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7日後に異世界転移するそうです ~でも、そこは詰みかけの世界~  作者: ひつま武士
3日目

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第129話:「転移数カ月後の一幕」──従魔は振り返らない

~時は進み──ミコトがルナティアに転移してしばらく経った頃──その一幕~

深い森の奥へと、

ミコト、アンナ、ミカドの一行は静かに進んでいた。


──アンナは『案内人スキル』のため、その場に実体はない。


頭上では木々が幾重にも枝を重ね、

昼間だというのに光はほとんど地面に届かない。


薄闇の中、湿った空気がまとわりつく。


先頭を歩くミカドは、一度も振り返らない。

ふさふさな背中が、草を押し分けながら黙々と進む。


(「…………」)


その沈黙は、森の静けさと同じ重さを持っていた。


眼下の茂みは膝より高く、

踏みしめるたびにしっとりとした感触が靴底に残る。


鳥の声もなく、風もほとんど流れない。

ただ、茂みの奥から漂う土の匂いだけが──ゆっくりと肺に満ちていく。


ミコトは、ミカドから少し距離を置いて歩いていた。


(「…………」)


それは──仲違いしているわけではない。

ミカドが“見たくないもの”を見ないようにと、

ぐいぐい歩を進めるため、自然と距離が開いてしまうのだ。


ミコトの身体を覆うのは──重厚な防虫スーツ。


それは、まるで宇宙服のように物々しく、

全身を隙間なく覆い尽くす、ダニ一匹すら通さない密閉構造。


顔の部分が特に宇宙服のようで、

すっぽりと細かな網で覆われ、光を受けるたびに鈍く反射する。


(「かなり蒸し暑いけど──」)

(「生活スキル『浄汚』で一瞬でサッパリするから助かる」)


──スキルの消費MPは、すぐに回復する程度のため問題はない。


しかし──ミカドは、この防虫スーツがどうしても苦手だった。


森の薄闇の中、

二人の距離だけが、

静かに、確かに揺れていた。




ミコトは、重厚な防虫スーツを傷つけないよう慎重に歩く。

宇宙服のような頭部の網越しに、薄暗い森の光が揺れる。


(「ミカド~」)


先頭を歩くもふもふな背中が、ぴくりと揺れた。


(「チュ?」)


(「もしかして怒ってる?」)


(「怒ッテ、ナイナイ」)


返事はしてくれる。

けれど、やっぱり振り返らない。


(「ぜんぜんこっち見ないじゃん?」)


(「……」)

(「見タラ終ワリ……」)


その言葉に、網の奥で口元がゆるむ。


(「ミカドちゃ~ん、こっち向いて~」)


(「向カナイ!」)


(「ねーねー」)


(「ブギュ!」)

(「見タラ終ワリ……無理ッ!」)


ミカドの無言の背中は、

草をかき分けて前へ前へと進む。


ミコトは、そんな反応が可愛くて仕方なく、

ついからかってしまう。


(「でも──」)


歩きながら、ふっと息を漏らす。


(「この状態でも、こうやって会話できるのは良いね」)


(「ウン!」)


──ミコトとミカドは、アンナの能力『心話』によって、テレパシーのように頭の中で会話ができる。


『心話』が、二人の距離をいとも簡単に埋めてくれる。


そんな時だった──


ミコトの肩に、

上から“コトリ”と何かが落ちてきた。


薄暗い森の光の中、

小さな影がスーツの肩で跳ねる。


だがミコトは、まったく動じない。

その影を払うことすらしない。


虫が苦手な人は結局のところ──ソレが“身体に触れる”のが嫌なのだ。


完全密閉のスーツ越しなら、

その嫌悪の根が断たれる。


(「……ふぅ」)


ミコトは静かに息をつき──

取り乱すことなく、落ち着いたまま歩みを続けた。




そんな二人の他愛無いやり取りの中に、

少し申し訳なさそうな気配が、

森の湿った空気の中でふわりと揺れた。


アンナの心話が、そっと届く。


(「ミコトさん、例の『ライト属性』への嫌がらせの件ですが──」)


