その4
さて、それから二月後。
大工の棟梁である父親と兄は、
「よっしゃ! 腕が鳴るぜ!」
と、送られてきた莫大な資金と最高の木材を使って、街のすぐ傍の裏通りに工房を作り上げ、そちらに住まいを移した。
巨大な工房には国中から凄まじい価値の聖遺物が持ち込まれ、父と兄はルンルンで修復しているようだ。
資金と木材の差出人はもちろん、この城を貸してくれた、ディミロスの支援者である。
『いにしえの老兵』と名乗るその支援者は、ディミロスのファンらしい。
金銭的には恵まれているので、どうか今は支援をさせて欲しいと手紙がついていた。
手紙によれば、帝国で暮らしていた『いにしえの老兵』は昨年、アリスター国を訪れる機会があったらしい。そこで、ディミロスが街に描き残した魔陣を見て衝撃を受けたらしい。
『あなたには才能がある。絶対に続けて欲しい。これからも素晴らしい創作物を残して欲しく、それが帝国の礎となり……うんぬんかんぬん』
というようなことが、羊皮紙五枚に渡って熱く語られていた。『いにしえの老兵』らしく、ミルフィがこれまでに見たことのあるどの字よりも達筆だった。
さて、ミルフィの母はといえば、なぜか街の最大手のパン屋にいたく気に入られ、そこで働くことになった。街中なので父たちの工房に寝泊まりして、日中はそこから店に通っている。ものすごく気難しいパン職人の親方と、意気投合したらしい。
そしてミルフィー自身は、謎のパトロン『いにしえの老兵』に与えられたこの城の、日当たりの良いアトリエで、大量の羊皮紙を広げ、こちらもルンルンと陣を描きまくっていた。
全てはおさまるところにおさまったのだ。
それもこれも『いにしえの老兵』のおかげである。
家族のためにと無料でこの城を貸与してもらっているが、実質今はミルフィが一人で使っている。
実は、父親の工房ができた当初、移動しようかと準備をしていたら、灰色服の執事が『いにしえの老兵』からの手紙をもって走り込んできたのだった。
それによると、「ここをぜひ、✝ディミロス✝ の魔術陣のアトリエとして使ってもらいたい。もう古いばかりの城なので、床にも壁にもいくらでも魔術陣を描いていい」とのことだった。
そんな破格の条件に飛びつかないなら、魔陣描きではない。
ミルフィは「ありがとうございます!」と平伏し、その場でラフな魔陣を描き、執事に持って行ってもらった。
羊皮紙を開けば、漆黒の竜が立体的に浮かぶ構造だ。
ディミロスの署名、そして小さな字で『幾千万の美しき葉脈を抱く伝説の魔法獣』の注釈が、キラキラと黄金色に光り輝きながら回転して現れる仕掛けになっている。
短時間で描いたわりには、結構良いできになった。
ミルフィはここ最近、ものすごく調子が良かった。
例の執事が食べ物を差し入れてくれたり、母親がやって来てパンを置いていったりと、食事に困ることは無い。
炊事や洗濯、朝夕の寝食は父親たちの工房と一緒にしているので、城は完全に魔陣作りのアトリエになっているのだ。
学院通いをしながら、周りにばれないようにびくびくしていた頃とは違う。
変な男もいない。
陰口を言う女もいない。
誰も……。
自由だ……!
「 誰にも邪魔されないで陣が描ける〜! よーし! ✝ディミロス✝の名にかけて、こうなったら国を守る守護術の完全版、作っちゃうぞ〜! 今まではベータ版だったけれど……古代帝国の陣術に負けてられないもんねー! ふふふっ」
ふりふりのワンピース(※貴族の女児用)に身を包んだ童顔の美少女は、ノリノリで陣を編み出していた。
そんな平和なある日のこと。
トントン、とミルフィのアトリエのドアがノックされた。
「はいはーい、お父様? お母様、それともお兄様――」
扉に近寄ったミルフィは、手に持っていた羽根ペンを落としそうになった。
「だっ、だれ、不審者ッ!?」
ドアの前に立っていたのは、ミルフィの家族ではなかった。
漆黒の軍服を隙なく着こなし、にょっきり伸びた木のように背が高い男だ。
そして彼は、この世の終わりかと思うほど真剣なまなざしをした、超絶美形だった。
(うっ……)
美丈夫から立ち上る、凄まじい威圧感。
冷徹そのものの、鋭い氷の刃を思わせる瞳。
これは見たことがある。
そうだ、あの橋の近く、皇居へ続く塀で……。
「あっ!」
ミルフィは思わず声をあげた。
帝国が誇る騎士団の、若き副隊長。
別名、人呼んで『終焉の黒き閃光』――この二つ名の説明がかっこよかったので覚えていたのだ。
終焉、というのが特に良い。
「アッサムだ。帝国騎士団に所属している」
と、その人は名乗った。
(ほ、本物ー! やっぱりー!)
あまりのことに、ミルフィーは思わず羊皮紙の陰に隠れた。
といっても顔の前に紙を持ってきただけなので、首から下は丸見えだ。
それほど、正常な判断能力を失っていた。
(な、なんであの終焉の黒き閃光、じゃなくてアッサム隊長がうちに!? そっくりさん!? いや、意味分からない! 男爵でもまずいけど、私、今、一般人! 庶民! まさか密入国の罪で逮捕!? それとも城への不法侵入で処刑!?)
震え上がるミルフィーに対し、アッサムは冷酷な声で、重々しく告げた。
「アリスター国の元男爵、ヴェルニ一家だな。我が国で怪しい動きをしていないか、私が直々に……『監視』に来た」
本物の覇者とはこうも圧倒的な威圧感があるのか。
アッサムは、黒い竜を思わせる鋭いまなざしで羊皮紙から顔をのぞかせたミルフィを見つめていた。
「あっあっあっあの! このお城はですね、縁あって、支援者のお優しい方がいらっしゃって、それでお借りしているだけと申しますかっ」
あわあわしているミルフィを、ちらとみやって、淡々と言った。
「把握している。この都の中で、皇族が把握していないところは一つもないからな。逮捕しに来たわけではない。監視に来たのだ。この古城は歴史的建造物で、帝国の遺産に指定されている。正当な賃料で貴殿らに明け渡されているというものの、他国のスパイなどではないと判明せねば、完全に安心はできない」
ミルフィは青ざめた。
まさかスパイと疑われているとは。
公爵家もそこまでは手を回してくれなかったらしい。
(え、タダで借りてるのって、不法な占拠って思われるんじゃ!? ばれたらもしかして、逮捕すっとばして処刑される!?)
ミルフィーの平和な引きこもり魔術陣ライフは、一気に風雲急を告げたのだった。
無料より高い物はない。
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