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「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


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第34話 ニナの拒絶と痛み

夜明け前の薄暗い野営地で、アルトは高熱に苦しんでいた。


昨日の採掘場での契約――五十七人の獣人たちと同時に結んだ約束が、彼の身体に重くのしかかっていた。複数契約の負荷は初めてではなかったが、この規模は違った。彼の意識は朦朧とし、肌は火のように熱い。リリアが冷たい布を彼の額に当てるたびに、かすかな安堵が訪れるだけだった。


「アルト、しっかりして」


リリアの声は遠く聞こえた。彼女は一晩中、彼の傍にいてくれていた。シャーロットも交代で見守っていたはずだ。しかし、もう一人。重要な誰かが、この野営地から消えていた。


ニナだ。


目覚めたアルトが気づいたのは、獣人の少女が彼を睨む表情だった。採掘場で解放した狼族たちの中の一人で、身体には奴隷商人の鞭の傷が無数に刻まれている。年は十四か十五といったところだろうか。その目には、感謝などではなく、純粋な怒りが燃えていた。


「何をしてくれたんだ」


少女は、年上のニナの名前を呼びながらそう言った。年上のニナが彼女に何度も言い聞かせていたことが、今、完全に打ち砕かれたのだ。


「獣人は自分たちの力で自由になるべきなんだ。人間に助けられることは屈辱だ」


その言葉が、採掘場から解放された獣人たちの間に広がっていった。彼らは奴隷商人の鎖から解き放たれた喜びよりも、人間に「助けられた」という事実が許せなかったのだ。


そして、年上のニナは――


「ニナはどこへ?」


アルトが弱々しく尋ねると、リリアは申し訳なさそうに俯いた。


「朝方、いなくなってました。解放した獣人たちと一緒に……」


その言葉は完成しなかった。なぜなら、その時だった。


暗い森の奥から、低い唸り声が聞こえてきたのは。


ニナの姿が、火のように激しい表情で現れたのは。


彼女は単身で戻ってきていた。解放した獣人たちを伴わずに。


「ニナ、よかった。病み上がりで――」


アルトが起き上がろうとすると、ニナは彼に近づき、そして――


彼の頬を、力いっぱい殴った。


「余計なことをするな!」


殴打は、アルトの意識をさらに遠のかせた。しかし、彼は倒れなかった。倒れることはできなかった。ニナの怒りの言葉を聞かなければならなかったから。


「お前は何もわかっていない。何一つ」


ニナの声は震えていた。それは怒りというより、悲しみのような、絶望のような響きを持っていた。


「獣人にとって、自由とは何だと思う?」


質問だったが、答えを求める声ではなかった。


「力だ。自分たちの力で、奴隷商人の鎖を打ち砕き、親たちを救い、領域を守る力だ。それがなければ、獣人の自由なんて、偽りに過ぎない」


ニナは座り込むと、その小さな拳を地面に叩きつけた。


「あの少女たちは、お前の『約束』で解放された。それは、彼女たちが人間に依存するということを意味する。人間の力がなければ自由になれない獣人だということを、世界に知らしめてしまった」


アルトは、ようやく理解し始めていた。


「獣人の尊厳って何だと思う?」


ニナの声は低かった。


「それは、自分たちの力で自分たちの運命を決めることだ。お前の『約束』は、その尊厳を完全に踏みにじった。良い意思でも、結果は同じだ。あの少女たちは、もう二度と、自分たちだけの力で立ち上がることができない。人間の『約束』に依存した時点で、精神の奴隷になったんだ」


リリアが反論しようとした。


「でも、あの子たちは鞭で打たれていて――」


しかし、ニナはリリアにも厳しい視線を向けた。


「お前たちが奴隷解放だと喜ぶのは勝手だ。でも、それは人間視点の自由でしかない。獣人にとって、人間に助けられることは――」


言葉が途切れた。


ニナの目から、涙が溢れた。


彼女は激怒しているのではなく、絶望していたのだ。


「俺たちは、お前たちと違う。人間のように単純じゃない」


その言葉の重みが、野営地に沈黙をもたらした。


アルトは、自分の行動が正しいと信じていた。奴隷たちを解放することが、世界を変えることだと思っていた。しかし、ニナが指摘する現実は、その単純な信念を破壊していた。


「ニナ、話し合おう。その少女たちの気持ちが――」


アルトが声を絞り出すと、ニナは再び彼を睨んだ。


「話し合う?獣人領域に来い。あの少女たちが、どんな顔をしているのかを見てから言え」


そして、彼女は身を翻した。


「俺は、獣人としての誇りを取り戻すために、獣人領域に向かう。お前たちは来るな。お前たちの『約束』の重みが、これ以上あの子たちの心を蝕む前に」


ニナは、完全に去ろうとしていた。


「ニナ、待ってくれ!」


アルトが必死に声を上げると、彼女は足を止めた。


「俺は、強制したつもりはない。あの子たちが、自由を望んだから――」


「望んだ?」


ニナは振り返り、その瞳に深い悲しみを宿した。


「鎖の中で、死を覚悟している時に、『自由になりたいか』と聞かれて、『いいえ』と答えられるやつがいるか?お前たちは、彼女たちの絶望に漬け込んで、『約束』で縛った。それは救いではなく、新しい形の奴隷化だ」


その言葉は、アルトの心に深く突き刺さった。


自分は、本当に正しいことをしていたのか?


自分の『約束』は、本当に人々を救っているのか、それとも、新しい形で支配しているのか?


その問いに、彼は答えを持たなかった。


ニナが完全に姿を消した後、野営地には静寂が残った。


シャーロットが現れ、リリアの肩に手を置いた。


「アルトは、今、どう思っていますか」


シャーロットの質問に、アルトは答えることができなかった。


高熱はまだ彼の身体を焼いていたが、それより痛かったのは、ニナの言葉が彼の心に残した傷だった。


獣人領域への道は、今、まったく異なる意味を持つようになっていた。


それは、解放者としての凱旋ではなく、自分の行動の真実と向き合うための、苦痛に満ちた旅となるのだ。

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