47話 花恋のダンスイベントへ
待ちに待ったその日、俺は朝から美月にたたき起こされた。
花恋は朝早くから起きて自宅で練習してから、事務所に向かったらしい。携帯のメッセージでは「おはよう! さきに行ってるね。チケットは美月さんに渡してあるよ。またあとでね」かわいいお花の絵文字やウサギさんのおはようスタンプがついて来ていた。思わず、にやけてしまう内容だ。
「で、どしたよ美月」
俺の部屋でバンバンベッドを叩いて俺を起こした美月を見る。ヘアネットで髪をまとめているようだった。メイクも途中で、ベースメイクが終わったぐらいのタイミング。
「あのね、今日、花恋ちゃんのダンスイベントいくじゃない。会場内でコスプレして良いんだって。やるしかないわよね」
「気合入ってんな。カメラ持って行こうか? 一眼のフルサイズと単焦点、大三元の標準ぐらい持っていける。花恋追っかけしてたときからカメラ使ってるから、撮るぐらいなら問題ないと思う」
「ほんと? お願いしようかしら。でも、しぐれにはコスプレもしてほしいのよ」
「合わせ?」
同じ作品のキャラクター同士でコスプレすることを合わせっていう。
「ううん。まず好きなコスプレをして、楽しいって思って欲しいなって思うの。女装の延長線上でいいのよ」
「なるほど。女装ならやろう」
俺は、寝ぼけたことを言ったかもしれない。
「というわけで、花恋ちゃんになりきってみない?」
「やる。だれよりも花恋のかわいさを表現できるのは俺だから。オリジナルに挑んでみせる」
「やった。顔洗ってきて。メイクだけさくっとしていきましょう。着替えは現地で」
「コスチュームを着ていっちゃダメなのか?」
「野良コスっていって、ルール違反ではないけどマナー違反なのよ。どうせ楽しむなら許可されてるところで楽しんだほう、みんな気持ちがいいじゃない」
「オッケ。顔洗って準備してくるわ。でも、衣装とか用意してないぞ」
「わたしが準備したわよ」
「行動力半端ねえな。ありがてえ。花恋に憧れた俺自身が花恋になれる日がくるなんて」
「憧れは理解から最も遠い感情よ、しぐれ」
美月がちょっと悪役風にそう言った。
「すべての理解は模倣からはじめるんだよ、美月」
部屋の鏡の前でナイショのポーズの花恋の真似をしてみる。振り付けは完璧だ。俺自身が花恋になるしかない。
俺は急いで美月といっしょに準備をはじめた。
◇
相変わらずエンジン音の静かな車だとおもう。シートはリモコンで調整できて座りやすいし、ドリンクホルダーは冷蔵機能つきだ。高級車は、ほまれさんの丁寧な運転で、今日のイベント会場に到着しようとしていた。カメラとレンズ、ストロボなどの機材を持って歩いていくのはしんどいと思っていたら、美月が秘書のほまれさんを呼んで車移動にしてくれた。きっと、スーツケースをゴロゴロしてもっていくのが大変だったんだろう。
「お嬢様、お帰りの際にはまた連絡ください」
ほまれさんが、着いたと言ってくれる。
「ありがとう。ほまれも運転に気を付けるのよ」
「ありがとうございます。少年、お嬢様の付き添いよろしくお願いします」
ほまれさんから少年よびされるのは嫌いでなかった。
「任せてください。美月がキれたときの扱いには慣れてます」
「ちょっとしぐれ、どういう意味よ」
「触らぬ神に祟りなし」
俺がそういうとほまれさんが声を出してわらっていた。
「そんなに怒ることなんてないわよ、たぶん」
「煽られるとすぐプッツンするじゃん」
「それ、しぐれが言う? 煽り耐性ないの、あなたも一緒じゃないかしら」
「そうかも」
車はハザードランプのカチカチという音を立てて止まった。
ホールの前には、整列している人の行列があった。順番に入場して進んでいるようだから、今並ぶとすぐ入れるとおもう。よくわからず参加した前回のイベントのときを思い出すと、良い席を取るために並んでる人がいっぱい居たから、今回も変わりないんだろう。
止まっている車のトランクから、スーツケースを取り出す。ついでに俺のカメラケースも。押していける美月のスーツケースとちがい、機材の入ったアルミのケースを担がなければいけないのは大変だった。
去っていく車の姿に手を振って、美月と列にならんだ。
「ダンスってあんまり見る機会をつくってこなかったから、楽しみよ」
「美月もアイドルのライブ行くだろ? あのダンスとはまた違うんだよ。そういや、花恋が言ってた。アイドルのダンスは真似しやすいようになってるけど、曲に合わせて自分の体に合った動きで自由に表現するほうがダンスっぽいんだって」
「へえ。バレエとは少し違うのね」
「ダンスガチ勢の発言だから参考にならんかもしれん。俺の体に得意不得意があるのはダンスをやってみて学んだ」
「しぐれはどんなダンスが得意なの?」
「雑な動き。筋量ベースにすこしのコツでできる動きは得意だけど、リズムや柔軟性が必要な動きはすげー苦手。フットワークっていうさ、しゃがんで足を動かすような動きできないんだよ」
