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7日後に異世界転移するそうです ~でも、そこは詰みかけの世界~  作者: ひつま武士
3日目

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第130話:「転移数カ月後の一幕」──快適な野営

野営の場所を探していると──

巨大な木々の根がむき出しで這う──

高さ五メートルほどの崖が立ち塞がる。


月明かりが細く差し込むと──

根の一本一本が、まるで大地の血管のように脈打つ影を落とす。


崖の上から這う根の中に、太く張り出す分かれ目があり、

その下には自然にできた窪みが“ぽっかり”と口を開けていた。


──大人が何人も雨宿りできるほどの広さ。


(「ここが良いね」)


ミコトがそう心話で伝えた瞬間、

ミカドが飛び出して、その窪みの地面を平らに整え始めた。


──地面を掻く音と、湿った土の匂いが漂う。


(「いつもありがと! ミカド」)


(「ピルピルピル♪」)


しばらくして、ミカドが満足げに胸を張ると、

ミコトはそれを合図に──


(「防虫スーツと、部屋着の入れ替えをお願い」)


すぐにアンナの柔らかい心話が、脳裏にそっと触れる。


(「はい、承知しました」)


ミコトは軽く膝を曲げ、“ピョン”と跳ぶ。

空気が僅かに震え──装備が一瞬で部屋着へと変わった。

布の肌触りが変わる感覚が、夜気の冷たさと混ざり合う。


その刹那──


ミカドが弾丸のように飛びついてきた。


──どふっ!


(ぐふっ!)


ミコトの胸元にしがみつき、ミカドは目をきらきらと輝かせる。

半日以上、ミコトの方を向けなかった反動。

これは、いつもの──

我慢していた気持ちをぶつける、愛情の儀式だった。




ミコトに抱きついたままのミカドは、

目をぎゅっと閉じ、額をミコトの胸元へぐりぐりと押しつける。

その仕草は、半日分の寂しさを一気に埋めようとする、必死さそのものだった。


ミコトはミカドの背をゆっくり撫でながら──窪みに進む。


(「小屋の取り出しよろしく〜」)


アンナの心話が、ぱっと明るい声色で返ってくる。


(「はいっ」)


ミコトは軽く“ピョン”とジャンプした。

その瞬間、空気が波紋のように揺れ──

その場に軽自動車ほどの“小屋っぽいもの”がふっと現れる。


──アンナは、ミコトが中に入るように“小屋っぽいもの”を取り出した。

──この取り出し方は、他の“収納スキル持ち”にはできない。


現れた小屋は、

窓もドアもなく、外界を完全に遮断する密閉構造。


ミコトは片手を伸ばし、

天井に固定されたLEDランタンをつけた。

白い光が広がり、内部の輪郭が浮かび上がる。


──床の半分は寝床で寝具が柔らかく盛り上がり、その足元側には小さなテーブルが置かれている。


狭いが、夜を過ごすには十分で、

虫嫌いのミコト特性の“安心快適な移動カプセルホテル”だった。


ミカドを抱いたまま、ミコトは自分に手をかざす。


(「浄汚、ついでに浄毒」)


ミコトとミカドの身体が──

ラメが散るような白い光に薄く包まれ──

続けて同じく、ラメが散るような銀色の光に包まれる。


肌に触れる空気がふわりと軽くなり、

汚れも毒素もすべて剥がれ落ちていく感覚。


(「生活スキルはホント便利だね!」)

(「トイレも要らないし、風呂も必要ない」)


ミカドは身体が綺麗になったのが嬉しくて、

ミコトの周りを“ぴょんぴょん”と跳ね回っている。


(「ミカドもコレ好きだよね〜」)


(「ウン!」)


次に、道中で採取したキノコなどを取り出し、手をかざして『浄汚』『浄毒』を施す。

清らかな光が素材の表面を滑り、森の匂いだけが残った。


(「アンナ、焼いておいた石を出して──」)


アンナは柔らかい声で応える。


(「はい、かしこまりました」)


