その5
アッサム隊長は、ボンボン王族代表のアリスターの王子とは違って、見るからに圧倒的な騎士団の強者である。
髪も目も、ひとすじの宵闇を溶かしたような美しい黒だ。
体格もよく、よく鍛えられている。
童顔でフリルを着せられた自分とは真逆の存在だわ〜と思っている内に、ミルフィは気付いてしまった。
(な、なんか……あれ? 私のサインの『幾千万の美しき葉脈を抱く伝説の魔法獣』✝ディミロス・ドラゴン✝ のキャラクターデザインにとっても似ている気が……! わあ、そう思えば、本当にそう見える!)
アッサムは鋭い目つきのままアトリエの中を見回した。
そして部屋の隅にある一人用のチェアを引き寄せ、ドカリと腰掛けた。
長い足を組み、大儀そうに天井を見る。
そして腕を組み、切れ上がった氷の瞳でミルフィーをじっと見つめた。まるで静かな霊獣のようだ。
(わあああ! 意識すると本当に漆黒の竜って感じ! どうしよう、もし剣とか持ってたら……あああああああああ! 持ってるううう! なんだか珍しそうな大きい宝石がついた黄金の剣だわ! すごーい!)
おびえと歓喜の狭間で、ミルフィーは震える手をおさえつけるようにしてペンを握り直し、作業を再開した。
とりあえずは、自分がスパイなどではなく、魔陣作成が趣味で勉強中なのだという自分の言が真実であることを、この騎士団の隊長に伝わるようにせねばならない。
アッサムは夕方になるまでずっと、椅子に腰掛けながらじっくりとミルフィを眺めていた。
そんな生活が何日か続いた。
しかし、数日が経過した頃、ミルフィーの頭の上には、大量のクエスチョンマークが浮かんでいた。
(……ねえ、ちょっと待って。おかしくないかしら?)
アッサムは毎日、決まった時間に険しい顔でやってきて、相変わらず息を呑むほど恐ろしい顔つきで、部屋の隅からミルフィーを凝視していた。
護衛は部屋や屋敷の外に配置していて、ミルフィとは二人きりだ。
だが、何かがおかしい。
「……監視の一環だ。対象者の栄養が偏っては困る」
低い重層音のような声でそう言って差し出されたのは、バスケットだった。その中には焼きたてのふわふわパンケーキと、採れたての野菜サラダ、最高級フルーツ、蜂蜜、そしてたっぷりのミルクが入った瓶。
(めちゃくちゃ美味しそう……!)
「こ、これ、食べても?」
「貴殿はもっと栄養をとるべきだ」
「わあ」
もぐもぐっとリスのように食べているミルフィを、アッサムは監視の名の元にじっくりと眺めていた。
またある時は。
「長時間の作業で倒れられては困る。監視の対象者の健康管理も私の責務だ。今日からこれを使え」
そう言って部屋に運び込まれたのは、最高級の羽毛がぎっしり詰まったふかふかのクッションと、手触り抜群の温かいブランケットだった。
「わぁ、ふわふわ~」
幸せそうなミルフィを、アッサムは真顔で眺めていた。
さらに恐ろしいのは、ミルフィーが
「あ……黒の魔導インクあとちょっとだ……」
と、小声で呟いた翌日のことだ。
「逃亡の仕掛けを施さぬよう、資材は私が厳選したものを使わせる」
と、アッサムが言った。
ミルフィの目の前に置かれたのは、幻と言われる『100匹に1匹しか出現しないブラック・クラーケンの墨を精製した超高級魔導インク』の瓶が10本。
そして裏面に丁寧な金細工が施された『帝国皇室御用達 最高級ユニコーン皮紙』の真っ白な紙束だった。
(……いや。いやいやいや?)
さすがにおかしい。
ミルフィーはじわじわと汗をかいた。
こんなもの、幾ら払えば手に入れられるか分からない。
(も、もしかして、この人、監視にかこつけて、私をめちゃくちゃ手厚く助けてくれてない……!? というか、過保護! ユニコーンの紙なんて結婚式の宣誓書とか、国家の調印式に使うやつだよね!? 私の創作メモ帳にしたら絶対駄目なやつ!)
食事、家具、最高級の資材。
そして誰も邪魔が入らない静かな環境。
すべてが、ミルフィーが「あったらいいな」と思っていたものばかりである。
しかもアッサムは、目つきこそ怖いものの、ミルフィが陣を考えている間、呼吸を殺し、静かに見守ってくれているのだ。
「あの……アッサム様?」
ミルフィが思い切って振り返ると、椅子に座っていたアッサムは一瞬だけピクッと肩を揺らしたが、すぐにいつもの声音で返事をした。
「……何か問題でもあったか。インクの質が気に食わんのなら、別の物を手配する。それよりも上位のインクだと、火炎竜の血を精製したものになるが、黒というよりも赤っぽくなるぞ」
「いいえいいえ、火炎竜を殺さないで下さい! 最高です! 品質は!」
「そうか」
「最高すぎて緊張するといいますか……あの、これ本当に『監視』ですか? 私、助けられまくってる気がするのですが」
問い詰めると、アッサムは気まずそうにほんの少しだけ視線を逸らした。
「……勘違いするな。これは他国から入国したの貴族への最低限の支援だ」
「あのう。私、少しですが陣術できますし、何かお役に立てるなら、どこかに描きましょうか。小さな魔物なら消し飛びますし、ハエ避けとか……」
カッと目を見開いたアッサムは、
「だめだ!」
と、珍しく大きな声を出した。
「あ、ですよね。ごめんなさい、さしでがましいことを」
皇子は難しい顔で黙ってしまった。
ミルフィがしゅんとしていると、見たこともない顔をしたアッサムが、椅子から立って近付いてきた。苦い物と甘い物を同時に食べたような、複雑な顔をしている。
「……貴殿の陣には、もっとしかるべき場所があるはずだ」
真剣な瞳に自分が映っている。
それがいったいどこかは分からないけれど、この人があまり悪い人ではないというのは、ミルフィにも理解できた。
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