第4話 契約の力
目を覚ましたのは、真夜中だった。
体中が火で焼かれるような激痛に襲われて、俺は飛び起きた。全身の筋肉が痙攣し、思考がまっすぐ続かない。何が起きたのか、数秒間は理解できなかった。
「あ、起きた……」
か細い声が聞こえた。目を向けると、リリアが心配そうな顔で俺を見下ろしていた。昨日解放した少女たちの中で、一番気が強そうな黒髪の子だ。
「動くな。危ないから」
リリアが俺の肩をそっと押さえた。その時、初めて俺は自分の状況を認識した。俺たちは森の中にいて、崩れかけた古い小屋の中だった。外からは夜明けの光がまだ遠く、星だけが頼りだ。
「何が……起きたんだ」
声を出そうとして、ますます痛みが増した。胸を押さえると、手のひらが冷や汗で濡れていた。
「あの騎士たちを『約束』で止めた時のことですか?」
リリアの声は小さいが、どこか落ち着いていた。子どもとは思えないほどの静寂さがあった。
「約束……」
その言葉を口にした瞬間、脳裏に映像が蘇った。光に包まれた那時の記憶——金色に輝く謎の力が、俺の体から放たれ、騎士たちを押さえ込んだ。そしてその直後、リリアが何か言っていた。
「この人に約束して」
そういった声。自分でも何を言ったのか思い出そうとしても、曖昧だ。ただ、その時に感じた違和感だけは鮮烈に残っていた。
「あの光の後、ずっとこんな状態なんですか?」
「どのくらい……?」
「丸一日です」
俺は絶句した。丸一日?意識を失っていたのか。
リリアが水が入った木製の器を持ってきた。昨日の奴隷商人との戦いで疲弊した体に、水は何よりの薬だった。喜ぶを通す間も、ずっと体の痛みは止まらない。
「その光、何ですか?」
「知らない」
正直に答えた。実際のところ、俺自身がそれが何なのか理解していない。あの瞬間、本能的に何かを発動させていた気がするが、意識的な制御ではなかった。
「セーラとローザ、メイとジェシカは?」
「外で寝てます。この人が……あなたが倒れた時、馬車から落ちて怖くなっちゃって」
リリアは一瞬、どこか申し訳なさそうな表情を見せた。
「俺のせいだ。力を使いすぎた」
痛みを堪えながら、俺は体を起こそうとした。しかし、動きの瞬間、違う種類の刺激が体を駆け抜けた。
それは痛みではなく——繋がり。
俺の心とリリアの心が、透明な糸で結ばれているのが分かった。感じた。その糸を通じて、リリアの感情が流れ込んでくる。彼女の不安、心配、そして——信頼。
「何だこれ……」
俺が唸くと、リリアが身を引いた。
「あ、あの。昨日、ぼくが『この人に約束して』って言った時、何か感じました?」
リリアの問い掛けの意味が、その時ようやく理解できた。
あの瞬間、俺は何かを「約束」していたのだ。リリアが何かを言い、俺がそれに答えるような形で。そして、その約束が——魔力で強制実行されている。
ゆっくりと、俺は脳裏に浮かぶ記憶を辿った。
〜あの時——
「この人に約束して」
リリアの懇願の声。奴隷商人の馬車から飛び出した彼女が、俺に何かを求めていた。その時、俺の体から無意識に言葉が零れ落ちた。
「俺が約束する。お前たちを絶対に守る。絶対に幸せにさせる」
その言葉と同時に、金色の光が溢れた。
〜
「あ……」
俺は呻いた。それは約束ではなく、誓いだった。そしてその誓いが、何らかの魔力によって、契約として成立したのだ。
「あなたが言ったんです」
リリアが静かに、丁寧に説明してくれた。
「『絶対に守る、絶対に幸せにさせる』って。その時、あの人の体が光で包まれました。そしたら、あの騎士たちが動けなくなりました」
俺は息を整えた。つまり——
「俺の言葉が、契約として成立した。それで……」
「力を使った」
リリアが頷いた。
「その後、あなたは何度も同じようなことを繰り返したんです。他の子たちを守るために。ローザさんには『絶対に危険から守る』、メイさんには『必ず家に帰してやる』、ジェシカさんには『誰の物にもさせない、自由を与える』」
俺の目が見開かれた。四つの約束。いや、正確には四つの「契約」だ。
