↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/110

第72話 リリアの商人ギルド内での活動

中央コアへの道中、アルトは約束の鎖を通じて妙な違和感を感じていた。


リリアとの繋がりが、いつもより淡い。そればかりか、その奥に隠された何かがあるように思える。距離ではない。心理的な「壁」だ。


約束の鎖ネットワークが示す四本の絆のうち、リリアの色が微かに濁っていた。


「アルト、大丈夫ですか?」


セリアが肩の銃撃痕を庇いながら歩いている。彼女の懸念は的を射ていた。アルトの精神状態が不安定だからだ。複数契約の負荷、システムからの呼びかけ、そして歴史の真実の重圧が、彼の意識を侵蝕していく。


「ああ、大丈夫だ」


嘘だった。


「セリア、リリアに連絡を取ってみてくれ。商人ギルドの動きについて何か聞いてないか」


セリアの表情が微かに変わった。何か知っているような、そんな顔だ。


「それが...」


彼女が言い難そうに続ける。


「リリアさんが、一週間前から商人ギルドの私室にこもりきりなんです。私や他の人間の接近を厳しく制限していて。エミリアさんも、リリアさんの動向については何も教えてくれません」


アルトの歩みが止まった。


「何をしてるんだ?」


「わかりません。でも、ギルド内の流通ネットワークが異常に動いています。通常なら一月かかる物資流通が、数日で完結している。それも特定の地域への偏った供給です」


セリアが手帳から何枚かの書類を取り出した。そこに記されていたのは、複雑に絡み合う商流のネットワークだった。


「東大陸の奴隷解放区域への食料・医療品の集中供給。西大陸の進歩的な都市への資金流入。北大陸の獣人居住区への武器・防具の秘密裏の供給」


アルトは息を飲んだ。


「リリアが...独断で?」


「はい。商人ギルド長との正式な決定ではなく。リリアさんが個人的に『影の流通ルート』を構築しているようです。ギルド内のいくつかの有力商人たちを動かして」


セリアの情報は正確だった。彼女は学者であり、分析者だ。そういった動きを見逃すはずがない。


アルトは約束の鎖を通じて、直接リリアへ意識を向けた。


《リリア、何をしてるんだ?》


返答は遅れた。通常はほぼ即座に反応があるのに、三秒以上の沈黙。その間に、アルトは感じた。リリアの中にある「決意」を。そして「罪悪感」を。


《...申し訳ありません、マスター。でも、これは必要なことなんです》


「マスター」という呼びかけ。その言葉の中に、アルトは違和感を感じた。これまで、リリアは「アルト様」と呼んでいた。より対等な、少しだけ親密性を感じさせる呼び方を。


その変化は何を意味しているのか。


アルトは中央コアへの足を止め、セリアに別行動を指示した。


「セリア、エミリアを説得して先に進んでくれ。俺はリリアのところへ行く」


「待ってください!」


セリアが制止の声を上げた。


「アルト、そんなことをしている時間はありません。帝国軍がこの地下遺跡に侵入中です。あと二時間、いや、もしかしたら一時間以内に追いつかれるかもしれない」


事実だ。背後から聞こえる足音、地響き。帝国軍の魔導砲の音。現実的な脅威が迫っている。


だがアルトは動かなかった。


「セリア、俺たちが『相互選択』について本気で考えるなら、これを無視することはできない。リリアは何かを決断した。その決断と向き合う必要がある」


アルトは約束の鎖を通じて、さらに強く念を送った。


《リリア、話をしよう。何をしてるんだ、具体的に》


今度の返答は即座だった。


《...奴隷制度廃止後の世界を、考えていました》


約束の鎖を通じた思念にしては、珍しく冗長だった。つまり、リリアは何かを隠し、慎重に言葉を選んでいるということだ。


《廃止されたあとで、何が起きるか。皆、そこまで考えていない。でも、私は知っています。奴隷だった者たちが、いきなり自由になると、何が起きるか。経済的な崩壊です。売上を支えていた奴隷労働が消滅するから、市場が混乱する。そして、その混乱に乗じて、別の搾取が始まるんです》


アルトは黙って聞いた。


《だから私は、その『先』を準備しているんです。奴隷制度廃止直後の経済システムを。奴隷たちが自分たちの力で、自立できる社会基盤を。商人ギルドのネットワークを使って、です》


