49話 他人とそら似とアイドルと
「ホストォ、水くれ。水」
「へ? 時雨ちゃん? 花恋ちゃんの恰好してどしたのよ。まさか本人来れなくて影武者?」
ちょっと高いカウンターの上でホストが目を白黒していた。アニソンが大きな音で鳴り響くホール内のバーカウンターにホストがいた。この前みたいにきっちりスーツを着ているわけじゃなくて、今回は清潔感のある私服で働いている。
ホストの顔にスポットライトの照明が当たって、赤や緑に光っている。会場内は薄暗く、時折カラフルなライトが光って回っていた。ミラーボールとかあるのかなと思ってたら、さすがにそれはなかった。
大き目のグラスに氷のいっぱい入った水を出してくれる。
「いまお客さん途切れてるし、そっちから回って入っておいでよ」
ちょっと離れたところの扉をあけて、もう1枚扉をくぐる。キッチンスペースを通り、バースペースに到着する。この間にグラスは空になっていた。口紅してることに気づいたホストが、飲み物にストローをさしてくれるのが助かる。
事前にホストが来ることを聞いていてよかった。逃げ場があった。
「どったんよ時雨ちゃん。なんだか素敵なことになってるじゃん?」
「美月に、花恋のコスプレさせられた。まさか、こんなの用意してるとは思わなかった。いや、俺が安易に受けたんだけど」
いまの俺は天宮時雨でない。天宮花恋である。ピンクのポニーテール、黒とピンクでイメージされたマジのステージ衣装を再現されたコスチュームを着ている。花恋はキュロットスカートだけど、俺のは若干丈が短めのズボンで生足を見せないようにされていたり、フェイクオーバーニーハイ履いてたりしている。美月の芸が細かい。腕もロンググローブに覆われていたりして、シルエットが完全に花恋に見えるまで進化してしまった。
ホストなら見抜いてくれると思ったけれど、ホストですら一瞬だまされてた。親友をもだます美月のコスプレ技術がすごい。正直なめてた。
「時雨ちゃん。座り方以外完全女の子よ?オレでもちょっと、わかんない。しかもふつうにかわいい。顔似てるせいで第一印象が花恋ちゃん。背丈とかちょっと違うなって違和感はあるけど、でも顔似てるしってなる」
「うれしいけどうれしくねえ。実在する人物のコスプレとか、本物に申し訳なさすぎる。いや、花恋は存在が2次元でも通じるから良いのかもしれないけれど」
「いやー、花恋ちゃんなら案外よろこんでくれるっしょ」
「そうかな」
ホストが2リットルのペットボトルから水を注いでくれる。会場に目を光らせているホストが言った。
「ッゲ、雷堂。恰好がオールドスクールファッションじゃん。なんだ、あのとなりの美人。お姫様みたいな子いる。カワイー」
「それ美月だぞ」
「美月ちゃんヤバくない? なにしてても絵になるのにコスプレしたらマジ神聖さあふれ出てる」
「わかる。存在が神聖にして侵すべからずって感じ。オーラすごい」
ホストがそこまでいうの珍しいなと思う。
「なあ、ホスト。これお願いしたいんだけど」
「あちゃー、雷堂にみつかった。こっち来ちゃうよ。時雨ちゃん、シーッ」
俺はホストの合図で息をひそめる。
「なにやってんの」
アニソンに負けないよう、雷堂の大きな声が聞こえて来た。
「オッスー。バイトよ、バイト。ドリンクつくるお仕事。なんか飲むかい?」
「いい。時雨どこ?」
「さっき飲み物取りに来て、どこいったかな」
「みつけた。ホストが時雨を見失うはずがない。そこ?」
「ハハハハ。はーっ、時雨ちゃんごめん。雷堂はムリ。理屈じゃないのよね」
「サンキュー。死ぬときはいっしょだ。つーわけで、この後雷堂に連れられて踊ることになったから。よろしく」
「へえ、出番じゃん。もちろん手は抜かないっしょ?」
「持ってるものは全部出し切るさ」
会場にわんさかいるお客さんが、大きなスクリーンに映ってるアニメの映像やDJの様子に目を奪われていることを信じて、俺はバーカウンターを飛び越える。
「ヒュウッ。カッコイーっ」
「ありがとう、ホスト。落ち着いた」
今度はカウンター越しにホストと向かい合う。
「やっぱりクリソツじゃん。そりゃお客さんにスマホ向けられて囲まれるわけっしょ」
「なんだ、見てたのかよ」
俺が取り乱す様子を見ていたらしい。ホストがからかってくる。
花恋のコスプレしたら、花恋のファンが俺に向かって突撃してきた。女装中声を出さないしばりをしていた俺は違うとも言えず逃げるしかなく、身を隠す場所を探すはめになった。
「さぁーてね。たまたま目に入ったぐらいじゃん。そろそろ花恋ちゃんじゃないってうわさも広がってると思うよ。大丈夫、大丈夫。荷物、了解」
「よろしく」
「そっちもねー」
そう言ってホストと別れる。
「ったく、誰かれ構わずカメラ向けやがって」
雷堂が周りを警戒しながら言う。花恋はファンが声かけてくるのに雷堂のファンは遠巻きから見つめることが多い。この違い、なんなの。
「ほんとうにビックリしちゃったわ。花恋ちゃんと時雨がちょっと似てるからって、いろいろ違うのに疑いもしないんだもの。握手までして気づかない人もいるのよ」
