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「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


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第44話 複数契約の管理能力に限界が

夜明け前の森の中。俺は地面に膝をついていた。


脳が揺れている。いや、揺れているのではなく、何かが複数の方向から俺の意識を引っ張っているのだ。


「アルト、大丈夫か」


グレッグの声が聞こえる。だが、その声も、その言葉も、何か遠い。他の何かが、もっと大きな音で鳴り響いている。


《リリアを守らねば》

《ニナの決意を支えねば》

《シャーロットの反逆に責任を持たねば》

《セリアの研究を守らねば》


四つの声が、同時に俺の頭の中で鳴り響いている。


いや、それは声ではなく、四人との『約束の鎖』が同時に揺れているのだ。【約束の鎖】というスキルのせいで、俺は契約を結んだ相手たちの感情の波動を常に感知している。最初は一人、二人ならば問題なかった。だが、今は四人。その四人が、それぞれ全く異なる感情、異なる課題を抱えている。


「セリア、彼の魔力が異常だ。何か起きている」


シャーロットの声が、より明確に聞こえた。


銀髪の天才魔術師セリアが、俺の周りを回る光の筋を観察している。彼女の眉が、深く皺を寄せている。


「複数契約の同時保有による精神負荷。予想より早く限界症状が出ている」


セリアは、スキルのように冷めた声で言った。予想?限界症状?


「どういう意味だ」


俺が聞いても、セリアは一瞬だけ悩んだ表情を浮かべた。


「簡単に言えば、あなたは複数の人間と『約束』を結びすぎた。本来、一人の契約者が同時に保有できる契約数は、精神的な構成によって決まっている。そしてあなたは、その限界をはるかに超えている」


「限界?俺はまだ四人だ。それでも限界か」


セリアが返答する前に、ニナが割り込んできた。


「四人?アルト、お前と俺たちの『約束』がどういうものか、本当に理解してんのか」


ニナは、俺の正面に立った。狼族の彼女の目は、赤い光を帯びている。獣人として、彼女は感情が高ぶると瞳が輝く。その光は、俺にとって少し危険信号のようにも見える。


「ニナ。今は」


「今だからこそだ」


ニナは、俺の肩を掴んだ。その瞬間、俺の脳が、より大きく揺れた。


《ニナの怒り》

《ニナの決意》

《ニナの、俺への不信感?》


いや、不信感ではない。それは、もっと複雑な感情だ。信頼と、警戒と、そして何か別の想い。


「お前が感じているのは、四人の『約束の鎖』が同時に振動しているんだ。つまり、お前は四人の感情を同時に背負っているってことだ。それがどういうことか、わかるか?」


ニナの言葉が、俺の理解を深める。


同時に、リリアが俺の反対側から声をかけた。


「アルト様。私たちは、あなたを信頼しています。でも、私たち一人一人の気持ちを、本当に全部背負えるんですか?」


リリアの言葉は優しい。だが、その優しさの奥に、何か痛みがある。


俺は目を上げた。四人の女性たちが、それぞれ違う表情で、俺を見つめている。


リリアは心配そうに。

ニナは厳しく。

シャーロットは分析的に。

セリアは、興味深そうに。


「複数の『約束の鎖』が同時に存在すると、その相手たちの感情が干渉し始める。あなたの場合、リリアとセリアの『約束の鎖』が特に強い。リリアは献身的な依存と自立のジレンマ。セリアは好奇心と警戒のジレンマ。その二つの感情が衝突するたびに、あなたの精神は揺らぐ」


セリアが、さらに続ける。


「加えて、ニナとシャーロット。彼女たちは、独立した強い意志を持っている。その意志が『約束の鎖』を通じて、あなたに干渉する。あなたは、彼女たちの『選択』を支援したいという想いと、彼女たちが選択する際に『自分の力が足りない』という不安が、同時に生じている」


俺は、セリアの言葉に返す言葉がない。


「この状態が続くと、どうなる」


「最悪の場合、精神的な崩壊。または一時的な『契約者能力の喪失』。複数の『約束の鎖』が矛盾した指令を出した場合、あなたの精神は、どちらの『約束』を優先するかの選択を迫られる。その選択に失敗すれば、全ての『約束の鎖』が同時に破裂する可能性がある」


シャーロットが、俺に近づいた。


「セリアは、帝国の追跡から逃れるため、この遺跡に来た。だが本当の目的は、あなたの『契約システムの正体』を調査することだ。彼女は、この遺跡から古い文明の痕跡を見つけた。つまり、あなたの力は、何千年も前から存在している。そして、おそらく自動的に『限界を持つように設計されている』」


シャーロットの分析は正確だった。だが、それでも俺は理解できていない。


「では、どうすればいい。四人との『約束』を全て切るのか。それはできない。彼女たちは、俺の約束に依存している」


その瞬間、俺の脳が、再び揺れた。


だが、その揺れは、今までと違う。


四つの『約束の鎖』が、同時に強くなった。


《リリアが、アルトを信頼している》

《ニナが、アルトに怒っている。だが、放棄していない》

《シャーロットが、アルトの決断を待っている》

《セリアが、アルトの『本質』を観察している》


その四つの感情が、同時に、俺に押し寄せた。


「頭が、割れる」


俺は、地面に横たわった。夜明け前の冷たい土が、頬に触れる。


「セリア。彼はどうなる」


グレッグの声が、少し離れたところから聞こえた。


「今夜が山です。彼の精神が、複数の『約束の鎖』の干渉に耐えられるか。または、その一部を『切断』するか。そのどちらかの決断を、彼自身が行わねば、彼は」


セリアの言葉が、途中で途切れた。


「俺は、約束を切らない」


俺は、その言葉だけを、力を振り絞って発声した。


「アルト」


ニナが、俺の身体を抱きかかえた。


「四人との『約束の鎖』が同時に揺れている。それはつまり、お前がどの選択をしても、誰かを傷つけるということだ。それでも、約束を守るのか」


ニナの問いに、俺は返答しない。返答できない。


だが、その沈黙が、答えなのだろう。


夜明けが近い。朝日が、森の端から差し込み始めた。


その光の中で、四つの『約束の鎖』が、さらに強く振動している。


「セリア。彼の『限界』を超えるには、どうすればいい」


シャーロットが、冷静に質問した。


セリアは、短く返答した。


「わかりません。これは、古い文明の『システム』の一部です。我々の知識では、限界を超える方法は存在しない。あるいは」


「あるいは?」


「彼自身が『新しいシステム』を作り出すか、である」


セリアの言葉は、まるで預言のようだ。


新しいシステムを作り出す。


それが、本当に可能なのか。


俺の脳は、まだ揺れている。

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