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第13話 成り上がり完成!

靴底の減りが早いと母親から小言を言われる駅から遠い奈良県立橿原高校。

そんな橿原高校の文藝研究部部室。


「少し前に話した、日本書紀の天皇・大王のレッテルを剥いだら……という話ですけど、大王とか天皇という話なしに崇神天皇のところまではそういうレッテルなしで成立するという話をしましたが、じゃあ、一体いつから大王と呼べる存在になったんでしょう?」

シノブが切り出した。

「そうそれ、日本書紀が成り上がりラノベだとすると、大王家が実態を伴った大王になったのはいつなんや?」

マサルも続いた。

「垂仁天皇の時に軍事力を物部氏に渡してから、どうなったんやろ?」

ヒロミも不思議そうに言った。

「雄略天皇の時に、葛城氏討伐に軍を送ってるから、この時は軍の指揮権を持ってたってことやんなぁ」

「でも、それも、物部氏から兵を借りただけかもしれへんし」

「でも、少なくとも、蘇我馬子が物部氏を討伐した時には一緒に討伐されていないので、その頃には一応独立勢力的に動けていたんじゃないですかね?」

「独立勢力というよりも、蘇我氏の妃を娶っていたから討たれへんかっただけとちゃうの?」

「権力闘争では身内を殺すのも当たり前やったんちゃう?」

「だとしたら……」

「崇峻天皇が蘇我馬子に殺されていますから、この時はまだ大王と呼べる実態はなかったのではないかと思います。

でも、物部氏の後ろ盾で大和における存在感は増していたと思われます。

次の推古天皇が聖徳太子と蘇我馬子とトロイカ体制で政治を行なっていますから」

「そやけど、倭の五王の武の話はどうなん?

これ、雄略天皇のことって言われてるし」

ヒロミが言った。

「この頃の古墳って、巨大な前方後円墳とかで、これを築造するだけでも人員や物資を動員できる権力が存在してたってことやろ?」

マサルも古墳という証拠に基づく権力の規模を指摘した。

「宋書の上表文は宋の人が直接確認して記録したわけじゃなくて、倭国の「自称」を書き留めただけのものだから、倭国から使者を送ってきたことは事実としても、その記載内容まで事実とは言えないんじゃないでしょうか?」

シノブがヒロミの疑問に答えた。

「古墳築造も、その時代にそれを築造できる大きさの権力があったことはわかりますが、それが大王家のものだったかどうかはわかりませんよ」

リカもタカシの疑問に答えつつ、

「いずれにしても、証拠が弱いんですよね」

と念を押した。

「いずれにしても実権を握る成り上がりのポイントがどこかはわからんということか」

マサルのコメントに、

「ほぼ確実に最大の成り上がりと言えるのは、中大兄皇子じゃないかってところぐらいですかね」

とリカが応じた。

「乙巳の変と白村江の戦いを経て、少なくとも西日本は抑えたのではないかって話やったよな?」

「ところで、乙巳の変で疑問やったんやけど、蘇我倉石川麻呂がなんで中大兄皇子の味方してんの?

この人、蘇我氏の分家筋の人やんなぁ」

ナオコの疑問に、

「それなら僕でもわかるで」

マサルが、

「蘇我氏を完全に根絶やしにするほどの力は中大兄皇子にはなかったんや。

せやから、権力の中枢の蝦夷と入鹿だけを殺したんや。

ほんで、その他の蘇我氏が自分の配下になるように蘇我倉石川麻呂を利用したんや」

「あっ、寝返り系か!

