迷いの霧
(は??? じゃあカイだと思っていたこの前の影は一体なんなんだ!??)
サーシャ、ルージュを抱いたカイ、ルーズベルドの順で一列に歩いていたはずだった。
ルーズベルドが目の前の影に手を伸ばすと、影はふっと消えてなくなった。
(しまった!!! 霧のまぼろしだ!!)
周囲をあわててふり向くが、まっしろな霧につつまれて影も形もない。
「ルージュ様!!」
再びカイの悲鳴が響く。ルーズベルドは声のする方向に向かって走り出した。
遠くでカイの悲鳴が聞こえる。
「惑わされませんよう、あれは幻聴です」
カイはルージュに声を掛ける。
「そりゃあまあ、カイはここにいるからのう」
カイの腕の中で魔王さまは目をぱちくりさせた。
「のう、サーシャ」
目の前を歩いているサーシャに声を掛ける。もう影しか見えないが、きっとそこにいるのだろう。
「だんまりか? 珍しいのう」
魔王さまが手を伸ばすと、サーシャだと思っていた影はふっと消えた。
代わりにツタのようなものが巻き付いて魔王ルージュを宙ずりにしてひっさらっていく。
「ルージュ様!!」
カイは叫んだ!
霧の深いこの沼地で四人は分断されてしまったのだ。
サーシャはずんずんと先頭を歩いていた。時折後ろを振り返るが、カイと魔王さまと思われる影は一定の速度でついてきている。サーシャが立ち止まると影も立ち止まる。
「……そろそろ姿を現したらどうですか? 西の悪しき魔女、沼地のシャーマンドロシーよ」
振り向いたままカイの影に向かってサーシャが声をかけると、ざっと霧が裂けて、カイの影は女性の姿を形どって現れた。
女性の髪は赤く、おさげに結んで腰まで垂らしている。
その碧の瞳は、大きめの眼鏡の奥で不満げにすがめられた。
さすがは魔王城きっての参謀サーシャ、この手の搦め手にはひっかからなかった。彼は勘がいいのだ。そしてよく切れる頭はこの霧が何者かによって作られ、犯人は現場に戻るという心理までついてみせた。自分なら一番抜け目ない人物を見張るだろうというサーシャの目論見は見事に当たったのだ。
「そんな昔の通り名で呼ばないでくださいな。わたし今は西の善きシャーマンで通ってますの」
ドロシーはそのカーキー色のドレスに白地のフリル付きエプロンを重ねた姿で綺麗にカーテシーをしてみせた。
「ようこそ【かしこきひと】わたしの名前を当てたのは貴方が一番乗りですわ」
「ふん、随分と想像よりも小娘ですね。代替わりでもしましたか?」
「ええ、一年目のひよっこですわ」
ドロシーは眼鏡をはずして息を吹きかけるとやわらかいハンカチをポケットから取り出して拭いた。
「そのひよっこの幻惑にまんまとひっかかった三人がいますけど」
再び眼鏡を掛けなおしたドロシーの言葉にサーシャは冷たい視線を送る。
「善きシャーマンとは到底思えない所業ですね」
「いいえ、これはつまるところ試練ですわ。だれでもかれでも手を貸していたのではわたしの身体が悲鳴をあげてしまいますの」
ドロシーは銀の靴を脱いで霧の向こうへ向かって放り投げた。
「なにをして……」
サーシャの胡乱げな視線がドロシーの足元に向くとそこには沼地はなくなっており、裸足のドロシーが芝生の上に立っていた。
驚いて周りを見回すと辺りを覆いつくすほどの白い霧は消え、穏やかな木漏れ日のかかる森の中だ。
「なるほど、幻惑ですか」
「ええと、それでは貴方には【ひとのこころ】とやらを贈ったらいいんでしょうか」
おどけるように目をまわしてドロシーは布袋をごそごそした。西の善き魔女の童話にかけているのだろう。彼女は冗談をいう余裕を持ち合わせているらしい。
「いいえ、結構ですよ。その【ひとのこころ】とやらそのまま貴方にお返ししますからぜひ善きシャーマンになってくださいね」
サーシャは冷たい瞳を向けながら腕を組んでイラつきを隠し切れない。彼は魔王ルージュのことが気が気でなかった。あのおおらかな我らが主はいつまでも霧の中で気にせずに……普通に元気で暮らしていけそうだった。出てこられるんだろうか……。
「あら」
ドロシーは口元に手をあてた。
「わたしの投げた良心(銀の靴)見えませんでした?」
…………
「ルージュ!!」
勇者ルーズベルドは力の限り走り、そして腰元の聖剣で迷いの霧をぶった切った。
もやが晴れ、目に入ったのは巨大な触手植物に魔王ルージュが宙ずりにされている場面だった。
「くそっ」
しゅうしゅうと腐食液をまき散らしながらのたうち回る根っこの攻撃を避け、花弁を踏み台に大きく跳躍すると空高くもちあがっている触手を聖剣で切り裂いた。
「うおおおおおおお!!!!」
十文字の太刀筋の残像が光り、ルージュを両腕で抱えて着地した勇者ルーズベルドはまさしく勇者だった。
「大丈夫か!? ルージュ!!」
霧の幻惑の術が切れ、腕の中にいる人物を見て勇者ルーズベルドの目が点になる。
補足:ここにでてくる【ひとのこころ】は童話「オズの魔法つかい」のパロディです。