ミコトは頭上に垂れ下がる枝を、

左手で静かに押しのけながら歩を進める。


(「おっ、なにか進展あった?」)


──異世界ルナティアには、日頃の言動を評価する『善悪評定』システムが存在する。

──すべての人類は“善悪の属性”をステータスとして持ち、

──ライト、ブルー、グリーン、レッド、ダーク──と、五つの色に分類されている。


アンナは、少し息を整えるように間を置いて続けた。


(「はい、『ライト属性』への嫌がらせを意図した言動に対しては、」)

(「ペナルティの『マイナス評価』が強化されることになりました」)


ミコトは小さく頷く。

防虫スーツの肩がわずかに揺れた。


(「なるほど、少しは抑止力になるかも」)

(「今だと、嫌がらせに腹を立てた方も、“どっちもどっち論”で同じペナルティみたいだからね」)

(「でも、それと併せて──ライト属性への救済措置も欲しいな」)


アンナが一瞬だけ黙る。

考える時の、あの静かな気配。


(「救済措置ですか……?」)


(「うん、もしマイナス評価になるような言動でも──」)

(「嫌がらせが原因だった場合は許される、のような」)


アンナの心話が少し明るくなる。


(「なるほどです──」)

(「すぐに提言します!」)


そのアンナのいつもの素直さに、ミコトは思わず口元を緩めた。


(「ありがとう、よろしく!」)


(「はい!」)


こういったやり取りは、歴代の勇者でも──

アンナこと『案内人スキル』と密に接していれば可能だった。


もしそうしていれば、

もっと早く、もっと多くのライト属性が、

理不尽な思いから救われていたかもしれない。




巨木の根が大きく盛り上がった場所で、

ミコトは足を止め、腰を下ろした。


草が擦れる音と、

湿った土の匂いが漂う。


腰のあたりまで茂みに埋もれるが、

重厚な防虫スーツのおかげで不快感は一切ない。


──もし、危険な生き物が潜んでいても、

アンナの能力『周辺把握』で“半径100メートル”以内はすべて分かる。

深い茂みの中でも、ミコトは安心して息をつけた。


少し先では、ミカドが背中を向けたまま丸くなっていた。

振り返る気配はない。


やがて立ち上がり、

スーツの足に付いた草を軽く払う。


(「休憩終わり~お待たせ!」)


(「ハーイ」)


ミカドは疲れ知らずの足取りで、

また振り向きもせずに歩き出す。

草を押し分ける音だけが、森に細く響く。


(「しかし──」)


ミコトは湿った空気を吸い込みながら続ける。


(「ライト属性の足を引っ張ろうとする人が──意外なほどいたよね」)


その言葉に、

アンナの心話が弱々しく震えた。


(「はい……申し訳ありません……」)

(「一般の生活に、あのような問題があるとは……認識していませんでした」)


ミコトは慌てて、防虫スーツのむっくりした手を横に振る。


(「いやいや、アンナが悪いわけじゃないから」)


(「はい……」)


アンナの声はどこか沈んでいた。


ミコトは歩きながら、

過去の記憶が胸の奥で静かに揺れるのを感じる。


──ミコトは大きな街で活動していた頃、ライト属性というだけで多くの嫌がらせを受けた。


ブルー属性、グリーン属性の中には、

ライト属性に強い嫉妬心を抱く者が多くいる。


神官や名家のように守られているライトなら諦めるが──

それが一般の者であれば──

なんとしてでも引きずり落とそうとしてくる。


(……だから、ライトでしか使えないスキルは……)


用心深いミコトは、

もしブルーに落ちても致命的にならないよう、ライト専用スキルを避けている。


だが、ライト属性には──“本人が承諾しなければ、鑑定されない”──という、大きな特典もある。


ミコトは、自分のステータスに──

“でーん”と構える『転移勇者』の『称号』を隠して行動したかった。


そのためには、

ライトで居続ける必要があった。




そんな生活に辟易としていたミコトは、

ひとつの結論へと辿り着いた。


(人と関わるからマイナス評価がつくんだよ……)

(つまり──人のいないところに行けば大丈夫)


だから──

ミコトは森で暮らすことを選んだ。


(アンナとミカドが一緒だから大丈夫!)


