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「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


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第40話 複数ヒロインと複数問題の並立

朝日がテント越しに射し込む頃、俺は起きていた。


目を閉じたままでも、三つの「約束の鎖」の存在を感じていた。リリア、シャーロット、ニナ。それぞれ異なる質感で、異なる重みで俺の心に繋がっていた。


【約束の鎖】スキルは、単なる感知能力ではなくなっていた。複数の契約を同時に保有することで、それぞれの相手との感情的な距離が可視化されるようになったのだ。リリアとの鎖は、温かく、甘い。シャーロットとの鎖は、冷たく、複雑に絡み合っている。そしてニナとの鎖は、新しく形成されたばかりで、まだ強度が不安定だった。


俺は身を起こした。テントの外には、獣人領域の朝が広がっていた。


「起きたか」


テント入口でニナが腕を組んでいた。銀色の毛並みが朝日に反射している。昨晩の激怒とは違う、落ち着いた表情だった。


「おはよう。昨晩はありがとう。お前の言葉が、俺には必要だった」


ニナは頷いた。その視線は俺の顔を見つめていたが、どこか別の何かを見ている気がした。


「契約ってやつ。お前が使う力は、本当に危ないんだ。相手の自由を奪う。それが分かってなかったお前が、やっと気づきかけた。それだけのことだ」


「それだけ、じゃ済まないだろう。お前たちは、これからも俺を必要とする。そして俺も、お前たちなしに何もできない」


ニナは唸った。それから、いきなり俺に手を差し出した。握手だ。


「対等なやつとして」ニナが言った。「戦士同士として。これからは、そういう関係だ。いいな?」


俺は彼女の手を取った。その時、【約束の鎖】に変化が起きた。温かく甘い質感から、強くて、清潔で、真っすぐな質感へと変わったのだ。


「ああ。約束する」


「約束すんじゃねえ」ニナが笑った。「ただ、一緒にやろう。それだけだ」


朝食は獣人領域の食堂で摂ることになった。グレイシャの指示だという。俺たちが獣人評議会と「対等な関係」を築くための儀式的な扱いらしい。


広い石造りの食堂には、すでにシャーロットとリリアが座っていた。二人はまだ何も食べていなかった。俺が現れるのを待っていたのだろう。


「おはようございます」シャーロットが立ち上がり、軽く頭を下げた。彼女の声には、いつもの王族としての威厳がなかった。代わりに、何か別の緊張感が滲んでいた。


「おはよう、アルト」リリアも立ち上がった。しかし彼女の視線は、少し不安げだった。「昨晩、ニナさんが帰ってきたけど。何があったの?」


「ニナと話をした。これからのやり方について」


俺は三人の前に座った。すると、女性の獣人たちが朝食を運んでくれた。焼いた獣の肉、野菜のスープ、黒いパン。獣人領域ではこれが標準的な食事らしい。


「アルト」シャーロットが切り出した。「現在の状況を整理する必要があります。昨晩、グレイシャと話をしました」


彼女は小さく息を吸った。


「獣人評議会は、武装蜂起を視野に入れています。数千人規模の戦士たちが、採掘場の奴隷解放に向けて準備を進めているそうです。しかし、それは人間側との大規模な戦争を意味する」


「戦争か」ニナが呟いた。「当然だな。五百年間、俺たちは奴隷にされてきたんだ」


「しかし」シャーロットが続けた。「ウェスタリア帝国の軍事力は、獣人たちの軍勢を圧倒するほど大きい。グレイシャも、その点については認識しています。だからこそ、獣人評議会はアルトとの協力を決定した。あなたの『約束の力』が戦いを変える可能性があるから」


俺は音を出さずに、肉を口に運んだ。確かに、それはグレイシャが言及していた。アルトの契約能力は、戦闘だけでなく、政治的な決定も左右する可能性がある。


「でも、それは違う」ニナが声を上げた。「俺たちは、お前の力に頼るべきじゃない。お前の力なしで、自分たちを解放する力がなかったら、それは自由じゃない。それは、帝国の奴隷から、アルトの奴隷に変わるだけだ」


「ニナ。俺は、そういうつもりじゃ——」


「分かってる」ニナが手を上げた。「お前は善い奴だ。だけど、それでも俺たちは自分たちの足で立つ必要がある」


リリアが、ゆっくりと手を上げた。


「あの、いい?」彼女の声は小さかった。「私、ニナさんの言いたいことが分かるような気がします」


シャーロットが視線をリリアに移した。


「私も、アルトに助けてもらいました。奴隷から解放してもらいました。でも、ずっとアルトに頼ってばかりいたんです。アルトがいなくなったら、私は何もできない。そんな気がしていました。だから、商人ギルドで働くことにしたんです。自分で、生きる力を付けるために」


リリアは俺を見た。その目には、新しい意志が宿っていた。


「獣人たちも同じだと思います。アルトの力で解放されるんじゃなくて、自分たちの力で自分たちを解放する。そこに初めて、本当の自由があるんじゃないでしょうか」


シャーロットは眉をひそめた。


「では、どうするのですか。帝国との戦争を避けられるはずがない。採掘場の奴隷たちは、すでに数千人を超えている。彼らを解放するには、武力衝突は不可避です」


「不可避か」俺は呟いた。


「そうだ」シャーロットが続けた。「現在、マクシミリアン皇帝は採掘場の奴隷化政策を推し進めています。それは、帝国の軍事力を強化するためのものです。獣人から魔力を吸い出す技術も、確立されつつあると聞きました。これは、獣人全体への脅威です」