俺の好きなダンスジャンルのことを美月に教えた。ブレイクダンスといわれるジャンルで花恋も得意にしてるジャンル。立った状態で踊るエントリー。屈んでフロアをうまく使って踊るフットワーク。ブレイクダンスでよく連想されるヘッドスピンなんかのパワームーブ。そして決めポーズのフリーズ。これら4つの要素で構成されているのが特徴。俺はパワームーブとフリーズしか練習してないパンピーなので、詳しいことは言えない。それでもダンスは好きって言ってる。花恋といっしょに踊れたらおもしろいだろうなって思って、練習していたから。
スタッフさんに、チケットを見せて会場に入る。リストバンドを巻いてもらって、受付完了。
ピカピカの綺麗な建物だった。一階には喫茶店なんかがある大きな建物。ホールの入り口から建物のなかにはいるとすぐに2枚の大きい扉が見える。壁がガラス張りで、外から明るい光が入ってきていた。防音になっている重い扉を押そうとすると、美月が肩を叩いてくる。
「しぐれ、更衣室あっちだって。スタッフさんに使っていいか聞いてくるわね」
そういうと美月はちかくにいるスタッフのネームカードをつけている人に問い合わせて、許可をもらったらしい。手を振った後、更衣室へと消えていった。
ひとりになった俺は、楽屋どっちかな、なんて思っていたら声をかけられる。
「もしや、隊長でござるか?」
「隊長、隊長」
まさかここで知ってる顔と出会うとは。
「お疲れ様です。鉄虎さん、すのこさん」
「お疲れ様でござる」
「乙」
俺のSNSの知り合いだった。背の高く線の細い男性が鉄虎さん。背の小さいちょっと丸い男性がすのこさん。2人とも大学生で、月に一度ぐらい顔を合わせる。つまるところ、ナナエスのファンだ。俺が花恋推しで、鉄虎さんが雷堂推し、すのこさんが氷室さん推し。今日の服装のカラーを見ても、俺はピンクだし、鉄虎さんは黄色でトラ柄のバンダナまでしてる。すのこさんは明るい空色のTシャツだった。
ナナエスのイベントにいくと毎回顔を合わせるのがこの3人。イベント帰りにラーメンを食べながら話したりしてる仲。
「あれ、今日のイベント告知してたっけ?」
「イベントの主催者がゲスト紹介で名前出してたでござるよ。花恋殿に加え、オフのライチ殿か氷雨殿をワンチャン遠くから見守りたいと思い参上仕った」
鉄虎さんのイベント中のしゃべりかた相変わらず恰好いいな。イベント後とかはすごいやさしい大学生のお兄さんなのに。
「氷雨さん、オフ。声かけない。今日は花恋推し。隊長に、合わせる」
すのこさんもファンとしての線引きをしているらしい。仕事中でない芸能人に声をかけないと言っていた。ちょっとしゃべりかたが氷室さんっぽい。
「すのこ殿、そのしゃべりかたは、下手すぎてまるでコミュ障でござるぞ」
「やっぱり? でもちょっとそういうの好きなんですよね。ウ、ウン。承知」
ちょっとキャラを崩して笑って見せるすのこさん。楽しみ方はひとそれぞれで良いと思う。そういうと3人で笑い合う。
「それでは隊長殿。花恋殿を共に応援しようぞ」
「隊長の日、がんばれ」
「ありがとうございます。今日、友達と来てるんでまたあとで」
ふたりはうなずくと先にホールのなかに入っていった。
美月を待つために入り口のまえの目立つところで携帯をいじって立っていようとおもった。スマホ歩きをしようとしたとき、後ろからぶつかられる。あぶねえ、スマホ持ってたら、スマホ落としてたところだった。
「あっ、ごめんなさい。ちょっと慌ててて」
「あれ、マネージャーさん?」
メガネをかけたスーツの女性だった。ナナエスのイベントなんかでよく付き添ってくれてる、花恋の芸能事務所のマネージャーさん。マネージャーさんのほかにも関係スタッフはいっぱいいるらしいけど、事務所でよく合うのはこのひとだった。
「あっ天宮くん、あの唐突に聞くんだけどいいかな。踊れる?」
「ちょっとだけなら」
「お願いなんだけど、ピンチヒッターお願いできないかな」
「はい?」
マネージャーさんは、困っている経緯を説明してくれた。
「実はうちの氷室がまた迷子で」
「いつものことですね」
「氷室が携帯も忘れて行っちゃって」
「よくあることですよね」
「そうなの。いつものやつなの。いちおう探すんだけど、イベントのエントリー締め切りの時間がもうすぐなの。せっかくライチがやる気だして申し込んだのに、出れなかったじゃまた機嫌悪くするから」
雷堂がまた人食いトラになっちまう寸前らしい。機嫌悪い時の雷堂は目力でひとを殺せるってセブンがいってた。
「雷堂のご機嫌取りですか? まかせてください。それなら俺はプロです。で、なにすれば?」
「ライチといっしょにダンスバトル出てくれない?」
「そこに戻るんですね。あーー」
どうすればいいか、ちょっと考える。取捨選択の末、出る選択肢しか残らなかった。見るより出るほう楽しそうって理由が大きい。
「いいですよ。雷堂はどこに?」
「楽屋かな。こっち、案内する」




