満月の夜
「ああ、今日は満月か。見通しがよくていいな」
先を歩く魔王ルージュがくるりと振り向いてにかっと笑った。その両手には重ねられた皿が積みあがっており、やわらかな月の光が彼女の漆黒の髪を照らす。
「ん、そうだな」
川辺で流水に皿をすすぎながら勇者ルーズベルドは胸がどきどきしていた。
「ふふ、おぬしは変なやつだな。初めて会ったときは他のやつらと同じかと思ったがどうも違う。まるで魅了の紋が効いていないのかとすら思うことがあるよ」
ころころと笑う横顔はまるで屈託のない少女のようだ。
「カイもそうだろうがっ」
ルーズベルドは皿をすすぎながら口を尖らせた。
「カイか? 奴は魅了耐性100あるからな。まあ効いていないだろうさ」
ルージュはへたな鼻歌を歌いながら皿をすすいでは重ねていく。
すっと顔をルーズベルドの方へ向けた。
その深紅の瞳がルーズベルドの青の瞳を見つめる。
「お前も勇者ならば魅了耐性くらい整えてきたのではないか?」
ルージュの魅了の紋が瞳孔に現れた。
「……っ、俺は」
耐えきれずルーズベルドの顔はぐるんと空の方を向いた。夜空に浮かぶ大きな満月が目に入る。
(しまった……)
満月だときいてから目に入れないように極力気を配っていたのだというのに。
勇者の銀のバングルの呪いが発動する。
ルーズベルドの金髪は根元から白い色に変わり、その頭には白いワーウルフの耳が生えた。青の瞳はガラスのように白い瞳に変化する。
「ふむ、また呪いか」
ルージュはあごに右手を添えて冷静に分析した。
どうやら満月を目に入れるとワーウルフになる呪いらしい。
「カイとおそろいじゃな」
カラカラと笑った魔王ルージュの肩を押してワーウルフになったルーズベルドはその顔を近づける。
とん、草の上に押し倒されてルージュはその深紅の瞳を挑戦的に煌めかせた。
「ほう、衝動性も増すと?」
「ああ……まあ、そうだ」
くっと顔を伏せてルーズベルドは唸った。ルージュを地面に縫い付けてぴくりとも動かない。ふるふると震えている様子からかなり自分を抑えているようだ。
「そんなことをいっていたら年中ワーウルフのカイはどうしたらいいのだ。こらえたまえ」
ルージュはあっけらかんと笑って言った。
「で? 魅了は解けたかの?」
「俺は魅了耐性は80はある」
苦しげにルーズベルドは呟いた。
「あと20くらい装飾品でもつかって盛りたまえよ」
ルーズベルドの腕のなかでルージュはころころと笑った。
「ちがう、俺は魅了で好きになったわけじゃない」
勇者の言葉に魔王ルージュの瞳がすっと色を消す。
「信じられるわけがないだろう」
そのひんやりとした声音にルーズベルドは身体を強張らせた。
ルージュの白い指先がルーズベルドの首筋をつたう。
その指先の冷たさにルーズベルドはぞくりとした。
「お前は我にここで首を掻き切られても文句はいえまいな」
その血のような瞳は酷薄な色を浮かべ、射貫くようにルーズベルドをまっすぐに見つめた。
まるで魔王のようなその残虐な表情にルーズベルドは思わず息を呑む。
「なんてな。熱は冷めたか?」
にかっと笑うルージュにルーズベルドは身体を起こした。
「ああ、すまなかった」
「サーシャとカイにはだまっておくから安心したまえ。二人がいたら半殺しになるところだったな」
ころころと笑うルージュは洗い終わった皿をかかえた。
「では、帰るか」
二人が洞窟についたときもまだサーシャとカイはぐっすりと眠っていた。
皿をふきんで拭いて荷物にしまったルージュもそのまま毛布にくるまって横になる。
ルーズベルドは毛布にくるまって寝がえりをうちながらなかなか寝付けなかった。
(俺は、魅了にかかって好きになったのか……?)
ルーズベルドは思い出そうとした。初日に、何があったのかを。