そう確信できた。


だが、ただ暮らすだけでは、

“怠惰”のマイナス評価がついてしまう可能性があるため、

森で魔物を狩り、日々の行動を積み重ねている。


そして、ミコトは転移前から考えていた方針に沿って動き出す。


(「このまま魔族領にまで足を延ばして──色々と偵察しよう」)

(「先代の十代目勇者のように!」)


アンナとミカドが、力強く同意する。


(「はい!」)


(「オウ!」)


本来、人にとって森より人里の方が、言うまでもなく安全だ。

異世界転移の物語でも、

“まずは人里へ向かう”のが鉄則。


だが──

ミコトにとっては違っていた。


アンナの『周辺把握』があれば、

半径100メートル以内の危険はすべて分かる。


そして何より、

森林では──ミカドが無敵だった。


──生まれながらの俊敏さ、

──敵の大きさに合わせて変化するスキル、

──高速思考スキル、

それらが絶妙に噛み合い、

どんな敵でも立体機動で翻弄し、仕留めることができる。


唯一苦手なのは、小さく数の多い相手だが、

それはミコトが現代知識で対処できた。


人里より森の方が安全──そんな異世界生活があるなんて、誰が想像できただろうか。


薄暗い森の中、

ミコト一行の歩みだけが息づいていた。




かなり歩いたところで、

ミコトは本日何度目かの『浄汚』を発動した。

スーツの内側にこもった湿気が、ふっと消えていく。


(「また少し休憩お願い~」)


(「ハーイ」)


ミカドは素直に立ち止まる。

だが──やはり振り向かない。

可愛い背中は、草に沈んだまま拒絶を告げる。


ミカドが防虫スーツを苦手なのは、

気味が悪いからでも、怖いからでもない。


見たら──笑いが止まらなくなるから嫌なのだ。


──もともと面白みのある見た目なのもあるが、特に最初がいけなかった。

──ルナティアに転移した初日、森で夜を越すことになったミコトは、防虫スーツに着替えることにした。


(「アンナ、防虫スーツを収納スキルから出して」)


(「はい、承知しました」)

(「もしよろしければ、取り出す際に“身に着ける”ことも可能ですよ」)


ミコトの声が弾む。


(「おぉ! そんなことできるんだね!」)

(「助かるよ、お願い~」)


過去に勇者の世話をほとんどできなかったアンナも、嬉しくて声を弾ませた。


(「はい!」)

(「では、少しジャンプしてください」)


(「足が地面についてるとやりにくいってことかな?」)


(「はい、その通りです!」)


(「了解! じゃあ──」)


ミコトは軽く膝を曲げ──“ピョン”と跳ねた。

その瞬間だった。


──ミカドはそれを真正面で見ていた。

──ミカドは、他にやることがない時は、常にミコトを見つめている。


そのため、跳ねたミコトの姿が──

一瞬で“宇宙服のような重厚な防虫スーツ”に変わった光景を──

真正面から受け止めてしまった。


その衝撃はあまりにも強烈で──ミカドは笑いが止まらなくなった。

転げまわり──毛並みがボロボロになり──

一夜明けるまで笑っていた。


それ以来、ミカドは防虫スーツを視界に入れると──その瞬間が鮮明に蘇る。


そして──

今はもっと状況が悪い。


長い森の生活で防虫スーツはあちこち傷み、

そのたびにミコトは、用意していた“銀色のアルミテープ”で×印に補強する。


それが──右頭部──右肩──左脇──右膝──の四箇所にあり、

なんとも言えない“わびしい雰囲気”が滲み出ていて──

さらに笑いを誘うのだ。


だから、ミカドは絶対にミコトの方を見ない。


今日も──

前だけを見て黙々と歩いている。

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