テーブルの上に置かれた七輪のような鉢へ、赤く焼けた石がコロンと落ちる。

熱がじわりと広がり、空気が温かく揺れた。


ミコトはその上に網を乗せ、キノコを並べて焼き始める。

香ばしい匂いが小屋の中に満ちていく。


生活スキル『呼水』でカップに澄んだ水を出し、

さらに生活スキル『呼塩』で皿に塩を出して、キノコにぱらりと振りかける。


ミコトが食事を始めると、

ミカドも膝の上で魔石を“ボリボリ”と食べ始めた。




小屋の密閉性は驚くほど高く、

虫どころか空気すら入り込まない。

外の夜風は一切届かず、内部は静寂に包まれる。


そのため、アンナが定期的に空気を入れ替えている。

小屋の内部に新しい空気が流れ込むたび、わずかに温度が揺らめく。


──収納スキルに大量の空気を入れてあり、それを少しずつ使っている。


食事をしながら、ミコトの胸にふと疑問が浮かぶ。


(「この収納スキルを使った空気の入れ替えって──MP消費は収納の時と同じ?」)


アンナは落ち着いて答える。


(「いえ、MPは使わないです」)


ミコトは思わず箸を止める。


(「え!?」)


アンナは淡々と、しかし丁寧に説明を続ける。


(「収納時にMPが必要なのは、異空間に収納スペースを確保するためです」)

(「通常は“収納”と“取り出し”しかできず──取り出した際にスペースは消えますので、」)

(「収納する都度、MPが必要になるのです」)


ミコトはすぐに理解する。

光の反射で揺れるキノコの影を見つめながら、思考が滑らかに繋がる。


(「なるほど──入れ替えなら、元のスペースを無駄にしないで使いまわせると」)


アンナの声が弾む。


(「はい! その通りです」)


ミコトの変わらない“察しの良さ”が嬉しいのだ。


(「そして、入れ替えができるのは、スキルの精密操作ができるアンナだけなんだ」)

(「アンナは凄いね!」)


すると、ミカドも胸を張るように声を上げる。


(「アンナ強イ!」)


アンナの声が弾む。


(「ありがとうございます!」)


ミコトはそのやり取りを聞きながら、ふと胸の奥が温かくなる。


(有能さに対するミカドの捉え方って、すべて“イコール強さ”なんだよな)

(それは本能的な感覚なんだろうけど──とても本質的で──合理的だ)

(補助職や支援職の人達からしたら、もの凄く嬉しい価値観だね)


ミカドの頭を撫でる手が自然と優しくなり、

掌がより温かく感じられた。




寝床に仰向けになり──

胸の上にうつ伏せになったミカドを、両手でゆっくりマッサージする。


その穏やかな時間の中で、ミコトの意識は不意に過去へと沈んだ。


(……あの頃は、毎日なにかしら絡まれてたな)


──大きな街で活動していた頃、ライト属性から引きずり降ろそうとする者たちから、数々の嫌がらせを受けた。


(言いがかりとか、侮辱とか……)

(相手にすれば思うつぼだから、無視するしかなくて……)


他の冒険者がいきなり──


「ライトってことは世間知らずのボンボンなんだろ」

  「ライトってだけで調子に乗ってんじゃねーよ」

    「おいおい、一言も言い返せねーのか──臆病者が!」


──それは怒りを煽って、罵り合いへと仕向けるための罠だった。


(出会いがしらのアクシデントに見せかけて、物を壊させようとしたり……)

(アンナが『周辺把握』で察知してくれたから、すべて難を逃れられたけどね)


ある日、石畳の通りを歩いていると──


「早く早く……!」


小さな影がミコトの前へ飛び出してきた。

その手には、今にも壊れそうな薄い陶器の置物。


──子供に壊れ物を持たせて死角から走らせる──ブルー、グリーンの卑怯者たちの常套手段だった。


(ライト属性ってだけで、面倒がられたり……)