一族の不遇な奴を抱き込んで地位をやるから協力せぇってやつやな」

マサルの推理にタカシもラノベ脳で応じた。

「そうや」

マサルが頷いた。

「それ雄略天皇の時に葛城氏の掃討に失敗してるから、掃討作戦やなくて懐柔作戦をとったと?」

ヒロミの疑問に、

「そうやと思うで

その後、蘇我倉石川麻呂は右大臣に任じられてるからな。

右大臣言うたら、天皇に次ぐ地位やで。

討たれた氏族の分家の身分としては異例の大抜擢やと思うわ」

マサルが今日は珍しく饒舌だ。

「ほえー

身内を裏切って手に入れた地位か。

あんまりええ死に方しなさそうやな」

ナオコが辟易とした顔で言った。

「まあ、確かに謀反の疑いをかけられて殺されてるけどな」

マサルも今日は毒舌だ。

「なんと」

「用済みになったら、あっさりしたもんや」

「それで?」

「蘇我倉石川麻呂は謀叛の疑いは晴れとる。

死んだ後やけどな」

「あらら。

でも、こういう謀反の疑いが晴れたって書くのは珍しいですよね」

シノブが疑問を口にした。

「これはあくまでも俺の勘やけどな、そこには天武天皇の意向が働いとるんちゃうかと思ってるねん」

タカシが言った。

「どういうこと?」

「中大兄皇子が逆賊入鹿を討った英雄にしとくと、中大兄皇子を討った正当性が揺らぐからや。

英雄的な働きもしたけど、間違いも多かった。

そういう印象操作をしたかったんちゃうかな?」

「ほんで、蘇我氏で排除されたんはそれで終わり?」

「いや、蘇我日向も筑紫に左遷されとる。

用済みになった蘇我氏の主要な人物を排除して、徹底的に蘇我氏の色を消しにかかっとる」

「やっぱり、中大兄皇子って、えげつない策士やな」

ナオコは中大兄皇子が嫌いらしい。

「そういや、入鹿が討たれただけで、なんで皇極天皇が退位してんの?」

「これも蘇我氏の色を消す一貫なんやろな。

皇極天皇は蘇我氏にべったりやったからな」

「そういや中大兄皇子って、皇極天皇が退位した後、すぐに即位してへんよなぁ?

それも同じ文脈か?」

「多分な。

蘇我本宗家を倒しても、次の日から国を掌握できるわけやないから。

徐々に蘇我氏の色を消しながら、権力を掌握する準備を進めてたんとちゃうかなぁ?」

マサルは綿密な成り上がりストーリーを描いてみせた。

「暗殺対策もあったのかもしれませんよ。

入鹿殺害の直後に即位したら蘇我氏の残党に真っ先に狙われるから」

リカが物騒なことを言った。

「それで、お飾りに孝徳天皇を置いて、その後皇極天皇を斉明天皇として置いてます。

あっ、お飾りって、実権がないって意味だけじゃなくて、消されてもいいって意味でもですよ」

「こわっ!」

「リカちゃん怖い」

今日はしゃべり足りない様子のリカが爆弾を投げ込んだ。

「まぁ、中大兄皇子は俺TUEEEE!系やなくて、詰将棋みたいにじわじわ策を弄しながら成り上がっていく、どっちかというとヒーロー側の人間やなくて、国家転覆計画を陰で進めてる地下組織っぽいイメージやな」

マサルはどこまでもラノベ脳である。

「で、大和の平定はこれで道筋はついて、白村江の戦いで疲弊した西方勢力を支援名目で傘下に収めていくと。

中大兄皇子は実際に即位するまで20年以上かけとる。

昔の感覚て言うたら人生の1/3程や。

策士が裏で策を巡らしながら機会をじっと待っとったわけやから、直接実力行使に出た乙巳の変がいかに特別やったかがようわかるわ」

「ほんまにそうやな」

「それ言い出したら、40代近くかけて成り上がるって、よっぽどのことやで」

「世界広しと言えど、こんな長い時間かけた成り上がり物語他にないんちゃう?」

「確かになさそうですよ」

シノブがスマホで検索しながら答えた。

「それにしても、今日はよう喋るな、マサル」

「成り上がり好きやからな」

「逆に、リカちゃんが静かやったな。

物騒なとこはアレやけど」

言われたリカは特に反論する様子もなく何か考えているようだ。

そして、ようやく口を開いた。

「ちょっと引っかかっていた事があって…‥」

「どこで?」

「推古天皇のところです」

「推古天皇って、実直なバリキャリみたいなイメージやけど。

なんか政治的に裏がありそうに見えへんよなぁ?」

マサルがキャラクター設定みたいに言う。

「はい、推古天皇の人物像は私もそういうイメージを持っています」

「ん?

