48話 飛び入り参加の乱入者
俺は会場の横道をつかって、ホールを突っ切り楽屋口へと来た。途中関係者以外立ち入り禁止の立て看板があるけど、マネージャーさんが通してくれた。楽屋のまえの廊下はコインロッカーがあったり、椅子が積んで置いてあったり、鏡が張られた壁があったりと独特な雰囲気をしていた。
楽屋の部屋のまえにはネームプレートが張ってある。天宮花恋様と七色エスケープという所属も書いてある紙が貼られた部屋をみつけた。
マネージャーさんがノックして入っていいか聞いた後、部屋にはいる。
「いくぞ、雷堂」
「はぁ? 時雨。なにしてるの。楽屋だぞって言おうと思ったけど、まあ、いっか」
楽屋で携帯を触っていた雷堂が携帯を椅子に投げた。
「ライライよびにきたに決まってんだろ。エントリーしに行くぞ」
「ハア? いみわかんない。あと、ライライゆーな、バカシグレッ」
「そういうわけだ。頑張れ花恋」
「ふふっ、わかったよ、お兄ちゃん。ありがとね。いいなあ、ライチちゃん」
花恋は、鏡の前で仲良しのメイクスタッフさんかな?と話をしながらアイシャドウの色を選んでいる。
「ネイルは絶対ピンクなんだよ。だからねーっ、どうしようかな」
その背中に声をかけたら、鏡越しに目が合う。目じりが下がり、口元が上がって白い歯を見せる花恋。その姿に手を振った。花恋はメイクのために肩にかかっているタオルをずらさないよう小さく手を振り返してくれる。
「いくぞ雷堂。つか、ダンスバトルに出るなら出るっていえよ。応援するし」
「いわなかった? あー、言ってない。忘れてた」
ほほをかきながら、しれっと雷堂がいう。
「オフだったし、花恋の応援したかったけど、イベント長くて。暇だし出ようってなった。手続きとかはマネージャーがやってくれたけど、やっぱり当日に氷雨が迷子」
「いつものだろ。昼過ぎぐらいにひょっこり来るやつ。ファンの間でも有名だぞ」
「ありがと、時雨。ちょっと焦ってた。申し込んでおいて、出れないのはまずいかなって」
雷堂の猫パンチ。ひっかくように俺の胸にあたる。じゃれつくように雷堂の肩を叩く。
「花恋、アタシもさきいってる。がんばれよ」
「うんっ。がんばっちゃうよー。みんながダンス見てくれるのも、見せてくれるのも、うれしいな。えへへー、うれしくて自分の事どころじゃないんだよー。ライチちゃん、がんばってね。おにいちゃん、けがしないぐらいにね」
「「おう」」
俺と雷堂は短くそう返す。にやつく花恋の姿をちらっと見た後、楽屋を後にした。
雷堂といっしょに歩く。
これがどんなに特別なことか思い出すのに時間は必要なかった。
まず、雷堂の恰好がおしゃれすぎるんだよ。ダンスバトルに出るってのに動きやすい恰好でもすると思ったら、ぜんぜんそんなことなかった。ハイウェストの黄色いチェックパンツに黒いノースリーブのインナーを着て、その上には黄色いチェックのカジュアルジャケット。極めつけに頭の上にはチェック模様のキャスケット。
ただでさえ目立つ容姿してんのに、そんなオシャレな格好してたら存在感ありすぎる。歩く姿が強キャラのそれ。
おかげで会場を歩くだけで声があがり、俺のほうが委縮していた。
「雷堂ライチだ」
「スタイル良すぎでしょ」
「顔ちっさ」
「格好いいわ」
「テレビで見るより足長い」
揺れるツインテールを追う。そういや雷堂、ちゃんとアイドルやってるんだったな。新曲披露にゴールデンタイムの音楽番組に呼んでもらえるようになってから人気が爆発したって言ってたっけ。
実力あったにしろ、メディアの力すげーよ。まあ、雷堂もちょっぴり。
みんなが雷堂の前の道をあけるのは、学校だけじゃないらしい。正面に立った人は雷堂の顔を見てはっとして、咄嗟に避けている。知名度の高さだよな、これ。決して雷堂が怖いとか、メンチ切って勝ち続けてるとかじゃないよな。
大会のエントリーの列に並ぶ。組み分けとかは出ているので、ちゃんと会場に出場者が来てるかの確認とメンバーの確認だそうだ。雷堂が教えてくれた。しっかり、ダンスしに来てるんだなと意外に思う。
雷堂が短くエントリーしてることを伝えていた。当日のメンバー変更も良いそう。
