第3話 リリアとの出会い
騎士たちが光に包まれた瞬間、俺は何が起きたのか理解できなかった。
金色の光は俺の体から放たれた。その光の中で、二人の騎士は動きを止めていた。まるで時間が止まったかのように。だが、時間は止まっていない。彼らの瞳は俺を見つめたまま、ただ身体だけが動かなくなっているのだ。
「何だ……これは」
俺は自分の手を見つめた。光はすでに消えていたが、体の奥底から何かが脈動している感覚が残っている。それは力だ。圧倒的な力。
騎士たちに近づくと、彼らは声を出そうとしていた。だが声も出ない。唇だけが震えている。
「『約束する。二度と俺を追うな』」
その言葉を口にした瞬間、二人の体は一層強く光に包まれた。そして次の瞬間――彼らは地面に倒れた。意識を失ったのか、それとも何か別の状態に陥ったのか、俺には判断がつかない。
ただ、確実なことが一つある。
俺は、何らかの力を発動させた。そして、その力は相手に対して何かを『強制』した。
「これが……俺の力か」
立ち上がろうとした時、遠くから悲鳴が聞こえた。女性の悲鳴だ。それも、一人ではない。複数の女性たちが何かに怯えている。
直感が俺を動かした。そちらの方向へ走る。足首の痛みなど、もはや気にならない。
林を抜けると、視界に飛び込んできたのは一台の馬車だった。そして、その周りには十数人の男たちがいた。彼らは黒い服を着ており、胸には紋章がある。奴隷商人の紋章だ。
「さあ、逃げるなよ。大人しくしていれば、痛い思いはさせん」
太った体格の男が、馬車の中へ何かを指し示している。馬車の中からは、か細い声が聞こえる。
「お願いです……放してください」
その声は若い。少女の声だ。
俺は息を殺して近づいた。幸い、奴隷商人たちは俺に気づいていない。彼らの注意は、馬車の中の獲物に向かっている。
その時だった。
馬車の中から、一人の少女が飛び出してきたのだ。
彼女は真っ黒な髪をしていた。顔立ちは小柄で、年は十代前半だろうか。だが、その瞳には絶望と、わずかな抵抗の意志が宿っていた。彼女は必死に走ろうとしていた。
「逃げるなら潰す!」
奴隷商人の一人が、少女の髪を掴んだ。少女は悲鳴を上げた。
「離して! 離してください!」
その時だった。
何かが、俺の中で『弾けた』。
「やめろ」
俺はそう言った。ただそれだけだ。だが、その言葉と同時に、金色の光が放たれた。
奴隷商人たちは一瞬の間に、その光に包まれた。彼らは動きを止めた。少女の髪を掴んでいた手も、力を失い落ちた。
「何だ!?」
「何が起きた!?」
彼らは困惑と恐怖の声を上げた。だが、身体は動かない。
少女は地面に倒れた。だが、奴隷商人たちに掴まれることはなかった。
俺は一歩、また一歩と、奴隷商人たちに近づいていった。
「お前たちを逮捕する。今すぐ、その少女を解放しろ」
「何を言ってるんだ!? お前は誰だ!」
太った男は、必死に言葉を発しようとしていた。だが、彼の声も震えている。彼は俺の力に恐怖していた。
「『約束する。この瞬間から、お前たちは奴隷商人として行動することはない』」
その言葉を口にした瞬間、奴隷商人たちの体は激しく震えた。彼らの顔が、苦しげに歪む。
光が、彼らを包み込む。それは秒単位で広がり、やがて彼ら全員を覆い尽くした。
そして光が消えた時、彼らは全員、地面に倒れていた。
「……何ですか」
少女が、か細い声で呟いた。
俺は少女に目を向けた。彼女は恐怖と混乱の表情で、俺を見つめていた。だが、その瞳には、わずかな希望の光も宿っていた。
「大丈夫だ。もう誰も、お前を傷つけることはない」
その言葉を口にした時、俺は初めて気づいた。
この力は、相手を傷つけるものではない。相手と『約束』を結ぶ力だ。そして、その約束は絶対に成立する。
少女は、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。だが、彼女の脚は震えており、立つことができなかった。
「名前は?」
「……リリア。リリアです」
少女は、そう答えた。その声は、まだ震えていた。
