第4話 まるで空気のような存在だと思ってた
日本拳法部と部吟詠剣詩舞部が同時に存在する全国唯一の奈良県立橿原高校。
そんな橿原高校の日本拳法部でも吟詠剣詩舞部でもなく文藝研究部の部室。
シノブがホワイトボードに西日本の略図を書いて線を引いていく。
「これが昨日の話で出た天つ神-神武天皇までの移動ルートです。
イザナギが博多湾から離れて南下し、日向に至り、そこから瀬戸内海を通って紀伊半島まで来て、難波から和歌山、熊野を経て大和入りしています。
そして、落ち着いたのが御所市柏原という推理でした」
シノブが要約して言った。
「それにしても、神武東征が海賊行為だって話になって、一気にラノベ感がなくなったよな」
マサルがつまらなさそうに言った。
「そうでもないですよ」
今日はリカが最初からとばしてくる。
「すごく面白い謎解きがあるじゃないですか」
「でも、この後は割とありきたりな歴史の話やろ?
綏靖天皇から開化天皇までなんか年表並べただけみたいに妃とその妃との間に生まれた子どもと宮の場所しか書いてないやん。
ラノベ要素全然ないし」
「そうやな、日本史の授業でも欠史八代とか言われてて空気みたいやから実在すら疑問視されてるし」
ナオコもつまらなさそうに言った。
それを聞いたリカは普段のジト目とは違う、キラキラした目で。
「書いてあることと書いてないことが面白いんですよ!」
「あぁ?」
「だって、考えてみてくださいよ。
書いてあること」
「妃と子どもと宮の場所?」
「そうですよ!
編纂した人はそれで十分だったと考えたんですよ!
記録や記憶が残ってないなら、これより前の神武天皇以前の神話の話なんか残ってるのおかしいじゃないですか。
だから、欠史八代は、この情報だけで必要十分なんです!」
リカ、勢いありすぎ。
「えぇ〜」
ナオコとマサルは不満げな声を揃えた。
「ん?
待ちや、そういうことか!?」
ヒロミが急に声を上げた。
「政略結婚の系譜や」
「はい、たぶんそうです」
「どういうことや?」
タカシが聞いた。
「ほら、中世ヨーロッパ風の王国もののファンタジーラノベでも悪役令嬢が政略結婚してるやん。
あれ、どういう家と縁を結んで基盤を盤石にしていくかっちゅう話や」
ヒロミが悪役令嬢ものに例えた。
「なるほど、領地経営戦略としての政略結婚か」
タカシも理解したように頷いた。
「でも、それっておかしくない?」
ナオコが疑問を口にする。
「なにが?」
「だって、大王家って、領地持ってたん?」
「どういうこと?」
「有力豪族はみんな基盤となる領地というか、勢力エリアをもってるやん。
鴨氏は御所のあたりやし、長髄彦は生駒山を挟んで両側。
けど、この頃の天皇って、宮を転々として、妙にフットワーク軽ない?
権力の頂点やったら、宮を変えたら官僚とか多勢一斉に動かなあかんやん。
せやのに、フットワーク軽すぎるねん」
ナオコの指摘に一同首を傾げた。
「それが、昨日タカシ先輩が言ってた、『飼われてた』の意味だと思います。
神武天皇は最初は鴨氏に保護されていた。
保護される立場だから、当然権力なんて何もないただの居候だったはず」
リカが当時の神武天皇の状況を思い出しながら言った。
「英雄譚がヒモ生活になってもうた」
マサルが笑った。
「実際、神武天皇も大和に入って定着した後の出来事って、新たに皇后を娶ったぐらいのことしか書いてないでしょう?
つまり、大和での存在感はあまりないんですよね」
リカの推理が冴えている。
「たしかにそうか」
ナオコが日本書紀の神武天皇のページを見て呟いた。
「なぁ、その話、スサノオのとこでも言ってた話と一緒?」
「そうだと思います
婚姻を繰り返して大和に同化していく話」
「でも、だとしたら、尚更おかしくない?
豪族側に娘を嫁に差し出すメリットないやん」
「それが、饒速日と同じポジションやと思うねん」
「同じポジションって、リカちゃんが昨日言ってた神輿?」
「んー、そこは俺の推理はちょっと違うねん
リカちゃんは心綺麗やから」
「ん?心の汚れたタカシくん?どうちがうの?」
酷い言い草。
「言うても怒らへん?」
「怒られるような内容なん?」
「あのな、種馬」
一同一瞬意味がわからなかったが、リカとシノブが見る間に顔を赤くした。
「なんちゅうことぬかすねん!あほ!」
「けど、昔の閉鎖社会で外来の新しい血を入れるんは重要課題なんやで。
それに考えてみ、金や利権持ってるわけもない武装移民集団で命からがら上陸した連中に娘を差し出すような取引材料というか利用価値あると思うか?」
「ん〜、ようわからん」
「せやけど、饒速日と違うのは徹底的に実権を持たせへんようにしたことやと思うわ。
長髄彦の二の舞にならへんように神武天皇を徹底的に下のポジションに置いたっちゅうことや」
タカシの推理はいつも冷徹である。
「そしたら、フットワーク軽かったんも……」
「はい、当時、通い婚とか婿入りとかそういう形も一般的だったと思います。
だから嫁にもらうのではなく、婿入りして妃の実家の支援を受けていたと思うんです。
それがフットワークの軽さということじゃないでしょうか」
リカが再びピースを繋いでいく。
「へぇ、なるほど
そうなると妃の実家がどこかが気になるなぁ」
ヒロミがラノベ脳な目つきをして言った。
「どこのご令嬢に手ェだしたんか?」
タカシが茶化した。
「なんでそういう下品な言い方すんねん」
「男子高校生なんてそんなもんや
なぁ、マサル」
「えっ、僕に振るんやめてぇな」
タカシとマサルがふざけている間にシノブがホワイトボードに皇后を書き出した。
「こら、タカシもマサルもやめぇ。
この部は1年生の二人で持ってるようなもんやな」
「自分も役に立ってないのを認めたな、ヒロミ」
「ちょっと、私は違うからね」
ナオコが言った。
「先輩」
シノブが割って入った。
「こうして見ると、お妃様の出里は鴨・三輪・尾張・和邇系の人が多くて、宮の場所も御所、高田、橿原あたりに集中してますね」
「ほんまやなぁ」
「でも、孝元天皇、開化天皇のところで、急に物部系のお妃様が入ってきます。
ヒロミ先輩、これ、なぜかわかります?」
「わっからん」
「タカシ先輩は」
「んーわからんなぁ」
「そうですか」
考えこんだリカを見て。
「なんで僕には聞いてくれへんの?」
マサルが不満そうに言った。
「マサル先輩、わかるんですか?」
「いや、わからんけど」
「なあ、マサル
この空気どうしてくれんの?」
ナオコが呆れ顔で言った。