どういうこと?」

「推古天皇が蘇我馬子の葛城県の返還要求にノーと言ったところなんですけど……」

リカは慎重に言葉を選ぶように続けた。

「推古天皇は断る時、自分も蘇我の血を引いてるから、おじである馬子の要求はなんでも聞いてきたと言ってますよね」

「そうやな」

「だったら、葛城県でも、領有権までは認めないまでも県主に任じるぐらいの便宜の図り方はあったんじゃないかと思うんです」

「でもそれは、ここを蘇我氏が押さえたら、物流を完全に蘇我氏に支配されるからって結論しましたよ?」

シノブがメモを見ながら指摘した。

「でも、北は開いてるんですよ?」

「うぅ……」

「じゃぁ、リカちゃんはなんだと思ったん?」

ヒロミが尋ねた。

「王権の譲渡要求です」

「はぁ?」

「なんでそうなんの?」

ヒロミとナオコが目を丸くした。

「馬子の要求の仕方が“葛城は本貫の地”という言い方をしています」

「でも実際、馬子は葛城の屋敷で育てられたんやろ?」

「そうなんだと思います。

でも、この本貫という言い方、本来自分たちのものだという意識がありますよね。

それに対する推古天皇の断り方が、“愚かな女帝が後世非難されることになる”みたいな断り方をしていて、全く妥協の余地がないような断り方じゃないですか?」

「それはそうやけど、それがなんで王権譲渡要求になるん?」

ヒロミはまだ納得していないように尋ねた。

「葛城氏は孝元天皇の血を引く“皇別”ですよね。

そして、蘇我氏も武内宿禰の子孫であり、葛城氏とも親戚関係です。

つまり、孝元天皇から続く男系の血統ですよ」

「それはそうやな」

「そして、武烈天皇が後継者を残さなくて、血統が途切れそうになった時、他所から継体天皇を連れてきたことになってますよね?

ここで血統が切れていることが公然の秘密だったとしたら……」

「偽の血統から本物の血統への王権の返還要求か」

「そうじゃないかと思ったんです。

それに、これなら崇神天皇が間男の子ということを知らなくても、王権を握っているのが偽の血統だとわかる」

「確かにそうやわ」

「そうすると、推古天皇が絶対に首を縦に振らなかったのも、その理由も納得できます。

“愚かな女帝が後世非難されることになる”というのが大袈裟な話じゃないですから」

「確かに筋は通ってるんよな」

ヒロミがようやく納得した顔で答えた。

「じゃあ、王権譲渡要求に失敗したから、皇極天皇の時に入鹿は譲渡やなくて統合を図ろうとしたっちゅうことか」

「さすがタカシ先輩、その通りです」

「リカちゃんが黙ってる時は、なんかとんでもないこと考えてると思ってたけど……」

ナオコが、

「やっぱりリカちゃんやな」

変な納得の仕方をした。

「ところでな?

天智天皇で成り上がり完成やと思てんけど……」

「ん?マサルどうしたん?」

「いや、成り上がり物語、終わってなくない?」

「なんで?」

「だって、即位するのにあんだけ時間かけんとあかんぐらい、周りに気ぃ使わなあかんかったんやろ?」

「そうやな。

でも、一応中央集権のトップやで?

成り上がりのトップやん」

ヒロミの言うことは筋が通っている。

「そうなんやけど、ほら、ラスボスがいるやん」

「天武天皇のことか?」

「そう、それ。

さっさと吉野に引っ込んで、天智天皇が死んだ後、すぐに挙兵してるやん。

あんなん、絶対それよりずっと前から準備してんとできひんで」

「そうなん?」

「確かに、伊勢、尾張、美濃で兵を集めて一気に大津に攻め上ってるんは、かなりの準備期間が必要やな」

「タカシもそう思うやろ?」

「うん、それに、兵を動員してからの進軍ルートに無駄がない。

あのルートなら挟撃される心配もないから、前方に集中できる。

軍の運用としてはものすごう合理的やわ」

「へぇー、タカシがそういうんやったらそうなんやろな」

「大津、大和の目が届かへん吉野で出家するいうて姿をくらまして、あらかじめ通じてた東側勢力と連携して、大和側を警戒してた大友皇子の背後をついてる」

「そうやねん、中大兄皇子みたいに周到に準備して、蘇我入鹿が山背皇子を討ったみたいな用兵もできる。

チート級のラスボスやで」

「言い方」

「そんで、天武天皇って、即位した後、大臣置いてないんよ。

豪族の介入がないように」

「こんだけ、傀儡やなくて、自力で王権を振るった天皇は後にも先にも天武天皇しかおらへんって」

「後にも先にもって、調べたんか?」

「いや、調べてへんけど」

「なんやそれ。

やっぱりマサルはマサルやな」

「なんやねん、その言い方。

僕は歴史研究家やなくてラノベオタクやぞ」

「あぁ〜〜〜」

部員一同、マサルのキャラクターを再認識した。

「でも、平安時代は藤原氏と平氏の傀儡になって、鎌倉以降は幕府が実権を握ってて、明治以降は立憲君主制だから、専制君主として実権を握って権力を振るったのは、確かに天武天皇と持統天皇ぐらいみたいですよ」

シノブがスマホを見ながら言った。

「一瞬で調べたん?」

「AIに聞きました」

「……」


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