第6話 調子こいたら裸土下座することになった
時々中庭に雉が出没する奈良県立橿原高校。
そして、校長室に雉の剥製がある橿原高校の文藝研究部の部室。
「前回は崇神天皇が不貞の子という設定でしたけど、やはり、皇后の側の血統を追うのがいいと思うんです」
シノブが方針を示す。
「そしたら、崇神天皇の妃が御間城姫で紀氏、垂仁天皇の妃が狭穂姫命と日葉酢媛命で葛城氏と丹波系、景行天皇の妃が播磨稲日大郎姫と日代媛で吉備氏と三尾氏、成務天皇の妃が弟財郎女で穂積氏、仲哀天皇の妃が気長足姫尊で葛城氏系で、これ以降、仁賢天皇まで葛城系の妃を迎えていますね。
崇神天皇から成務天皇までが比較的一つの豪族からではなく、いろんな豪族から妃を迎えています」
シノブがホワイトボードを示しながら説明した。
「でも、14代から24代までは葛城系のお妃様ですね」
リカが共通点を指摘する。
「葛城系って、御所市とか葛城市あたりが地盤やんなぁ。
そうすると、三輪・鴨系と同じ系列?」
ナオコが尋ねる。
「葛城氏の祖は葛城襲津彦で、この人は武内宿禰の子孫ですね。
武内宿禰は孝元天皇の子です」
シノブが答えた。
「へぇ、一応天皇の血を引き継いでるんや」
ナオコが感心したように言った。
「ねぇ、ちょっとおかしくないですか?」
シノブが引っかかっていることを口にした。
「何が?」
ヒロミが尋ねる。
「宣化天皇まで、葛城系のお妃を迎えてますよね?
でも、日本書紀では、雄略天皇の時に葛城氏が滅びていることになってたじゃないですか?」
「確かに、それはおかしいなぁ」
ヒロミも疑問を口にした。
「雄略天皇に攻め込まれて葛城円大臣は自害して本宗家は焼き討ちされたことになってる」
「どんな経緯やったっけ?」
タカシが尋ねた。
「雄略天皇のお兄さんの安康天皇が眉輪王の父親を殺して母親を寝取ったんよ。
それを聞いた眉輪王が母親の膝枕で寝てた安康天皇を殺して復讐を果たした。
それを知った雄略天皇が、裏で糸を引いてるのが八釣白彦や坂合黒彦じゃないかと疑って、詰め寄るけど、はっきり答えないからって次々殺していく。
葛城本宗家に逃げていた眉輪王の引渡しを要求したけど交渉が決裂して葛城本宗家を焼き討ちしたっちゅう話しや。
これで葛城氏が滅亡したことになってる」
ヒロミが日本書紀のあらすじをなぞって説明した。
「むっちゃ殺しまくってるなぁ」
マサルが呆れた。
「大悪天皇って呼ばれてたぐらいやからなぁ」
ヒロミが雄略天皇の異名を口にした。
「でもな、今の話聞いてたら、皇位継承権のライバルを殺す口実が欲しかっただけちゃうのって思うわ」
タカシが政略による謀殺の可能性を口にした。
「でも、眉輪王が安康天皇を殺したんやろ?」
マサルは日本書紀が事実として伝えていることを確認した。
「それなんですけど、実際にはありえないんですよ」
シノブが珍しく言い切った。
「なんで?」
「この時、眉輪王は7歳ですよ」
「えっ?そんな小さい子やったん?」
「不可能犯ではないけど、実際には母親が膝枕してる安康天皇を殺すのは無理があると思います」
「ということは?」
シノブの推理に、
「実行犯が誰かはわからんけど、雄略天皇が仕組んだ暗殺やった可能性が高いってこと?」
ヒロミが言葉を続けた。
「多分そうだと思います」
「それで、皇位継承争いをしていたライバルを粛清して回ったと?」
ナオコが言葉を続けた。
「その見方の方が現実味があると思います」
「でも、それなら葛城円大臣は?
