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「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


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第20話 新しい日常へ

朝日が山々の稜線を赤く染める頃、俺たちは森の奥地にある小さな集落に辿り着いていた。


「ここなら、帝国兵の追手も容易には来られません」


ニナが言った。銀色の狼耳が朝日に輝いている。昨夜の戦闘で彼女の右肩には浅い傷があるが、獣人の回復力は想像以上に高いようだ。もう痛みも引いているらしい。


リリアは集落の井戸から水を汲んできた。その後ろには、昨日解放した獣人たちが十数人、控えめに従っている。彼らはまだアルトの「約束」の力に怖れを抱いているのだろう。視線が常にこちらを向いている。


「本当に、ここで休んでいいんですか?」


リリアが不安そうに尋ねた。彼女の頬には煤が付いていた。昨夜、洞窟での戦闘で火を起こした時のものだろう。俺は無意識にその煤を拭ってやった。


「ああ。グレッグから冒険者ギルドの『保護領』だと聞いた場所だ。帝国兵といえども、ここまで深い森に足を踏み入れるのは躊躇するはずだ」


実は、その理由についてグレッグから詳しく聞いていない。ただ、冒険者ギルド長という男が言うのだから、多少の信頼は置ける。少なくとも、敵ではないのは確実だ。


「それでも......」


リリアの視線が、昨夜の火災で真っ黒になった空の方へ向かった。町だ。冒険者ギルドの本部がある町。


俺も見上げた。煙はもう上がっていない。火は消火されたのだろう。だが、あの白い光は何だったのか。あれは単なる炎の揺らぎではなく、明確に『何か』の意思を感じさせた。


「グレッグさんは......」


リリアが言いかけて、言葉を止めた。彼女だって知っている。あの老ギルド長がそう簡単に消えるわけがない。だが、町が燃えたことは事実だ。


「グレッグは生きている」


俺は確信を持って言った。理由は、心の中にある見えない『鎖』の感覚だ。グレッグと正式な契約を結んではいないが、数日間の接触で形成される『心の距離感知』は、確かに存在している。そしてその感覚は、『ここにいない』という状態を示していない。


あの男は、どこかで生きている。


「では、ここからどうするんですか?」


ニナが現実的な質問を投げかけた。彼女は戦闘後も精神的な疲労を見せていない。むしろ、解放された獣人たちを率いることへの責任感が、彼女を駆動させているようだ。


「まず、パーティとして正式にギルドに登録する」


俺は答えた。


「俺たちは冒険者ギルドの『配下』ではなく『パーティ』として活動する。奴隷商人ギルドは一時的に壊滅状態だが、より大きな敵が存在することは確実だ。その敵と対峙するには、ギルドの保護と、公式な身分が必要になる」


「敵?」


ニナが眉をひそめた。


「昨夜、町が燃やされたのは偶然ではない。誰かが、意図的に俺たちを追い詰めようとしている。そしてグレッグを......」


言葉を止めた。思考が絡み合っている。


グレッグは『約束の者』について何かを知っていた。二百年前の契約者について。そして、俺に『支配する力を持つ者が自由意志をどう尊重するか』という問いを投げかけた。あの老人は、単なるギルド長ではなく、何らかの『深い知識』を持つ者だった。


その男がなぜ、町を去ったのか。あるいは、誰に脅迫されたのか。


「アルト」


リリアが俺の手を握った。その感触で、俺は思考から引き戻された。


「心配してくれるな。今は、ここにいる者たちの安全を第一に考えよう」


それが、正しい判断だと思う。そう思いたい。


午後になると、集落の住人たちが俺たちの前に現れた。年老いた長老とおぼしき男が、恐る恐る接近してきた。


「あ、あなたが......冒険者ギルドの新しい契約者殿ですか?」


『契約者』という言葉を、この辺鄙な集落の住人が知っていることに驚いた。


「俺はアルト。ギルドの冒険者だ。どうしてその言葉を?」


「グレッグ殿から、『やがて新しい契約者がやってくるだろう。その者たちを匿え』とご指示いただいておりました。まさか、これほど早く現れるとは......」


長老は深く頭を下げた。


「昨夜、町に異変があったと聞きました。ご無事で何よりです」


『異変』。町が燃やされたことを、そう簡潔に言い表した。この男たちも、完全な情報を持っていないのだろう。あるいは、知りながら黙っているのか。


「それで、あの『白い光』は何だった?」


俺は直接的に尋ねた。


長老は顔色を変えた。その瞬間、彼の背後にいた青年たちが一歩後ずさった。


「あ、あれは......」


「言えない理由があるならそれでいい。ただし、グレッグからの伝言があれば教えてくれ」


俺は言った。無理強いをすれば、相手は更に警戒するだろう。グレッグという名前を出すことで、相手の緊張を多少は緩和できるはずだ。


長老は数秒間、考えるように沈黙していた。やがて、ゆっくりと口を開いた。


「グレッグ殿からは、『新しい契約者には、まだ時間がある。焦らず、ここで力をつけるといい。そして、次の契約者が現れたら、彼らとの『同盟』を模索するのだ』とのお言葉です」