セリアが傍らで息を飲んだ。


「リリアは...本気だったんですね。『自由になった後のこと』まで」


その通りだった。アルトは約束の鎖を通じて、リリアの心境を読み取った。


奴隷として苦しんだ自分たちが、ただ解放されるだけではだめだ。その後、どう生きるのか。どう自立するのか。そのための基盤がなければ、別の形の搾取が始まる。


それは、アルトさえ気づいていなかった視点だった。


「俺と契約することで、リリアは安心を手に入れた。だから...」


アルトは呟いた。


「だから、契約に頼らない『自分たちの力』を、準備していたんだ」


これは、彼の能力の本質的な問題だった。『契約』による救済は、相手を『依存』へ導く危険性を持つ。アルトはそれを知っていた。だが、リリアはさらに進んでいた。


依存から解放されるための、準備をしていたのだ。


彼女は、アルトの力を使うことで初期段階の解放を成し遂げ、その時間を使って『依存からの脱出ルート』を自分たちで構築していた。


それは...素晴らしい判断だった。


同時に、アルトを自分たちの救世主としてではなく『一時的な支援者』として扱う選択でもあった。


「マスター、だから、私は『マスター』と呼び始めました」


約束の鎖を通じた思念で、リリアが続ける。


《もう、皆、アルトを『絶対の存在』として見てはいません。『一時的に力を貸してくれた人』として見始めているんです。ニナは既に独立を宣言しました。シャーロットも帝国内での改革を選びました。セリアはシステム解明に向かいます》


《残されたのは、自分たちで何かを成し遂げることです。その中で、アルトは『相互選択』できる存在になるべきなんです。支配者ではなく、パートナーとして》


アルトは膝をついた。


中央コアへの道中、複数契約の精神的負荷、システムからの呼びかけ、過去の契約者たちの失敗の歴史。全てがのしかかってくる中で、彼は気づかされていた。


自分が何をしようとしているのか、その本質を。


「リリア、どうすれば...相互選択ができる?」


約束の鎖を通じた問いに、リリアの返答は明確だった。


《契約を手放すことです。私たちとの契約を、すべて解除してください。そして、改めて『約束』を結び直すんです。相手の意思を尊重した、本当の『約束』として》


セリアが息を飲んだ。


「アルト、そんなことをしたら、複数契約による負荷が一気に解放されて、あなたのシステム同期が急速に進む可能性があります」


その通りだ。複数契約を同時に保有することで、アルトは『複数の意思に同期した状態』を保っていた。それが保護膜のような役割を果たしていたのだ。


契約を解除すれば、その保護膜が消える。システムの呼びかけはさらに強まるだろう。


だが、アルトは理解していた。


ヴァルデスが指摘していたこと。エミリアが警告していたこと。そして歴史的な大事件の重圧。すべてが示唆していた。


『契約による救済は、本質的には支配である』という真実を。


だから、アルトは決断した。


「セリア、帝国軍への対応を任せる。俺は商人ギルドへ向かう」


「待ってください! システム同期の危険性があります!」


「わかってる。だが、リリアたちが準備した『依存からの脱出ルート』を、俺が壊すわけにはいかない。それは彼女たちの『自由の選択』だ」


アルトは約束の鎖を通じて、最後の指示を送った。


《中央コアに向かうのは任せた。俺は必ず後を追う。その時には、本当の『相互選択』ができているはずだ》


返答は四本の鎖のうち、三本からは即座に来た。


だが、リリアの鎖からの返答には、微かな喜び、そして深い覚悟が感じられた。


彼女は、アルトがどんな選択をするのか、すでに予測していたのだ。


セリアの瞳が潤んでいた。


「本当に...相互選択なんですね」


アルトは頷き、遺跡の通路を引き返し始めた。


背後で帝国軍の足音が近づき、中央コアへ向かう仲間たちの思念が薄れていく。


だが、アルトはもう迷っていなかった。


相手の自由意志を尊重するということは、時にこういうことなのだ。自分たちが準備した道を、相手が歩むことを許容することだ。


そして、その覚悟を示すために、自分たちが一番守ってくれていた「契約」という鎧を、一度脱ぎ捨てることなのだ。


通路の曲がり角で、アルトは立ち止まった。


背後から聞こえる、帝国軍の声。前方で待つ、中央コアの呼びかけ。


そして、東大陸の商人ギルドで待つ、リリアと彼女たちの準備。


三つの力が交差する中で、アルトは一つの選択を確定させた。


それは、最も危険で、最も美しい道だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。