↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/110

第90話 アルトの迷い

中央コアの深部は、静寂そのものだった。


薄暗い通路を進むたびに、アルトの足音は遠く響き渡る。セリアはもう意識があるのかないのか、アルトの肩に預けた体重だけが現実だった。彼女の息遣いは浅く、時折止まるのではないかという恐怖がアルトの胸を締めつける。


「もう少しだ。セリア」


アルトは呼びかける。相手の反応を求めるように。だが戻ってくるのは沈黙だけ。


約束の鎖を通じて、遠く離れた四人の状況が感じられる。


ニナは北大陸の戦線で帝国軍と激突している。その衝撃が約束の鎖を震わせる。血の臭い。焼け焦げた土地。叫び声――いや、そこまで感じるわけではない。だが、ニナが戦っていることだけは確かに感じられた。


リリアは東大陸で商人ギルドの軍団を統率している。物資流通の遮断作戦は進行中だが、帝国軍による報復爆撃が始まったらしい。商人ギルド本部周辺の火の手が激増している。


イザベラは西大陸で難民の避難を指揮している。孤児院ネットワークが一時避難所に変わっていた。大陸全体が戦場になりつつある。


シャーロットは帝国城内で改革派を率いている。皇帝の最終兵器起動に対抗しようと、評議会の議論が白熱しているのが感じられた。


四人全員が、アルトのために戦っている。


システム改革という大義名分の下で。


アルトは足を止めた。


セリアをより深く抱きしめて、通路の壁に背を預ける。呼吸を整えようとするが、心臓の鼓動が速い。胸が痛い。これは疲労ではなく、別の感覚だった。


「おかしい」


アルトは呟いた。


自分がしていることは、本当に正しいのか。


複数勢力の衝突で、今この瞬間も多くの兵士が死んでいる。帝国軍の兵士も、アルトたちに対抗する側の兵士も、分け隔てなく。彼らは何の罪があって死ぬのか。システムを改革するためというアルトの理想のために。


「馬鹿なことを言うな」


アルトは自分を叱るつもりで言った。だが、その声は震えていた。


奴隷解放のためなら、幾つかの犠牲は致し方ないと思っていた。リリアやニナを救うためなら、奴隷商人の組織を破壊することは正義だと確信していた。


しかし今は違う。


戦場には奴隷商人など多くはいない。いるのは、帝国に忠誠を誓った兵士たちだ。彼らの多くは、奴隷制度の廃止など念頭にない。ただ皇帝に命じられたから戦っているだけ。その兵士たちが、アルトの目標のために死んでいく。


約束の鎖の先で、ニナが敵兵を剣で斬った。


その兵士の名前も知らない。家族がいるかも知らない。だがアルトは、その兵士の死を感じた。不明瞭だが、確実に感じた。


「こんなはずじゃ……」


アルトは呟いた。自分がしたかったことは、これではない。契約という力を使って、困窮する者たちを救う。奴隷として扱われる少女たちに自由を与える。それは素晴らしいことだと信じていた。


だが、その過程で多くの無関係な者たちが巻き込まれ、死んでいく。


「アルト」


セリアが動いた。瞼が薄く開き、アルトの顔をぼんやりと見つめる。


「セリア、話すな。傷が悪化する」


「いや。聞いて」


セリアは無視して、弱々しく言葉を紡ぐ。


「私は知ってた。この改革には代償があることを。何十万人もの……死が必要だと。ノートに書いた計算式に、その数字が含まれていた」


「言うな」


「アルト。あなたが迷うことは……ダメだ。迷ったら、私たちはもう進めない」


セリアの目には涙が滲んでいた。銃撃傷で痛むはずなのに、彼女は無理をして声を続ける。


「私は決めた。この改革で死ぬ者たちのことを考えた。その上で、これが必要だと判断した。リリアも、ニナも、イザベラも。みんな同じ」


「でも」


「迷いを感じることは、悪いことじゃない。むしろ、あなたが人間らしい証だ。でも、今は迷ってる余裕がない。このまま進むしかない。もう止まれない」


セリアはアルトの頬に手を当てた。冷たい。失血で体温が低下している。


「あなたが止まれば、帝国は我々を全て潰す。何十万人かもっと多くが死ぬ。その覚悟で、私たちは戦ってる」


アルトは目を閉じた。


セリアの言葉は、論理的で正確だった。そして同時に、最も辛い現実を直視させるものだった。


止まることは敗北を意味する。敗北は四人のヒロイン、そして彼女たちが救った奴隷たちの死を意味する。だが進むことも、無関係な兵士たちの死を意味する。


どちらを選んでも、誰かが死ぬ。


「どちらを選んでも血の上を歩くんだ。ならば、意味のある死になるようにする。それしかない」


セリアは呟いた。


それは改革理論の、本質的な部分だった。システムそのものが、人類に対して常に選択を迫る。その選択から逃げることはできない。


アルトは目を開いた。


セリアを見つめる。彼女は既に答えを出している。その覚悟で、改革理論を完成させた。その覚悟で、自分の身体を銃撃傷に晒してまで、アルトの前に立った。


「進もう」


アルトは静かに言った。


迷いは消えていない。恐怖も残っている。だが、立ち止まることはできない。この瞬間、アルトが止まれば、全てが終わる。セリアも、ニナも、リリアも、イザベラも、シャーロットも。全員の死に繋がる。


アルトはセリアを抱き直し、再び歩き出した。


通路の先に、ぼんやりとした光が見え始める。中央コアの最奥部。システムの中枢がある場所。


そこに皇帝マクシミリアンが待っているはずだった。


約束の鎖を通じて、ニナの戦闘の激しさが急増するのを感じた。帝国軍の反撃が強まっている。多くの血が流れている。それでも、ニナたちは進む。


リリアの商人ギルド軍団も。帝国城を目指している。爆撃の中で、何人もが落ちていく。だが、戦線は維持されている。


イザベラは。孤児院ネットワークで難民の移送を続けている。ヴァルデスの傭兵団が護衛についた。非合法勢力までが、この戦いに参加している。


シャーロットは帝国城の評議会で、皇帝の命令に対抗している。その説得が、帝国内部の分裂を招いている。


全員がアルトのために、前に進んでいる。


「すまない。みんな」


アルトは呟いた。


もし、ここで失敗すれば、全員の努力が水泡に帰する。その重圧がのしかかってくる。だが、その重圧を感じることが、アルトが人間であることの証だった。


光の中へ。


アルトはセリアを抱いたまま、最後の通路へ踏み出した。


その先に何が待っているのか。皇帝の最終兵器とは何なのか。システム改革は本当に可能なのか。


全ての答えが、もう間近だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。