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「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


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第95話 皇帝最終防衛線

「来たな、契約者よ」


その声は、もはや人間のものではなかった。


中央コアの最奥部。直径十メートルの白い球体――システムの核を前にして、マクシミリアン皇帝は浮遊していた。彼の体は淡く光り、無数の透明な糸のようなものが全身を貫いている。それらの糸は球体へと繋がっており、皇帝はシステムそのものと一体化しかけていた。


「セリア、大丈夫か」


俺はセリアの体を両腕で支えながら、皇帝を見据える。セリアの体からは確実に体温が奪われていった。出血は止まっていない。あと数分。いや、数分も持つかどうか。


「ええ。構造解析を続けています。システムの改革プログラムの投入地点は……北東の座標。直径三メートルの結晶体が目標地点です」


セリアの声は弱まっていたが、相変わらず正確だ。彼女は俺の腕の中で、なおも頭を動かし、指でシステムの内部構造を指し示している。


「お前たちが何をしようとしているのか、わかっているのか?」


皇帝の両腕が展開された。その先端から、光の槍が生成される。


「わかっています」


俺は短く返した。同時に、胸部にある『約束の鍵』を展開。セリアを片腕で支えながら、もう一方の手で鍵の形をした光を構築する。


「システムの本質は、人間の自由を奪う装置だ。だからこそ、私は支配者となった。混沌に秩序をもたらすために。お前たちの『改革』など、人類を滅ぼすに等しい」


「違う」


俺は言い放った。


「それは支配者側の都合だ。秩序と自由は二項対立じゃない。相互に支え合うものだ。システムが人類の救済装置なら、本来は自由を保証するべきはずだ」


皇帝の光の槍が飛んできた。数本。いや、十本以上か。


俺は『約束の壁』を展開する。セリアの体を守るように、透明なバリアを形成した。光の槍は壁に衝突し、炸裂する。その衝撃で俺の体は後ろへ押し出されるが、セリアの体を落とさないよう踏ん張った。


「あああ……アルト」


セリアが呟く。


「もう少しだ。もう少しで終わる」


「わかっています」


セリアの左手が上がり、指でこちらを指した。その先には、白い結晶体が見える。北東。直径三メートル。その表面には、複雑な魔力回路が刻まれている。


「お前ら全員、死ぬんだ」


皇帝の体が爆発的に光った。いや、違う。彼がシステムの力を『引き出そう』としているのだ。システムそのものの膨大な魔力が、皇帝の体を通じて解放されている。


地面が揺れた。かなりの揺れだ。中央コアの最下層全体が震動している。上層にいるニナたちはどうしているか。リリアは。イザベラは。シャーロットは。


約束の鎖を通じて感じる。


四人のヒロインたちが各地で戦闘中。ニナはシステム親衛隊と激戦。リリアは帝国軍の残存勢力と対峙。イザベラは西大陸で戦争孤児の救済を進行中。シャーロットは東大陸で自由連合軍の指揮を執っている。


みんな、俺のために戦っている。


「セリア、もし俺が倒れたら。お前が核を起動させることはできるか」


「不可能です。改革プログラムはあなたの契約者としての権能を通じてのみ、システムに対して有効です。他の誰がそれを試みても、システムは拒否します」


「そっか。なら俺は倒れられないな」


俺は『約束の盾』を強化する。皇帝から放たれる光の波動が次々と襲いかかる。一つ、また一つ。盾は耐えている。ただし、消耗は激しい。俺の体には熱が走っている。魔力が枯渇していく。


「もう来るな」


セリアの声が小さくなっていた。


「来るな?」


「私はもう……限界です。銃撃傷は深すぎて。血液が流出しすぎて。アルト、ごめんなさい」


「何を言ってる。セリア」


俺はセリアの顔を見下ろした。彼女の瞳が、焦点を失いかけている。


「ごめんなさい。私は……契約者として弱すぎました。せめて、あなたの改革を見届けたかった」


「見届けろ。お前はこれからも見届ける。俺たちの新しい世界を。お前とニナと、リリアと、イザベラと、シャーロットと、みんなで一緒に」


俺は強く言った。


「そのためには、まずこいつを倒す。そのためには、お前の改革プログラムが必要だ。死ぬんじゃない、セリア」


「……はい」


セリアの瞳が、かすかに焦点を取り戻した。


「改革プログラムの投入座標は……確定しました。北東。結晶体の中央。深さ二メートル。あなたがそこに到達すれば、プログラムを核に自動送信します」


「よし。なら行く」


俺はセリアを片腕でしっかり抱きながら、右足で大地を蹴った。同時に『約束の加速』を発動。俺の動きが一気に速くなる。


皇帝の光の槍がまた飛んできた。俺は回避する。セリアを落とさないギリギリの動きで。体は限界に近い。魔力も残り少ない。だが、やるしかない。


「あああああ!」


皇帝は叫んだ。その叫びは、人間のものではない。それは、システム全体の悲鳴のようにも聞こえた。


白い結晶体が見えた。直径三メートル。その表面に複雑な魔力回路。まるで、人間の脳細胞のような構造をしている。


俺は跳躍した。


セリアの体を抱きながら、白い結晶体へと向かう。同時に、皇帝の光の槍が俺の背中に刺さった。


「ぐああ!」


痛みが走る。しかし、俺は止まらない。


「お前ら……絶対に……」


皇帝の声が遠ざかる。いや、違う。皇帝はシステム全体と同化しており、その声はこの場所のあらゆるところから聞こえている。


俺は結晶体に着地した。その瞬間、セリアが呟いた。


「投入します」


白い光が、俺の体を通じて放出された。それは、改革プログラムだ。複雑な計算式。人類の自由と秩序のバランスを実現する、新しいシステムのための設計図。数百年にわたる契約者たちの研究の集大成。


その光が、白い結晶体へと吸い込まれていく。


「いやあああああああ!」


皇帝の叫びが最高潮に達した。中央コアの最下層全体が激しく揺れている。もう堤防は決壊するレベルだ。


「セリア。終わったのか」


「はい。プログラムの投入は完了。あとは、システムが自動的に改革を実行します。約三分で、古いシステムは完全に新しいものへと転換されるはずです」


「三分か。長い」


俺はセリアを抱きながら、走り出した。皇帝はもう追撃をしてこない。いや、追撃できない。システムそのものが改革されている過程にあり、皇帝はその力を失いかけているのだ。


白く光っていた皇帝の体が、徐々に暗くなっていく。透明な糸も、切れ始めている。


「嫌だ。嫌だ。嫌だあああ」


その声は、もう皇帝のものではない。それは、システム全体の悲鳴。古き時代の秩序が、新しい時代へと移行する瞬間の、叫びのようなものだった。


俺たちは走っていた。中央コアの通路を。セリアは既に意識が薄れている。だが、まだ息をしている。


「もう少しだ。もう少しで、みんなのところに戻ろう」


「……アルト」


セリアが呟いた。


「改革が成功して、世界が変わって。私たちは、本当に自由になれるのですか」


「そうだな。選択肢が増える。重い決断を迫られることもあるだろう。でも、それが自由だ。俺たちは、その重さを受け入れて、前に進む」


「……そうですね」


セリアの呼吸が、かすかになっていた。


中央コアの階段を上りながら、俺は彼女を見つめた。


「生きてくれ、セリア。俺たちの新しい世界を、お前と一緒に見たい」


セリアは目を閉じたが、かすかに頷いた。


その瞬間、世界が白く光った。

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