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「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


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第60話 エミリアの初めての語り部

瓦礫の中で、アルトは意識を失いかけていた。


複数の約束の鎖が同時に引き裂かれる感覚――それは肉体的な痛みではなく、もっと深い部分での断裂だった。リリア、ニナ、シャーロット、セリア。四人の心との繋がりが、激しく揺らぎ、時に完全に切れかかっていた。


「くっ……」


アルトが瓦礫をどけようとする瞬間、黒い影が彼の前に立った。


銀紫色のロングヘアが静寂の中で揺れ動く。エミリア。彼女は剣を握ってはいなかった。代わりに、彼女の両手からは古い言語で書かれた魔法式が浮かび上がっていた。それはセリアが研究していたものと同じ――いや、より古く、より強力な形をしていた。


「エミリア……どうして……」


アルトが呼びかけようとしたとき、彼女は静かに息をついた。その表情には悲しみがあった。後悔もあった。だが、決意もあった。


「長く待たせたな」


その声は、エミリアの声ではあったが、何か異なる重みを持っていた。数百年の時間の重みが、その一言に込められていたのだ。


セリアへの襲撃は、実は「保護」だったのかもしれない。地下研究室で彼女が発見しようとしていたものから、彼女を遠ざけるための。だが、その意図がアルトには読み取りにくかった。


「アルト・ソルヴェン」


エミリアが彼の真下に膝をついた。その動作は武装を解くものだった。剣も魔法も、すべてを手放す姿勢。


「私は三百年以上、この世界で生きている」


その告白は、アルトの予想を上回るものだった。三百年。そんな数字が現実的に聞こえるはずがない。だが、彼女の眼差しは、その言葉が嘘ではないことを示していた。


「過去、十二人の契約者が存在した。そのうち、私は六人を見守ってきた」


エミリアの瞳が、何かを懐かしむようにしぼられた。


「最初の者は千三百年前。その者は奴隷制度を廃止することを目指した。だが、目指し得なかった。彼は最終的に、システムそのものに抗おうとして、消滅した」


システムに抗う。その言葉が引っかかった。


「二番目の者は九百年前。彼女は獣人との共存を掲げたが、やはり失敗した。帝国の圧力に耐え切れず、自ら身を引いた。その後、何十年も生きることなく、静かに消えた」


エミリアは立ち上がり、アルトに手を差し出した。


「三番目は六百年前。四番目は四百年前。五番目は百五十年前。六番目は私だ」


「君が……契約者だったのか」


アルトは手を取り、立ち上がった。彼の脚は震えていた。


「そして、お前が七番目だ」


エミリアはアルトの両肩を掴んだ。その握力は、優しくもあり、強くもあった。


「だからこそ、お前に伝えなければならない。この数百年のサイクルの中で、私たちが何を学んできたのかを」


周囲の戦闘音は遠ざかっていた。聖堂の天井の崩壊で、一時的に戦闘が中断されたのだ。その間隙を、エミリアは利用していた。


「複数の約束を同時に保有する契約者は、必ず矛盾に直面する。それが、システムの本質的な欠陥だ。相手の自由意志を奪いながら、同時に複数の異なる約束を成立させようとすれば、やがて破綻する。その破綻が、過去の六人の契約者たちを消滅させた」


「消滅……」


「死ではない。システムそのものに吸収された。契約の強制力が、彼らの存在そのものを引き裂き、世界の『約束の集合体』の中に組み込まれた。つまり、彼らはもはや個としての意識を持たない。世界の約束を管理するための『歯車』と化したのだ」


その説明は、アルトに一つの絶望を与えた。


つまり、彼が取ろうとしている道は、最終的に彼自身の消滅を意味するのではないか。


「私が『沈黙』を選んだのはそのためだ」


エミリアは遠い目で空を見つめた。


「百五十年前、五番目の契約者が消滅した後、システムは新しい契約者を求め始めた。その時、私は選ばれることを拒否した。『沈黙を選ぶ』ことで、システムからの追跡を逃れることができる。だが、その代償として、私は新しい契約を結ぶことを放棄しなければならなかった」


「では、君は……」


「そうだ。私は契約者としての力を失った。だから、こうして君に助言することができるのだ。もし私が継続的に新しい契約を結んでいたら、私もまた矛盾に苦しみ、消滅に向かっていただろう」


セリアが発見しようとしていた装置。それは過去の契約者たちが消滅した場所であり、同時にシステムの中枢だったのだ。エミリアがセリアを襲撃しようとしたのは、彼女がそこに到達することを防ぐため。知られてはならないことを、知られないように。


「アルト」


エミリアが彼の眼を見つめた。


「お前は七番目の契約者として、先人たちと同じ道を歩むのか。それとも、異なる道を選ぶのか。それは、これからお前が下す決断次第だ」


背後から、リリアの声が聞こえた。彼女は瓦礫を突き抜けて、アルトを探していた。ニナも。シャーロットも。セリアも。五人の約束の鎖が、同時に明るく輝き始めた。


それは警告であり、同時に希望でもあった。


「もう時間がない」


エミリアは身を引いた。


「次に会うときまでに、お前がどのような決断をするのか。それを見守らせてくれ。もし、お前が消滅の道を歩むのであれば、私が止める。もし、お前が新しい道を開くのであれば、私が支援する」


アルトが返答する前に、エミリアは背を向けた。彼女の身体が、徐々に半透明になっていく。それは逃亡ではなく、「沈黙」への転換。彼女はこの瞬間から、システムの監視下から身を隠そうとしていたのだ。


「待てッ」


アルトが叫んだとき、エミリアの姿は完全に消えた。


ただ、彼女の最後の言葉が、アルトの心に深く刻まれていた。


「過去の契約者たちは、すべて『支配』を目指した。だが、本来あるべき道は『解放』だ。その違いが、お前を救うか消滅させるかの分かれ目となるだろう」


リリアが瓦礫をどけながら、アルトの名を呼ぶ声が近づいてきた。


彼女の声は、不安と希望に満ちていた。


アルトは瓦礫の上に立ち、周囲を見わたした。戦闘はまだ続いていた。だが、その戦闘の意味が、彼の中では確実に変わり始めていた。


複数の約束。複数の矛盾。


それらをどうまとめるのか。どう『解放』へと転じるのか。


その答えを、彼は自分の手で見つけなければならなかった。

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