解呪の指輪
「魔王さま、ご要望の品でございます」
台座の上に載せられた白い絹の埃避けの布を取り払うと、メビウスの輪のようなひねりを掛けられた聖銀の洗練された指輪がシャンデリアの明かりを受けて煌めいた。
「おお! これほど見事な細工はみたこともないぞ! さすがは腕利きの名工だな!」
「ありがたきお言葉」
片膝をつくシュトロイムに宰相サーシャはすっと黒の長方形の盆を持って現れた。漆黒の盆の上にはきらりと深紅に輝く飾り勲章が金の刺繍糸で丁寧に縁どられており、裏側にはシュトロイムの名前いりだ。
「またひとつおぬしの胸を彩る輝きが増えたな。誇りに思うぞ」
にかっと笑う魔王さまにシュトロイムは心を震わせた。彼女の統治はほぼ褒美がわりの勲章によって成り立っていた。血を流し土地を争うかわりに名誉によって治世を敷いていたのだ。この勲章は魔王が認めた証であるとともに、込められた魔王ルージュの強い魔力によって持ち主の身を守るという実用も兼ねていた。勲章の数を増やすというのはその実わかりやすい強さを示している。
「ではドロシーよろしく頼む」
にかっと笑う魔王さまに声をかけられてドロシーは喜び打ちひしがれた。こほんと照れ隠しの空咳をして解呪の祝詞を唱える。
「イア・ダ・イエーダ・ル・コーア……」
長い祝詞が発動し、解呪のリングが輝いた!
「すごいな……」
王子ルーズベルドは光り輝く指輪にくぎ付けになって魅入っていた。そして顔をあげて愕然とする。
「ああ、さすがはドロシーだな」(アルト声)
気持ち低くなったかな程度のアルト声で、美麗な黒髪の魔王(男)が腕を組み、少し伸びたかなという背で仁王立ちしていた。恐ろしいほどに美しい。王子ルーズベルドはイケメンとして完全に負けた。隣に並ぶのもおそれおおいほどの美形だ。これは……魔王。
「はああ……かっこいい……」
ドロシーは腰が抜けたようにへたり込んでいた。目の保養だ。これでさらに魅了もちの魔王さまだ。破壊力は無限大だった。
すっと宰相サーシャが新しい勲章を盆にのせて持ってきてはこの沼地の善きシャーマンドロシーのグリーンのドレスの胸元に勲章を飾った。きらりとシャンデリアに反射して光る織り込まれた金糸と女性のために可憐にデザインされた赤の花の形は手作りで、魔王さまのお手製だ。
「わたし……ここではたらきますう」
ドロシーはへたりこんだまま鼻声でハンカチを口元にあてて感極まっている。彼女は呪詛をかけて日銭を稼ぐ毎日に心をすり減らして生きてきたのだ。こんなささやかな心配りですら胸に響いた。
勇者ルーズベルドは早くも増えた城の人員に信じられない思いでいっぱいだった。初日に告白したルーズベルドも人のことをとやかくはいえないのだが。
魔王ルージュ(男)は床に腰を落としたままのドロシーの手を引いて優しく立ち上がらせた。
「せっかくのドレスがよごれてしまうぞ」(低アルト声)
「きゃーー!」
目の前で繰り広げられるこの異様なほどの光景に魔王城の臣下は一切動じていなかった。
これが魔王さまの日常だったのだ!
「ではルー。手をだしたまえ」
イケメン魔王さまはにかっと笑って勇者ルーズベルドの左の薬指に解呪の指輪をはめた。完全に新郎側の動きだ。
「あ、ああ」
同意しながらルーズベルドは右手で胸をおさえた。
(おちつけ、俺!! こいつは今男だ!!)
高鳴る胸を抑えていた。
「よし、これで大丈夫だ」
魔王さまの言葉にはっと顔をあげると、魔王さまの深紅の瞳の魅了の紋は勇者ルーズベルドに発動しなかった。
目の前には、ただこの世のものではないほど恐ろしいくらいに美形な黒髪の王子様がまぶしい笑顔で立っていた。その手は誇らしげに揃いの指輪を見せつけている。シュトロイムの気遣いで魔王さまの指輪にはメッキが施されており、聖銀の力は魔王さまを傷つけてはいなかった。
「うああああああ!!!!! す、すきだ!!!」
うっかり条件反射が口をついて出る。もうすっかり体にしみついていた。
「では、いくか」
やっぱりなにも頓着しない魔王さまは勇者ルーズベルドの奇声など気にもとめなかった。
「行くってどこにだよ!!」
照れ隠しに服の首元を引き上げて勇者ルーズベルドは叫んだ。先ほどの大声を大声でうやむやにする考えだ。
「どこって きまっておるだろう」
魔王さまは腕を組んでむんと仁王立ちだ。
「おぬしにこんなに呪いをかけた王家にお礼参りだ」
さらっと不穏な言葉をいいきった魔王さまに勇者ルーズベルドは唖然とする。
(そうだった。こいつ、魔王だった)