「名前、どうする?」
「やっべ、ぜんぜん考えてなかった。これ雷堂に迷惑かける奴になりたくねーから、天宮(兄)とかか? あとは、そうだな。あなたも今日から花恋推しのどっちかが良いな」
「あなたも今日から花恋推し」
適当に考えた名前のうち、ありえないほうを雷堂が選んで登録してしまう。
「うそだろ、おまえ」
「兄がバレると花恋の評価下がる」
「表出ろよ。ダンスで勝負付けようぜ」
「はいはい、いくよ。あなたも今日から花恋推し」
「長くね? 言いにくくね? やっぱ変えようぜ。よく考えたら隊長とか誤魔化しがいのある名前あるじゃん」
「ほら、いくよ。あなたも今日から花恋推し」
「解せぬ。色物みたいじゃん」
「バッカ。オマエは、色物だろ」
「正統派主人公たる俺になんてこと言うんだ」
「はははっ。正しさの欠片も無いでしょ」
「お前のその綺麗な顔面にリップで落書きしてやろうか」
「べつに、いいけど。それやったら時雨の××××接着剤でくっつけて××××にしてやるからな」
とても放送できない言葉に雷堂の口をふさぎかける。
「玉ヒュンするからやめろ。俺の耳にした中で最悪の罰だぞ。デスボックス比にならねえ」
「使わないんだし、いいだろ」
「使う予定だよバカ。むしろ使用するだけなら頻度たけーよ。マイサンをバカにすんな」
「時雨、おっきい。下品」
「おーまーえーが、言ってきたんだろうがーーーっ」
俺と雷堂が乳繰り合っていると、あきれたように声がかかる。
「しぐれ、なに言ってるのよ。会話の内容丸聞こえよ。天下の往来でアイドルにセクハラするのやめなさいよ」
「美月、おまえ俺がそんなことすると思ってんの?」
「いつも人のおっぱい凝視してるじゃない」
「してるわ。よく考えたらセクハラしてるわ。全方向にセクハラしてたわ。いや、つーか、おまえそれ」
言葉を失った。はじめて美月にあったときのことを思い出す。同じ人とは思えないぐらい整った容姿をしてると思ったんだ。そんなやつがコスプレしたら、易々と次元を超えている。
凛とした表情を浮かべながら、どうだと笑っている。衣装と髪形をふくめた雰囲気が、あまりに似合っていて。美月の独特の存在感が相まって、だれもを立ち止まらせる魅力をもっていた。
「美月、すごい」
雷堂ですら目を輝かせる。
「好きなのよ。自分じゃない何かになるの。どんなもんよ?」
「チェキに1000円、いや3000円出せるレベル」
「うふふっ、わかんないわよ。そのレベル」
「俺の知ってるコスプレより3倍はすごい」
「やった。これが私の自己表現って言ったら笑う?」
「まさか。素直に尊敬する」
美月は笑って見せた。
正直、興奮が冷めない。こんなのみたら、なんていうか。ほんものは違うと思うぐらいほんものに近い。
ちょっと前に放送したアニメに出てくるヒロインの恰好だった。ヒロインの軍服チックなコスチューム。そっか、たしかアイドルてきな立場だったっけ。歌で戦う系のアニメだけど、歌うヒロインはたしかにアイドルだった。
青い軍服につば付きの帽子。ミリタリー系のゲームが好きな美月だからこそ、肩ひじを張り背筋を伸ばす姿がどこか様になっているように見える。白い手袋までして凝っているとおもうけど、なによりもプラチナのような白い光沢の髪が毛先に行くと淡いピンクになる、このグラデーションをしている髪色がうつくしい。この絶妙なカラースケールの髪色は地毛だと出にくいんじゃないかとおもう。それを、ふわふわのウェーブにしている。マジでかわいい。口を開けばついかわいいって言ってしまいそうになるぐらいかわいい。
そして衣装がとてもフェチをわかっていて、大変よろしい。
腰はベルトできゅっとしめあげるとか。ズボンの丈は長いのに、内ももは露出しているとか。軍服のロングコートの裾が分かれるようになっていて、ちょっとお尻が見えるようになっているとか。すばらしい。
鑑賞していると、嫌悪感で顔を引きつらせる雷堂と、にまにまといやらしい笑いをしている美月と目が合った。
「ん、んん。ゴホン。い、いいんじゃないか?」
「エロオタク」
「しぐれのえっち」
強烈な非難を受けてしまった。
