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「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


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第107話 グレッグの秘密

冒険者ギルド本部。


アルトが通い慣れた建物だが、今日は様子が違っていた。グレッグが私室への案内を促した時点で、すでに何かが変わろうとしていることに気づいていた。


「わざわざ呼び出して申し訳ない。シャーロット女王たちの視察も無事終わったと聞いたから、個別に話しておきたいことがあってね」


グレッグは髪を梳かしながら、いつもより疲れた表情を浮かべていた。ギルド長の仕事は多岐にわたるはずだが、ここ数年の世界の急速な変化は、一人の人間の肩にはあまりに重すぎるだろう。


「何ですか?」


私は椅子に腰を下ろした。グレッグはその対面に座り、複雑な表情で口を開く。


「君が最初にこのギルドに来た時から、私は君のことを注視していた。不思議な力を持った若い男。それ自体は珍しくない。だが、君の力は違っていた」


グレッグの言葉は静かだが、何かを隠すような慎重さがあった。


「契約という力。相手との約束を絶対に成立させ、実行させる。これは、私たちが何百年も隠してきた『システム』の一部だ」


あ、と私は息を呑んだ。


「君が知っているのは、エミリアやセリアから聞かされた『管理者』としての側面だけだろう。だが、冒険者ギルドもまた、システムの一部なのだ」


グレッグは立ち上がり、私室の奥へ歩いていった。本棚の後ろから何かを取り出す音がした。やがて彼は古い羊皮紙を何枚も抱えて戻ってきた。


「数百年前から、冒険者ギルドはシステムの『監視機関』として機能していた。契約者たちの動きを記録し、世界への影響を測定する。それが私たちの本当の役目だ」


これは知らなかった。


セリアから聞いた話では、管理者は地理的に散在し、各地で独立して活動しているはずだった。だが、冒険者ギルドが組織的にシステムを監視していたということは―――


「君は驚くだろうが、これは君たちの秘密ではなく、私たちの秘密だ。契約者たちは自分たちが観察されていることすら知らなかった。管理者たちは、より大きなシステムの『仕組み』を知っていたからね。君たちより、格上だったわけだ」


グレッグの言葉には、自分たちの秘密を長年守ってきた者特有の、重々しい疲労が満ちていた。


「では、なぜ今、それを教えてくれるんですか?」


私は直接的に問いかけた。


「エミリアが管理者の座を降りた。セリアは蘇生したが、本質的には管理者ではなく、『新しい魔力理論の創造者』だ。つまり、今の世界には、システムの『監視者』がいない。それでは困るんだ」


グレッグはテーブルの上に羊皮紙を広げた。その上には、複雑な図式が描かれていた。人名、地名、契約の記録、システム強度の測定値。すべてが整然と記録されていた。


「過去三百年の契約者たちの行動と世界への影響。君も含めてね。君の力は圧倒的だが、それゆえに危険でもある。だから、我々は記録してきた。もしも君が世界を破壊する方向に動いた場合に備えて」


ひどく冷徹な論理だ。だが、それは理解できた。


「君は相互選択という原理で、新しい世界を作ろうとしている。その試みは、少なくとも表面上は成功しているように見える。ニナの獣人自治区、リリアの商人ギルド改革、シャーロット女王の帝国改革。すべてが調和している」


「すべてが、ですか」


「ああ。だからこそ危険なんだ。君の力が強すぎて、世界が君の『望み』に無意識のうちに従っているのではないかという懸念が、我々の中にはある」


グレッグは眼を閉じた。


「セリアとの契約は特に強力だ。彼女は君のために死に、君のために蘇った。その関係が、他の者たちにも『アルトに従うことが正義』という無意識の同調圧力を生んでいないか。我々は測定に失敗した。エミリアが突然去ったからね」


言葉に詰まった。


私は自分の行動がそこまで他者を縛っているのか、まったく自覚していなかった。契約は相互的なものだと信じていた。だが、グレッグの指摘は、私の盲点を突いていた。


「だから、だ。君に監視機関を引き継いでもらいたい」


え?


「この羊皮紙と、これまでの記録システムをすべて君に預ける。君自身が、自分の力が世界にどう影響しているかを定期的に測定し、監視する。その上で、次の世代の契約者たちを育成する際に、この『監視の原理』を教えるんだ」


グレッグは私に真っすぐ眼を向けた。


「自分を信じすぎるな。人類史上もっとも強力な契約者となった君だからこそ、最も警戒深くあるべきだ。セリアやニナ、リリアたちが君に従うのは愛情からかもしれない。だが、その愛情が、無自覚の圧力になっていないか。常に自問しろ」


私は、この数ヶ月の自分の行動を思い返した。


セリアの死。彼女を蘇生させるためにシステムコアを使った判断。ニナへの支援。リリアの商人ギルド改革への助言。シャーロット女王への提案。


すべては「相互選択」の理由で説明できた。だが、グレッグの言葉を借りるなら、私の『望み』に無意識のうちに世界が従っているだけではないか、という疑いを払拭することはできない。


「わかりました。引き継ぎます」


私はそう答えた。


「良い返事だ。では、まずはこれを読め」


グレッグは最初の羊皮紙を差し出した。その上には『システム監視マニュアル・基礎編』と書かれていた。


「読みながら質問があれば、俺がいる間に答えるぞ」


グレッグは瓦版を手に取った。その表紙には『新しい世界の矛盾――獣人自治区での労働搾取問題が発覚』という見出しが載っていた。


「これも君に知ってもらいたい。ニナが獣人自治区を創立して三ヶ月。もう問題が起きている。自由というのは、同時に『悪用される自由』も含むんだ」


瓦版を受け取った時、私の心は沈んだ。


新しい世界は、美しい理想だけでは成り立たない。相互選択の名の下に、搾取も誕生する。自由の側面の一つとして、不正義も存在する。


「これからが、本当の仕事だ。アルト。君は『奴隷解放者』ではなく『世界の監視者』になるんだ」


グレッグの言葉が、重く響いた。


窓の外では、新しい世界が、その矛盾と共に生きていた。

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