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勇者の記憶


…………


 曇天の空は涙を流すかのように雨を降り注いでいた。

 荒野を駆ける白猫おれは魔王城の前でその身体を振るって水しぶきを払う。

 俊敏な動きで細いダクト(配管)の中に忍び込み、通気口をつたって魔王城を上へ上へとつたっていく。


 ちらり、格子の換気口の隙間から下の廊下の様子をうかがうと、見張りの魔物たちがのんきにおしゃべりに興じている。


「はあ、今日も魔王さままじ天使……じゃなかった、まじ魔王さま! はあ~もっと階級あげて直属部隊にはいりてえ」


「勲章を地道に集めるしかねえよなあ。俺たちみたいなしがない一般兵じゃあ姿を拝める機会なんて朝礼ぐらいだろう。なんてったってあの束縛宰相が玉座から一歩も出さないらしいぜ」


「魔王さまかわいそう! これじゃ軟禁だ」


「どっちかというと監禁だろ。飯もトイレも監視付きだぜ」


 白猫おれは白い尾でバランスを取りながら細いダクトの中を走った。


(俺の使命は、魔王を倒して我が国エルダーシアに安心と安全をもたらすこと)


 王国エルダーシアは魔王の国の隣国に位置し、流れ来る魔物に頭を悩まし、誰一人生きて帰ってくることのない魔王城に恐怖して日々を過ごしていた。


『ルー、お前は勇者の適性がある。国を救うために旅立て』


 王太子ハリエルはその青の瞳をまっすぐにおれに向けた。


『お前のために魔王を倒すのに最適な装備をすべてそろえておいた。この国でこれ以上の性能の装備はない。これで倒せないことはないだろう』


 王太子ハリエルは有能な王の資質をもっていた。まったく私情を挟まない采配、肉を切らせて骨を断つ戦術を顔色ひとつ変えずやってのける。すべてに対して温度のない合理的な思想。


(なにごとにも揺るがないその強さに俺は憧れた)


『健闘を祈る』


(俺は旅を続けて気づいた。この装備はすべて呪われているのだと。そしてその真価が発揮されるのは俺が魔王に討たれたときだ)


 この呪いの品は討った相手にすべてそのまま呪いを付与する。


(勝っても負けても魔王に打撃を与える。兄様らしい戦術だ)


 俺は行きの燃料だけつんだ片道切符の爆弾を抱えた特攻だった。

 相打ちでもいいと思っていた。


(兄様には王になる方だ。弟の俺が忠誠を誓わなくてどうする)


 俺は猫の姿で駆け抜けた。走って走って見張りの股の間をくぐり王座の大扉をすり抜けた。


(くそ、猫化は解けないか。せめて爪痕でものこしてここで果ててやる!)


 くりだした右フックは届かなかった。


いやつめ』


 俺は顔を背けていた。ふわりと香る甘いかおりに俺のしっぽは揺れた。


(くそ……この駄しっぽが!!)


 しっぽがあることをこれほど憎く思ったことはない。

 ふにと胸の感触があたり、俺の意識を奪ってくる。


(く……俺は屈しないぞ!!)


 柔らかな指が首の下のいいところをくすぐり俺は悶えた。


(猫のくびのしたをくすぐるな!!)


 俺は必死に顔を背けた。ときめきで心臓がうるさい。


 見たらだめだ。きっと俺の呪いが発動する。



『す、すきだ! 結婚してくれ!』



 俺は最後まであいつの目を見なかった。


 そんなこと今更いいわけにもならないだろうがな。



…………



「おおー! 王都が見えてきたな!」


 魔王さまは声をあげた。遠くに小さく王都エルダーシアが見える。

 勇者の心に郷愁の想いが浮かんだ。


(つい数日前に発ったばかりだというのに)


 王都エルダーシアは高い強固な塀に囲まれていた。その唯一の出入り口は関所となっており厳しい入国検査を課せられる。

  

「ふむ、正面突破は難しそうじゃな」


 魔王さまはあごもとに手をやって首をひねった。


「塀を飛び越えましょう」


 涼しい顔でワーウルフのカイが答える。


「まて、ただの塀なわけないだろうが」


 王子ルーズベルドは声をあげた。


「あの塀の上空も見えてないだけで魔法壁がぐるりと取り囲んでいる」


「おやおや流石さすがは王子様、内部の事情に詳しいようで」


 サーシャが魔王ルージュを抱き抱えながらふんと鼻をならした。


「ふむ、となると門をくぐるしかないのか。幻惑で商人にでもなればなんとかなるのかのう」


 魔王さまは頭をひねった。


「俺は猫になれば入れるが、商人にも厳しい入国検査がある」


 ルーズベルドも首をひねる。


「おお! 猫か! みんなで猫になるか!」


 魔王さまは瞳を輝かせた。


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