「美月」
「んー? なぁに?」
「100点」
「ありがとう。がんばったかいがあったわ。うれしい」
「あとでツーショ良い?」
「いつでもいいわよ。そんなに写真好きなの?」
「時雨は写真好きというか女好き。時雨の撮る写真からは、メッセージが伝わってくる。この子太ももエロくね?みんな見て。みたいな」
「天才カメラマンじゃないの」
「写真は被写体のそのままの姿しか写さないけど、被写体の良さの最高到達地点を切り取って表現することができるから、最高の一瞬を永遠にできるんだよ。まあ、あとは何を切り取るかって部分は俺のフェチ。つまりエロいカメラマンほど女体の神秘により近づいた写真が撮れる。レンズを通して深淵をのぞき込むんだよ」
周りはドン引きしていた。
「キモい」
「しぐれ、なんか良い事言ったみたいに言ってるけど、ふつうに気持ち悪いわよ」
「芸術は孤独だ」
ちょっと悦に入る俺。テンション上がってしまって取り返しつかない気がしてきた。
リアルアイドルとコスプレアイドルが目の前にいるけど、どっちも芸能人オーラが出てて近寄り難い。知り合いじゃなければ一生遠巻きで見ている自信がある。
「ライチさん、今日は応援?」
「出場。待ってるの暇で嫌いだから氷雨と出る予定。ケド、案の定遅刻して会場着いてないから時雨にでてもらう」
「えっ、しぐれ出るの?」
「まさかこんな早く出番あるとはなあ」
ちょっぴり練習しただけのダンサー。俺が一番スキルもないし経験もないから、胸を借りるつもりでいようと思う。
「しぐれ、何かわすれてないかしら?」
「カメラ?ここにあるぞ。写真も撮っていいんだってさ」
「違うわよ。しぐれ。さぁ」
美月はコスチュームのポケットから、手錠を取り出す。あろうことか、素早い動きで俺の左手にはめやがった。俺の左手と美月の右手が結ばれる。
「コスプレの時間よ?」
「やっべ、その話してたな。マジで忘れてた。俺、いちおうさバトルエントリーするんだよ。えっ、美月? 目がマジだよ」
「わたしね、大事な睡眠時間削ってしぐれに可愛い恰好させようとがんばったのよ。ムダにしないでちょうだい」
ガシッ。
空いている腕を雷堂に捕まれる。これ、連行されるやつだ。
「雷堂、ライライ、ライライ。なあ、花恋の応援に花恋の格好で来てさ、ちょっとお兄ちゃん笑わせないでよーって言われるぐらいのつもりだったんだよ。まさかダンスの大会に出場するとは思わないし、あと一応この会場に俺の知り合いがいるから。俺、ナナエスオタク界隈では隊長って言われててちょっと有名なイキりオタクやってるんだ。追っかけしてるファンとさっき会って、またあとでって。オイ、ちょっとーーーっ」
美月に無理やり引っ張られる俺の背中を、雷堂が蹴って押してくる。
「うっさいライライゆーな、クソシグレ」
「ライチさん、そこ右よ」
「あいあい」
「朝の俺が憎い。なんで俺ダンスバトルで女装すんの。そんな奴いないだろ。いやだよ、ちょっと練習の成果発揮して花恋にすごいって言われる妄想までしてたのに。格好いいままの俺でいたい」
「男なら覚悟きめろよ。××××の小さいやつめ」
「雷堂てめえ、おまえあとで覚えてろよ」
「あいあい。バトルで優勝したらなんでもいうこと聞いてやるよ」
「それいいわね。しぐれ、ダンスバトルで優勝できたら、わたしもなんでもしてあげちゃうわ」
「……黙って、目が座り始めたぞ。こいつ」
「しぐれはシンプルなのよ」
「雷堂とバイクで遠乗りデート。美月に俺の好きなキャラのコスプレさせてなりきりデート。フフフッ」
「それ、わりと現実的な範囲で出してくるんだ。べつにいいけど」
「1日だとキツいかも。けど、まあそのぐらいなら」
「美月、もっとエロいこと期待してたって顔してる」
「ち、ちがうわよ」
顔を赤くする美月に、俺は追い打ちをかけた。
「美月めっちゃエロいから」
「ふーん、やっぱり。体だけじゃないんだ」
「ちょっと、しぐれ?」
「どっちかっつーと雷堂だろ、いまの」
「うるさい。ばかしぐれ」
八つ当たりのように、美月にはたかれる俺。
「理不尽だっ」
俺と美月のやりとりを見て、ホワイエに雷堂の笑い声が響いた。