露天街を散策し、

楽しく露店を眺めていたとき──

店主の死角から誰かが棚を揺らし、脆い皿が地面に落ちて砕けた。


──犯人は影のように人混みに紛れ、姿を消す。


店主が驚き、ミコトを凝視する。

だが、隣の露店の主がすぐに声を上げてくれた。


「それ、他の人──」

「多分……よくある、ライト降ろし」


お陰で誤解はすぐに解けた。

それでも店主は渋い顔で、ため息をつく。


「あぁ……とばっちりか……」

「あんたが悪いんじゃないのは分かるけど──」

「ライトが一人でフラフラするなよ……迷惑だ……」


ミコトはミカドの背を撫でる手に、そっと力を込める。

過去の痛みが、その温もりで少しだけ溶ける気がした。




ミコトは、ミカドの頬を両手で“むにむに”と揉みながら、アンナへ意識を向ける。

ミカドは気持ちよさそうに目を細め、喉を小さく鳴らす。


(「ブルーは、直接手を出してこなかったけど……グリーンを唆してた気がするね」)

(「そして、グリーンは、少々のマイナス評価は気にしないから……」)

(「自爆的にライトを揉め事に巻き込んで──」)

(「口論にでもなれば、双方にマイナス評価がつく、と……」)


しょんぼりした声で──実際に『案内人スキル室』でうな垂れている──アンナが続ける。


(「はい……ライトは一つのマイナス評価でもブルーに落ちてしまいます」)

(「そんな“くだらないこと”が日常的に行われていたとは……想定外でした……」)

(「フィアナ様が苦心して整えた『善悪評定』への冒涜です……」)


ミコトは目を閉じているミカドの背を、ゆっくり撫でる。


(「もし──ミカドを悪く言われたら、我慢できなかったかも」)

(「ただ、従魔に対する害意って──めちゃめちゃペナルティ厳しいんだよね」)


元気のないまま答えるアンナ。


(「はい、従魔は一つの生を終えた後にまで、主を守ろうとする崇高な存在です」)

(「そして、本来は言葉を話せませんので、保護のために厳しくなっています」)


ミコトは一つ息を吐き、気持ちを切り替える。


(「うん、お陰で助かったよ」)

(「そして、今後はライト属性も保護されるように──」)

(「揉め事にライト属性が関わっている場合は、嫌がらせが原因か確認してくれるんだよね」)


アンナの声がぱっと明るくなる。


(「はい!」)

(「ミコトさんの行動によって、大きな問題が炙り出されました!」)

(「ありがとうございます!」)


ミコトはふっと微笑む。


(「いえいえ」)


その瞬間、脳裏に露店の店主の声が蘇る。


「ライトが一人でフラフラするなよ……迷惑だ……」

「面倒が起きないよう、護衛ぐらい連れておいてくれ……」


確かに──

勇者なら“勇者一行”を引き連れ、街中なら“衛兵”と共に歩く。

自分が正体を明かして行動していれば、避けられた事態だった。


それは悪いと思う。

けれど──


勇者の肩書を外して、ルナティアの“生の社会”を感じ取りたかった。


(とばっちりを受けた人にはホントごめんだけど……)

(その考えは間違いではなかったよ)

(これでライト属性が生きやすくなって──今後は増えて行くはず)


ミコトの胸に静かな確信が灯った。




夜が明け──

窓も扉もない“小屋っぽいもの”を収納すると──

ミカドが平らにした地面と、静寂だけが残った。


──差し込む朝日はか細く、森の空気はひんやりと澄んでいる。


ミコトは、“宇宙服のような重厚な防虫スーツ”へと着替え、

ミカドは、いつものように振り返らず、黙々と前を進む。


すると──


ミカドがぴたりと立ち止まった。

耳がぴんと立ち、小刻みに動く。


(「……音ガスル」)

(「コッチニ、向カッテクル」)


ミコトは息を潜めた。

神経が張り詰め、空気すら止まったように感じられる。


1分ほどが経ち、

アンナの『周辺把握』に、その影が侵入する。


──ゴブリン、ホブゴブリンと思われる反応が30体。


だが、その気配はどこか異質だった。

動きに無駄がなく、統率された歩調を感じる。


──それは、“魔物氾濫スタンピード”に偽装した魔族軍の小隊だった。


朝を迎えても薄暗い森が、否応なく戦いの気配を滲ませていく。

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