第5話 ちょっと怖いからそっちにやっといて
考古学研究部という激レア部活が当たり前にある奈良県立橿原高校。
そんな橿原高校の考古学研究部でもないのに日本書紀を読んでいる文藝研究部の部室。
ホワイトボードに書いた皇后の出里を示しながらシノブが説明した。
「孝元天皇、開化天皇のところで、三輪・鴨系のお妃様から物部系のお妃様に代わっています
理由はよくわかりませんが、外来の成り上がり者が支援者を変えるということは相当なことです」
「三輪・鴨になくて物部系にあったものといえば軍事力かな」
タカシが呟いた。
「そうかもしれんなぁ」
ナオコが面白くなさそうに続いた。
「孝元天皇からすれば物部の軍事力が欲しい。
物部からすれば、天孫系の血統を独占したい。
利害は一致したのかも知れへんなぁ」
ヒロミは部長らしく真面目に答えた。
「そして、崇神天皇になると途端に記述が増えてます」
リカが意味ありげに言う。
「いきなり疫病やもんなぁ」
マサルはリカの言い方が気になったが意図をつかめず日本書紀の記述を口に出した。
「その時、天照大神と倭大國魂神が神威が強すぎるからって宮中から外へ出されるんよなぁ」
ヒロミも日本書紀のあらすじをなぞるように言った。
「笠縫邑って運転免許センターのある笠縫駅の近くなんかな?」
ナオコはその辺りに土地勘があるらしい。
「ようわからんけど、そのあと倭大國魂は天理の大和神社に移ってるらしいで」
タカシの知識はどこから?
「どの辺?」
ヒロミの質問に。
「えーっと、マシマシラーメンのちょっと南の方」
明らかに行ったことのある知識だ。
「えらい詳しいやん」
ヒロミのツッコミに。
「ラーメン好きやねん。
マシマシ行く時に案内看板と大きな石灯籠みたいなやつの前を通るから」
タカシはラーメンが好きらしい。
「ふーん」
「二柱の神様を外に出して丁重に祀っても疫病治らんで占いしてもらったら犯人は大物主やったと」
タカシが犯人呼ばわりする。
「ほんで、大物主を祀ってもあかんかったと」
マサルも身もふたもない言い方をする。
「夢で大田々根子に祀らせろって言うてんやろ?
典型的なラノベの神託みたいやん」
ナオコが茶化す。
「で、祀ったら疫病治ったんやな」
タカシが、この話はおしまいと言いたそうに言った。
「天照大神と倭大國魂神にとっては、とんだ濡れ衣やな」
ヒロミは神様に同情するように言った。
「関係なかったんやったら宮中に戻したらよかったのに」
そう続けたところで。
「それなんですけど」
リカが引っかかっていたことを言葉にした。
「ちょっとおかしくないですか?」
「なにが?」
ナオコはリカのトンデモ推理が気に入っていた。
「戻さなかったというのももちろんなんですが、そもそも外に出した経緯がおかしいと思うんです」
「どういうこと?」
「普通、自分たちの祖先の神様って、守護神じゃないですか。
それなら、神威は強い方が恩恵も強いはずでしょ?
恐れて外へ出す必要ないんじゃないですか?
しかも、大物主の時は神託があったから祀ったのに、天照大神と倭大國魂神については最初から決め打ちですよね。
天照大神と倭大國魂神の祟りだと思い当たる理由があったから遠ざけたんじゃないかと思うんです」
リカは一息にそう言った。
「心当たりって?」
ナオコの目が興味を湛え出した。
「普通に考えると神様に顔向けできないようなことですかね?」
「たとえば?」
「正統な後継者じゃないとか?」
リカの推理はやっぱりトンデモな方向に行く。
「いや、それはないやろ。
欠史八代のところで必要なことは書いてある、必要ないことは書いてないって言うてたやん。
ここが嘘やったら、どこも信用できへんようになるで」
ヒロミが推理の穴をつく。
「それはそうなんですけど、ここだけちょっとおかしい理由もあるんですよ」
「理由って?」
「孝元天皇と開化天皇の両方が伊香色謎をお妃にしてるんですよね」
「なにそれ?」
「孝元天皇と伊香色謎の子どもが開化天皇で、開化天皇と伊香色謎の子どもが崇神天皇ですね」
「えぇ〜、母子相姦やん。
気色悪ぅ!」
ナオコが一番に反応したのはさすがである。
「ナオコの好きなやつちゃうん?」
「いや、流石にその趣味はないわ」
慌てて否定する。
「当時は近親婚は珍しくなかったそうやから別に変というわけではないんとちゃう?」
ヒロミが当時の風習を持ち出した。
「異母兄妹、姉弟、従兄弟の例は多いけど、世代間というのは異例中の異例やで」
ナオコはなぜかこの手の話だけは詳しい。
「じゃあ、考えられる可能性は……」
ヒロミが考え込むように。
「間男の子やな」
「言い方」
ナオコの即答にヒロミが突っ込む。
「物部系の男子との子じゃないでしょうか。
そうしたら、神武天皇から続く血統にならないから天照大神に顔向けできないのも納得です。
新しい血統による皇統ならハツクニシラススメラミコトと言われるのも筋が通ります」
リカが推理を前に進める。
「それで天照大神と倭大國魂神に顔向けできへんのは説明できるとして、大物主は?」
「孝元天皇が三輪氏・鴨氏を裏切って物部氏に寝返ったわけですから、精神的にも政治的にも行き詰まってたんじゃないですか?
大物主は、三輪の神様ですよね。
裏切った自分が大物主を祀るわけにはいかない。
だから、大物主の子の大田々根子に祀ってもらったんだと思います」
リカの推理はトンデモだけど、なぜか日本書紀の記述と整合性がある。
「でも、三輪氏なら誰でもよかったんちゃう?」
ヒロミの疑問に。
「いえ、三輪氏の本流は政治力が強いから、口出しされると面倒になるでしょう。
三輪氏の血を引きながら地方に埋もれていた政治力のない人を連れてくる必要があったから、探したんだと思います」
「そうやって、政治的な折り合いをつけたわけか」
タカシが感心したように言った。
「でも、三輪氏の傍流に祀ってもらったにしては、祭祀で使う器を物部系の伊香色雄に作らせてるやん。
普通なら三輪系の人に作ってもらうんとちゃうの?」
ヒロミが言うと。
「あっ、そうか!
須恵器の陶邑や!」
タカシが勢いよく立ち上がって言った。
「何それ?」
「須恵器って、昔の焼き物やねん。
陶邑の大田々根子を引き抜いて、その後継に伊香色雄を送り込んだんや」
「なんでそんなことすんの?」
「当時の須恵器って先端技術やねん。
これを押さえるのって利権を押さえることやわ」
「なんでそんなこと詳しいの?」
「考古学研究部に友達おるから」
「あぁ、ヤスシか」
「なんか闇の多い天皇やなぁ」
「そんなん言うたら右翼の街宣車来るで。
橿原神宮周辺結構多いのに」
ナオコが言うと。
「いや、多いのは建国記念日だけやって」
タカシが奈良県民あるある知識で応酬する。
大阪からの引越し組のナオコは街宣車が多いことは知ってはいたが建国記念に偏ることは知らなかったらしい。
軍歌が聞こえてくるんじゃないかという空気の中、空気になりきっていたシノブが静かにノートを閉じた。