ニナは拳を握った。


「やっぱり、戦うしかねえな」


「待て」俺が言った。「シャーロット。採掘場の奴隷は、帝国の直轄なのか?」


「そうです。帝国皇帝が直接管理する施設です。だからこそ、危険性も大きいのです」


「では、地方領主には関係ないのか」


シャーロットが考えた。


「そうですね。帝国の地方領主たちは、採掘場の存在をあまり詳しく知らないと思われます。帝国皇帝が直接管理する秘密施設だからです」


俺の頭の中で、いくつかの可能性が浮かんだ。


「もし、採掘場の存在を地方領主たちに知らせたら?」


シャーロットが目を見張った。


「アルト。あなたは、帝国内部の権力を分裂させるつもりですか?」


「違う。俺は、戦争を避けたい。そして、獣人たちが自分たちの力で解放されるようにしたい。その両立方法を考えているんだ」


ニナが身を乗り出した。


「詳しく聞かせろ」


俺は朝食を一旦置いた。そして、思考を言語化した。


「採掘場の奴隷化政策は、帝国皇帝の個人的な判断の可能性が高い。だったら、帝国内部の権力層に、その情報を流す。皇帝の行動が違法か、それとも違法ではないか、それは知らない。だが、地方領主たちが反発すれば、帝国内部で権力闘争が起きる」


「その間に、獣人たちが采配場を奪取する」リリアが続けた。「それなら、戦争ではなく、『帝国内部の権力闘争に乗じた自衛行為』になる」


シャーロットは沈黙した。彼女の目は、複雑な計算をしているように見えた。


「それは、非常に危険な戦略です。失敗すれば、帝国全体の敵意を獣人領域に招くことになる」


「失敗のリスクがあるなら、やめるべきか?」ニナが聞いた。


「いいえ」シャーロットが答えた。「やるべきです。ただし、帝国内部の権力構図を正確に把握した上で、最適なタイミングを選ぶ必要があります」


俺は、彼女の視線の変化を感じた。シャーロットは、王族としての責任から、別の何かへと視点を移していた。


「私は、帝国内部の情報通を持っています。軍部、行政部、商人ギルド。すべての派閥に、私の支持者がいます。彼らを通じて、採掘場の情報を流すことは可能です」


「本当か」ニナが言った。


「はい。ただし、それは帝国に対する反逆行為になります。皇帝マクシミリアンに対して」


彼女は俺を見た。その目には、もう迷いがなかった。


「アルト。私は、帝国の王女です。本来なら、皇帝の命令に従うべき身分です。しかし、私は決めました。人間として、女性として、この世界に正義を求める者として。皇帝の違法な奴隷化政策に反対する」


ニナが頷いた。


「それが、真の選択だ」


リリアも頷いた。


「シャーロットさん。あなたは、本当に強い人ですね」


シャーロットは微かに笑った。


「強さではなく、責任です。アルト、ニナ、リリア。これからの戦いは、複雑になるでしょう。獣人の自由、帝国内部の権力闘争、そして商人ギルドの利害。複数の問題が同時に進行します。あなたたちは、それに対応できますか?」


俺は、三人の顔を見た。


リリアは、自分の意志で商人ギルドに入った。彼女は、経済的な解決方法を模索していた。


ニナは、獣人たちの自力解放を信じていた。彼女は、力と尊厳を求めていた。


シャーロットは、帝国内部の改革を考えていた。彼女は、政治的な正義を求めていた。


三人は、同じ目標に向かっていながら、異なる方法を求めていた。それは、単なる複数ヒロインではなく、複数の課題を象徴する存在だった。


「ああ。できる」俺は言った。「なぜなら、お前たちがいるからだ」


その時、テント外で獣人たちの叫び声が上がった。何かが、獣人領域に近づいているのだ。


「敵か」ニナが立ち上がった。


「いや」シャーロットが窓から外を見た。「使者です。帝国からの使者団が、獣人領域の境界に到着しています」


ニナが刃物を引き抜いた。


「何の用だ。こんな時に」


俺は、立ち上がった。そして、三つの【約束の鎖】の重みを感じた。


温かくて甘いリリアの鎖。冷たく複雑なシャーロットの鎖。新しく、強く、真っすぐなニナの鎖。


三つの課題は、これからさらに複雑に絡み合っていくだろう。


「行こう」俺は言った。「帝国の使者が何を言いに来たのか、確認しよう」


ニナが先頭に立ち、テントを出た。その後ろをシャーロット、リリア、そして俺が続いた。


獣人領域の広場では、すでに数百人の獣人たちが集まっていた。彼らは、帝国の兵士たちを取り囲んでいた。帝国の使者は、五人。全員が重装甲の騎士だった。


その中心には、俺を知る顔があった。


「アルト・ソルヴェン」帝国の騎士団長が声を上げた。「マクシミリアン皇帝より、御命令を承知した。お前は、帝国に出頭し、尋問を受けるべき者と宣告される。抵抗すれば、帝国全軍による討伐が実行される」


その時、また別の叫び声が上がった。今度は、東の方向からだ。


「何だ」ニナが言った。


シャーロットが目を細めた。


「東大陸からの使者です。複数の騎馬隊が近づいています。数は、帝国軍以上に見えます」


俺の背中に、冷たい汗が流れた。


状況は、予想外の方向に動いていた。複数の問題が、同時に爆発しようとしていたのだ。


そして俺は、三つの約束の鎖を同時に引き締める必要があることに気づいた。

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