「その度に、あなたの体から光が出ました。そして毎回、あなたが倒れた」
「なるほど……」
俺は自分の手を見た。まだ金色の光が、かすかに指先に纏わりついているのが分かった。
「この力、いったい何だ」
呟いた時、脳裏に一つのシステムめいた表現が浮かんだ。
【契約成立】
【対象者:リリア・セーラ・ローザ・メイ・ジェシカ】
【契約内容:絶対なる保護と自由の保障】
【精神負荷:極大】
【魔力消費:甚大】
それは確かに見えた。ゲーム的な表現で、俺の脳裏に刻まれていた。
「俺の中に、システムがある」
「システム……?」
リリアが首を傾げた。俺は痛みを堪えながら、もう一度説明しようとした。しかし、その瞬間——
外から、馬の蹄音が聞こえた。
「!」
リリアの顔が青ざめた。俺の体は痛みで満ちていたが、本能が警鐘を鳴らした。あれは——敵だ。
「昨日の奴隷商人たちか」
「はい。この朝方、何人かが探しに来ました。でも、ぼくたちが隠れたから見つかりませんでした」
「今度は見つかるな」
俺は歯を食いしばった。体は満足に動かない。魔力も、おそらく底をついている。複数の契約を結んだツケが、今になって回ってきた。
馬の蹄音は、次第に近付いてくる。
「リリア。お前たちを連れて逃げろ」
「え?」
「俺は足手まといだ。お前たちだけ、もっと奥へ隠れるんだ」
「ちょっ、待ってください!」
リリアが俺の腕を掴んだ。その瞬間、また例の繋がりが走った。リリアの恐怖が、そのまま俺の心に伝わってくる。彼女は俺を置き去りにしたくない。そして同時に、仲間たちも失いたくない。その矛盾する感情が、痛いほどに俺に伝わってきた。
「もう一つ、約束してください」
リリアが俺の目を真っすぐに見つめた。
「ぼくたちと一緒に生き残ること。絶対に死なないこと。絶対に諦めないこと」
その言葉の瞬間——
体内に、新しい光が灯った。
痛みが、突然変わった。燃えるような痛みから、刺激的な痛みへ。その刺激の中で、俺の体が生まれ変わるのを感じた。
【契約追加成立】
【対象者:リリア(および保護下の者全員)】
【契約内容:絶対なる生存の約束】
【精神負荷:極大超越】
【魔力消費:致命的】
警告だ。これ以上、契約を結べば、俺の精神と肉体が破壊される、という警告。
しかし同時に——
俺の体が立ち上がった。痛みは残っていたが、それは無視できるレベルだった。いや、違う。痛みが、力に変わっていた。
「リリア。約束は約束だ」
俺は小屋の出口に向かった。
「ここを出ろ。後ろの崖からロープで降りろ。下には川がある。しばらく川伝いに進めば、人里に出るはずだ」
「あ、あなたは?」
「俺はここで連中を食い止める」
俺は小屋の外に出た。
馬上の奴隷商人の騎士たちが、五人。全員、槍か剣を構えていた。昨日、契約で動きを止めた奴らではない。新しい手下たちだ。
「奴隷号番号08。お前だな。ご主人様が相当怒っていられる」
先頭の騎士が、冷たく言い放った。
「お前を返せば、報酬は山ほどだ。素直に従え」
俺は何も言わなかった。代わりに、自分の手を見た。金色の光が、指先に明確に纏わりついている。
4つの契約。そして新しく1つ。合わせて5つの約束。
それは、俺の体を蝕んでいるはずだった。精神は裂けかけ、肉体も限界を迎えているはず。
「来い」
それでも、俺は言った。
「約束した。お前たちを絶対に守ると。その約束の下で、俺は戦う」
光が、俺の体全体を包んだ。
次の瞬間、騎士たちの顔が恐怖に歪んだ。
「何だあれは……!」
「魔法だ、退け!」
しかし遅かった。
俺は走った。痛みも疲労も、契約の力で押し殺して、ひたすら走った。騎士たちの槍が俺を掠めたが、金色の光がそれを弾いた。
次々と倒れていく騎士たち。
でも俺は知っていた。この力は、長くは持たない。
だからこそ——
「絶対に、逃げられる」
約束は、絶対だから。
そして、俺はその約束を——
【警告:魔力枯渇状態に突入。精神限界を超過。次の行動で意識喪失の危険あり】
最後の契約を発動させた。
光が、すべてを包んだ。