「リリア。大丈夫だ。俺はお前を傷つけない。それを約束する」
その言葉を口にした時、俺の体から再び金色の光が放たれた。だが今回は、異なる形で。
光は、俺とリリアの間に『線』を形成した。それは見えない線だ。だが、確実に存在している。
リリアは、その光を見つめた。そして、彼女の顔から、わずかに恐怖が消えた。その代わりに、安堵が浮かぶ。
「あなた……何者ですか」
リリアは、俺に尋ねた。
「……俺も、よくわからない。だが、お前を助けることはできる。それだけは確かだ」
俺はそう答えた。
その時、俺は初めて気づいた。
この力を、どう使うべきなのか。そして、この力が何なのか。
だが、今はそれを考えている暇はない。
馬車の中には、まだ他の少女たちがいるのだ。
「リリア。他に、この馬車の中にいた人間は?」
「はい。他に五人。全員、奴隷として売られるはずでした」
俺は馬車へ向かった。その中に閉じ込められていた、五人の少女たちを解放する。彼女たちも、恐怖と混乱の表情をしていた。だが、俺がその名前を聞き、『約束』の言葉を口にした時、彼女たちの目に光が戻ってきた。
金色の光が、俺と彼女たちの間に『線』を形成する。その線は複数だ。五本の線が、俺の体から放たれた。
そして俺は気づいた。
この力は、相手との『約束』を成立させるものだ。そして、その約束は絶対に履行される。
「お前たちは、これからは自由だ。俺がそう約束する」
その言葉を口にした時、俺の体は激しく疲労感に襲われた。
五人の少女たちとの『約束』は、俺に大きな負荷をかけていた。それでも、俺は立ち続けた。
「お前たちはどこに行きたい?」
「家に帰りたい」
一人の少女がそう答えた。
「だがどこが家か、覚えていません。奴隷として生まれたから」
その言葉を聞いた時、俺の中で何かが怒りに変わった。
この世界は、おかしい。
奴隷として生まれた少女たちが、自分の家を覚えていないという状況が、当たり前のように存在している。
だが、今は何もできない。
俺にできることは、目の前のこの少女たちを救うことだけだ。
「ならば、お前たちと一緒にいる。新しい家を見つけるまで」
その言葉を口にした時、俺の体は再び金色の光に包まれた。
だが、その光は異なっていた。それは『約束』の光ではなく、単なる疲労から来た光だ。
俺は地面に膝をついた。
視界がかすむ。
だが、リリアが俺を支えた。彼女の体温は、暖かかった。
「大丈夫ですか」
リリアは、俺に問いかけた。
「ああ。大丈夫だ。ただ……少し休みたい」
俺はそう答えた。
その時、俺は初めて気づいた。
この力は、強力だ。だが、その代償も大きいのだ。
そして、これからの俺の人生は、この力によって大きく変わるだろう。
それが良いことなのか、悪いことなのか、それはまだわからない。
だが、確実なことが一つある。
俺は、もう二度と奴隷として生きることはない。
そして、この少女たちも。
「お前たちの名前は?」
俺は、ゆっくりとした声で問いかけた。
「私はリリアです。こちらはセーラ、ローザ、メイ、そしてジェシカです」
リリアは、他の少女たちを紹介した。
「そうか。覚えた。お前たちの名前は、これからずっと覚えている。お前たちは、もう誰の『奴隷』でもない。お前たちは、自分自身だ」
その言葉を口にした時、俺の周りには金色の光が満ちていた。
それは『約束』の光だ。絶対の力だ。
そして、その光の中で、五人の少女たちは微かに笑った。
それは、絶望から解放された者の笑顔だった。
だが、俺は知らなかった。
この『約束』という力が、やがてどのような結果をもたらすのか。
それが、救いなのか、それとも新たな枷なのか。
その答えは、これからの日々の中で、明らかになるのだ。
地平線の向こうで、太陽が沈みかけていた。
その時、遠くから馬の嘶きが聞こえた。
奴隷商人の増援だ。
「逃げよう」
俺はそう言った。
リリアと四人の少女たちは、俺について林の中へ消えていった。
そして、その瞬間から、新しい物語が始まるのだ。