『次の契約者』。


その言葉に、全身が震えた。


『複数の契約者が存在している』ということを、グレッグは既に知っていたのか。そして、その契約者たちが、やがてこの地に現れるだろうと予測していたのか。


「その『次の契約者』についてのさらなる情報は?」


「申し訳ございません。グレッグ殿のお言葉はそれまでです」


長老は申し訳なさそうに答えた。


その日の夜。


俺たちは集落の長老の家に泊まることになった。質素だが、清潔な床の間に、俺とリリア、ニナは並んで座っていた。


他の獣人たちは、隣の小屋に案内されている。彼らは俺たちの存在に対して、まだ『依存』を抱えている。その視線の重さが、俺の胸を圧迫していた。


「アルト。さっき『次の契約者』という言葉を聞いたとき、あなたの表情が変わりました」


リリアが静かに言った。


「ああ。俺たちだけが特殊な存在ではないということだ。他にも、同じ力を持つ者がいるということ」


「それは......脅威ですか?」


「わからない。ただ、複雑な状況になることは確実だ」


ニナが、その会話を無言で聞いていた。彼女の表情は判断が難しい。だが、両手を握りしめていることからすると、何らかの不安を抱いているのだろう。


「ニナ。何か感じることがあるか?」


俺が尋ねた。


「......敵の匂いがします」


ニナはゆっくりと答えた。


「町が燃やされたのは、あなたたちを潰すためではなく、別の理由があるような気がします。グレッグという老人が何かの『結界』か『契約』を張っていて、それを破壊したかった......そんな印象です」


「グレッグが?」


「昔の魔力の香りがします。古い『約束』の匂いが......」


ニナの獣人としての感覚は、俺たちの理性では捉えられない領域に届いている。昨夜の白い光も、その『古い約束』の発動だったのだろうか。


「では、グレッグは敵なのか?」


リリアが不安そうに問いかけた。


「いいえ」


ニナが即座に答えた。


「敵の匂いではありません。むしろ......味方です。だが、彼は『何らかの制約』を受けています。自由ではないのです」


『制約を受けている』。


その言葉が、胸に引っかかった。


グレッグは『支配する力を持つ者が自由意志をどう尊重するか』という問いを投げかけた。その問いは、単なる哲学的な思問ではなく、彼自身が直面している問題だったのではないか。


つまり、グレッグ自身が『何らかの約束』に縛られているということか。


「明日、ギルドに登録に行こう」


俺は言った。


「ここでどうしたのか、グレッグからの伝言があるかもしれない。そして、俺たちが『パーティ』として活動するための正式な身分が必要だ」


「でも、帝国兵は......」


リリアが心配した。


「それは、俺たちが『冒険者ギルド所属』という身分を持つことで、ある程度は回避できるはずだ。帝国といえども、ギルドに直接的な報復はできない。政治的なバランスが崩れるからな」


俺は、そう言うしかなかった。完全な確証はない。だが、この状況で動かなければ、より追い詰められるだろう。


翌朝。


俺たちは集落を出発した。目指すのは、複数の町を経由して、冒険者ギルドの本部がある町だ。正確には『本部』ではなく『支部』らしいが、ここの地域での最大規模のギルド施設である。


道中、ニナ以外の獣人たちは、人間の目を避けるため、布で耳と尻尾を隠させることにした。差別を完全に払拭することはできないが、これ以上の危険を招くわけにはいかない。


「これって、また支配じゃないですか」


ニナが呟いた。その声は、怒りというより、深い失望を含んでいた。


「そうだな」


俺は認めた。


「だから、これは一時的な手段に過ぎない。いずれ、このような欺瞞を必要としない世界を作らなければならない。俺たちの契約の力を使って」


「約束で世界を変えるんですか」


リリアが問いかけた。


「ああ。だが、それは俺一人の力ではできない。お前たちの、独立した意思と力が必要だ。お前たちが、本当に『自由』を求めるのであれば」


その言葉を発した瞬間、俺の心の中に見えない『鎖』が形成された。リリアとニナ、そして昨夜から同行している獣人たちとの間に。


その『約束の鎖』は、昨夜のような強制的なものではなく、より柔軟で、相手の意思を尊重する形態をしていた。


『約束の鎖スキル』。


それが覚醒したのだ。新しい段階へと。


複数の契約を、一つのネットワークへと統合する力。それは同時に、複数の者たちの『心の距離』を可視化し、彼らの感情的な結びつきを強化するものであった。


だが、その力もまた、もう一つの『支配』の形態に他ならないのかもしれない。


その矛盾を抱えたまま、俺たちは町へ向かった。


太陽は高く昇り、新しい日常の序幕が切って落とされようとしていた。


しかし、その日常を支配する『より大きな敵』の姿は、まだ見えていない。


ただ、遠い彼方で、何かが蠢いている。


目に見えない『約束』の力が、世界の奥底で絡み合い、揺らいでいる。

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