皇位継承争いには関係ないんとちゃう?」
マサルが当然の疑問を口にする。
「それなんですけど」
リカが推理のリードを握った。
「崇神天皇に戻ると、崇神天皇が大王家の血を引いていないという話をしましたよね。
一方で、葛城氏は孝元天皇から連なる家柄です。
だから、本物の血統を抹殺しようとしたんじゃないでしょうか?」
「あっ」
一同声を上げた。
「偽物にとっては、本物の血ほど邪魔なものはありませんよね。
本物の血を受け継ぐ葛城氏が勢力を拡大して自分たちの地位を脅かすほどになってきた。
いつ本物が偽物を討ちに来るかわからない。
そんな不安を抱えていたとすれば、本物の血を根絶やしにしようとするのも理解できます」
リカの説明に。
「もしそうやったとしたらその後の記述がおかしくならへんか?」
タカシが気になったことを口にする。
「例えば?」
ヒロミが尋ねる。
「雄略天皇は葛城に狩りに赴いた際に、一言主神と一緒に狩りを楽しんだという記述があるよな?
これって、葛城の神様と仲良くしてたってことやろ?」
タカシが日本書紀の記述を思い出しながら言った。
「それなんですけど、古事記の記述では全く違うんです」
「えっ?リカちゃん、古事記も読んだん?」
「いえ、皆さん日本書紀を読まれているから、私は古事記を買ったんです」
「なんとまぁ」
ヒロミは天邪鬼という言葉を飲み込んだ。
「それで、どう書いてあんの?」
「雄略天皇は一言主の神に出会った際、裸土下座してます」
「裸土下座?」
「はい。
雄略天皇と同じ服装、同じような手下を引き連れた隊列に遭遇して、名前を聞いたところ、葛城の一言主神と聞いて、衣服を脱いで献上し、平伏してるんです。
あと、別の狩りの機会にも、大猪にビビって木の上に逃げたのが家来だと日本書紀には書いてますが、古事記では天皇が木の上に逃げたと書かれています。
おそらく、正史である日本書紀では、天皇のあまりにもみっともない姿は書けなかったから、改変されたのかな?と思ったんです」
リカが古事記と日本書紀の記述の違いから導いた推理を披露した。
「あの、その狩りって本当の狩りなんでしょうか?」
シノブも疑問を挟んだ。
「どういうこと?」
「もし、雄略天皇が一言主神に裸土下座したとすると、葛城には雄略天皇がひれ伏さなければならないほどの勢力がまだあったということですよね?
それと宣化天皇まで葛城系の妃が続いていたとすると、葛城氏が雄略天皇に滅ぼされたというのは脚色で、実際には討伐隊を率いて葛城の地に何度も赴いたものの撃退されていたんじゃないでしょうか?
それが、狩りの描写として残っていると考えるとリアリティがあると思います。
そもそも、狩りの記述なんて正史に必要かなって」
シノブが違和感を言語化した。
「シノブちゃん、やるやん」
「てことは、一つの事件をでっち上げることで、皇位継承権者を粛清することと本物の血を根絶やしにするという一石二鳥を狙ったってこと?
ただの大悪天皇ってだけじゃなく、なかなか頭も切れる人やったんやね」
マサルが感心したように言った。
「そらそうやろ。
その後、朝鮮半島情勢にも積極的に介入したことも書いてあるやん。
それなりに切れる人やったんちゃうか?」
ナオコが日本書紀の記述を拾って言った。
「それなんですけど、本当に雄略天皇が積極的に朝鮮半島情勢に介入してたんでしょうか?」
「どういうこと?」
リカの疑問にヒロミが尋ねた。
「朝鮮半島の情勢は後世の人も歴史書で知っていたはずです。
だから、雄略天皇のところに組み込むことも容易だったんじゃないでしょうか?
事実を書くことと、そこに積極的に介入していたことは必ずしもイコールじゃないということです」
「いや流石にそれは疑いすぎちゃうか?」
タカシがそう言ったが。
「かもしれません」
そう言いつつも、リカは何か確信しているような目をした。
「でもな、授業で習ったんやけど、倭の五王ってあるやん?
あれの「武」が雄略天皇やって、ほぼ確定してるらしいで。
宋書の上表文に『東は毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国、渡りて海北を平ぐること九十五国』って書いてあるらしいで。
せやから、ある程度ほんまちゃうかなぁ?」
マサルが日本史の授業知識を披露した。
「上表文って、客観的事実じゃなくて、自称ですよね?」
リカがニヤリと笑った。
「宋の皇帝からお墨付きをもらわないとヤマトの中すら押さえられなかったからだとは思いませんか?」
「いや、それは……」
「マサル先輩って、素直ないい子なんですね。
騙されやすそう」
リカはそう言ってクスリと笑った。
そんなリカに、マサルはなぜか困ったような顔をして目を背けた。




