黙っていられなくなったようだ。
「女帝は血統と皇統の統合のための器だったんじゃないかと思ったんです」
「器って何?」
「例えば、皇極天皇が蘇我入鹿の子供を産んだらどうなると思いますか?
孝元天皇以来の神武の血を引く男子と皇統である皇極天皇の子供ですよ」
「あっ!」
「だから、女帝でなければならなかったんですね……」
シノブがペンを走らせる。
「最初、蘇我馬子が推古天皇を使ってやろうとしたけど、推古天皇は意外と頑固で馬子の策に乗らなかった。
だから、推古天皇は諦めて、次の機会を狙った」
「それが皇極天皇?」
「そうですね。
実際、日本書紀の皇極天皇の即位のところには蘇我蝦夷より入鹿の方が強力に皇極天皇を支援していたような記載があります」
「確かに」
「とはいえ、皇極天皇はこの時50歳手前ですから、実際に子供を産むことはできませんでした」
「そしたら、そもそも無理やん」
「私も最初はそう思ったんです。
でもDNA鑑定もない時代に、子供の認知はどうしていたのかなって考えたら、ラノベにあるじゃないですか?社交界デビューで公式に紹介されて、誰が誰の子どもかが社会的に認知されるって」
「おぉ、確かに!」
「だったら、皇極天皇が実際に子供を産めたかどうかなんて問題ではなくて、皇極天皇が蘇我氏の血を引く子を自分の息子で、皇太子に指名すると発表したらどうなります?」
「いや確かにそれを否定できる人はおらんけど。
でも、まさか……」
「タカシ先輩わかりました?」
「うん、社交会のパーティーって、それに相当するのって、あの外交の舞台やな」
「それって乙巳の変の?」
「はい」
「そんなこと、ある?」
「あくまでも推理ですよ」
「そうやけど」
「そして、中大兄皇子はそのことを知っていたんだと思います。
その発表をされてしまうと、自分達は二度と政治の表舞台には立てなくなることを。
だから、暗殺を企てたんだと思います」
「なるほど、でもそれやったら、もっと早くしたら良かったんとちゃうの?
そのほうが機会が多くて成功確率も高いやろ?」
ヒロミの指摘は的を射ていた。
「暗殺するだけならそうですね」
リカも頷いた。
「でも、入鹿と皇極天皇がやろうとしていたことを、そっくりそのままやり返したんですよ。
“天孫である中大兄皇子が逆賊である蘇我入鹿を討ち取った”と高らかに宣言するために。
これで、国内だけじゃなくて外交関係のある国々の公式記録として残ることになります」
リカが喋り終えて一つ深呼吸した。
推理を披露できて満足そうな表情だ。
部員たちは呆気に取られている。
「どっちにとっても、あの日あのタイミングしかなかったということか。
中大兄皇子としては、もうやるしかないところまで追い詰められて、一発逆転狙ったんやな」
「でも、なんで推古天皇の時にも同じことしようと思ってたってわかるん?女帝やから?」
「いえ、天皇記と国記の編纂がその時だからです。
あれもそのための仕掛けだったんだと思います。
推古天皇に蘇我氏の子供を産ませようとしていたけど、最後のピースが埋まらなかった。
天皇記を公開されてしまったら、もっと早く大王家は詰んでいた筈です。
でも、単に大王家の失脚を狙ったんじゃなく、飲み込んで大和を完全に手に入れようとしたんじゃないかと思います」
「そしたら、乙巳の変の時、天皇記と国記が燃やされたんは……」
「蝦夷が焼いたんじゃなくて、中大兄皇子の命令で焼いたんだと思います。
でも、国記は燃え残りを中大兄皇子に献上したと言われていますけど、それは、統治に必要な台帳だったから、燃えると困ることになったんですよ」
「うわぁ、どこまでも策士やな。
燃やす資料まで選んでるんか」
部員たちの表情は、不気味な話を聞いてなんとも言えない重いものだったが、推理を披露できたリカだけはご機嫌だった。
「リカちゃん、頭の中どうなっとるん?」
リカの表情を見たヒロミが不思議そうな顔をした。




