近づく距離
勇者ルーズベルドは不覚にも床ドンしている現在の状況に鼓動が速くなった。
「うむ、サーシャとカイも自分の身ぐらいは守れるだろうからな、安心したまえ」
にかっと笑うルージュはこの期におよんでも危機感ゼロの声音だ。
(あああ、この状態では俺が一番大丈夫ではない……!!)
このままこの体勢ではルーズベルドの理性が飛びそうだった。
「うーむ、助けてやりたいのはやまやまだが、カイの言う通りもう魔力が枯渇していてな。しばらく使えそうにない」
らしくなくシュンとする魔王さまに勇者ルーズベルドの庇護欲が掻き立てられた。
「ああ、俺が守ってやる」
「この体勢はどうみても襲われてるようにしかみえないがの」
魔王ルージュはころころと笑った。二人の周囲は隙間なく岩で囲まれており体勢を変えることは不可能だった。
「この瓦礫の山ではしばらくサーシャとカイも難儀するじゃろうな。視界が悪すぎるし大規模な魔術は人間の地では使えまい。暇つぶしに昔話でもするか」
ルージュはふっと目を閉じてまるで懐かしむかのように物語を紡いだ。その声は穏やかで、まるで寝かしつけに絵本を読む母親のような声音だ。ゆっくりと紡がれる物語にルーズベルドの青の瞳は見開いた。
…………
我の父様は好戦的な戦闘狂であった。戦いに生き、戦いでその命を散らせた。
人間の村をいくつも攻め入った報いなのであろうな、当代の勇者に返り討ちにされたよ。
魔王城にほとんどいないものだから我にはもうどんな顔だったかも知らない。
母様はいつも寂しそうにしておいでだった。母様はたおやかで物静かな雪女だった。
母様は子育ては苦手だったらしい。我は魔王城でほぼ相手にされていなかったよ。
我は一人は苦ではなかったからな、別に平気だった。
父様が帰ってこなくても、母様が父様しか見ていなくても。
けれど、父様が勇者に討たれて、二度と戻らなくなってしまったとき。母様は狂ってしまわれた。
母様の性質は荒れ狂う冬の海のように激しかった。
父様を討った勇者に復讐すべく人間の国に単身で乗り込んで城を氷漬けにした。
そして捕らえられて、火あぶりにされたと……風の噂できいたよ。
王位継承権が移ってきて城の者たちは手のひらを返したかのように、あれだけ放置していた我を担ぎ上げるようになった。
そして我は鏡を見て気がついたんだ。
王位継承権とともに父様の魅了の紋まで引き継いだのだと。
…………
再び開かれた魔王ルージュの深紅の瞳は恐ろしいほどにまっすぐと勇者ルーズベルドの瞳を射貫いていた。その見通すかのような視線にルーズベルドは身体を強張らせる。
「わかるか? ルーズベルド。……お前だけは我に魅了されてはならないのだ」
残酷なほどに妖しく煌めくその瞳に、ルーズベルドは息を呑んだ。魔王ルージュは解呪の指輪を探し求める彼女なりの理由を彼に伝えたつもりであった。しかし、彼にとっては違う意味に受け取られていたのだ。
ガンガンガン
岩を砕く音が聞こえ小さく横穴が開いた。
「魔王さま! どちらにおいでですか!」
サーシャの必死な声が聞こえる。
「おお! 思ったより早いのう! ここじゃ!」
いつものあっけらかんとした声で、魔王さまは勇者ルーズベルドの下から声をだした。見ればいつもの屈託のないあっけらかんとした表情だ。勇者ルーズベルドの腕の力が抜ける。
「ああ! よくぞご無事で……」
横穴をひろげサーシャが目にしたのは、魔王ルージュの上に覆いかぶさる勇者ルーズベルドの姿だった!!!