「知り合いのファンがいて助かった。あいつら叫んでくれなかったら、押しつぶされてたよ」
ファンの暴走を止めるファンがいた。さっきあった鉄虎さんとすのこさん。花恋の姿をしている俺とファンの間に入って「やめろ」「隊長、一回下がる」と声を出してくれた。軽く、ホれそうになった。
「えっと、あー……鉄虎だ」
「雷堂、おまえファンの名前覚えてんの?」
「アイツは覚えてる。よく来てくれてるし、マナー良いから印象に残る。もうひとりは氷雨のファンミーティングに来てたから、なんとなく覚えてる」
あとで鉄虎さんに教えてあげなきゃ。
「あれ、ライチさん。そういえば氷雨はまだ?」
「んっ、迷子でどっか散歩してる」
「まったく、あの子ったら」
美月が唇を尖らせながら、首をかしげている。
「現場入り遅れたときでも、来ないことはないから大丈夫。待ってれば来るから。たぶん」
雷堂も頬をかいていた。
突然、音楽が止まる。
それと同時に会場の人たちは「オオオオーッ」と声を上げた。ライブの始まる前の独特なテンションとおなじだった。
会場の中央、テープで区切ったサークルのなかにMCが2人現れる。
「お待たせしましたーッ。アニスト、はじまるぞーーッ。準備は良いかーッ」
「えー、今回は出場クルーが過去最高。エントリーも抽選になってしまうぐらい数多くのダンサーが参加してくれました、ありがとうございます。もう間もなく予選をはじめます」
「詳しい説明はあとで良いんだよ。まずは、あれだよ。みんな、待たせたなーーーっ。はじめての人も、2度目の人も、たくさん参加してくれてる人もありがとうーーーーっ。みんなが主役のこのイベント。今日の主役はお前らだ。思いやりを大切にして、楽しんだ奴が勝ちなんだ。みんな、細かいことは良い。楽しもうぜーーーっ」
熱い叫びが会場の熱気をあげる。ウオオオと叫ぶ声が響き、一瞬で会場が温まった。
「はい、ということで今日のイベントの流れを説明していきます。まず予選。事前組み合わせ表の2チームで、ひとりワンムーブのバトル形式でジャッジが得点を付け、上位32チームが本戦へ進みます。次に本戦に進んだチーム同士でフルトーナメントです」
司会進行のふたりが、ルールの説明やイベントのながれを教えてくれている。雷堂が肩をツンツンとつついてきて言った。
「よくわかんないけど、いつ踊ればいいの?」
俺はわからないと、肩をすくめて両手を挙げた。
「ふーん」
このイベント会場で一番適当なのはまちがいなく俺たちだった。
そんなことを言ってると、大きな声で「ウオオオオ」と声があがる。ボルテージの上がった会場の雄たけびだった。ただ、長い。声が長い。会場全体で響いている。地面が揺れているように感じるほど、声が響いていた。
「花恋だ」
雷堂も横で身をすくませていた。よく見るとMCのちかくに並ぶように人が集まっている。そこに加わるために、ステージの上から現れる花恋の姿が見えた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオ、花恋ーーッ」
「花恋ちゃーーーんっ」
「うっさ」
雷堂が耳をふさいだ。俺と美月の叫び声に耳がキーンとしたらしい。
今日の衣装は明るい花恋の雰囲気にぴったりだった。黒いズボンにノースリーブの白いパーカー。白いパーカーからは透明さの強い腕が伸びている。手首にピンク色のリストバンドをしていたところで、青と黄色もどこかに身に着けてるかなとおもった。ナナエスの3人のトレードカラー、光の三原色の色だから。よくみると靴下が青と黄色をしていた。腰のところにチェーンをつけている。それもピンクと黄色と青色の三色をしていた。それに気づいただけで、なんだかうれしくなるのはファンだからだと思う。
いつまで経っても黄色い声援と野太い声で花恋の名前を呼ぶ声が止まない。花恋は楽しそうに笑いながら腕を上に大きく突きあげた。ファンが反応する。花恋が突き上げた腕をリズムよくふるとファンが呼応して「オッ、オッ、オッ、オッ」と統率されたコールをかけた。パッと花恋が手を開いて手首をくるりと回して、開いた手を握る。
まるで指揮者が演奏を止めるように、歓声がピタリと止んだ。
花恋が口の前で人差し指を立てて首をかしげている。そのせいでMCのひとですら話すのをためらっていた。
「えーっと、なにかな、この空気。なんだかちょっと、ライブみたいだよ。せっかくだから、ちょっとしゃべってもいいのかな? みなさんこんにちは。はじめての方、はじめまして。久しぶりの方、やった、また逢えたね。天宮花恋です。今日はみんなと一緒で、このイベントに参加できるのをたのしみにしてました。よろしくおねがいします」
花恋が深くお辞儀をしたあと、両手を振りながらさがる。下がった先に、ナナエスのファンがいた。なんとなく身に着けている洋服の色合いが揃ってるグループの先頭に鉄虎さんが前のめりに立って腕を振っていた。
「あれ、あれ。なにかな、このエリア。ナナエスの関係者席かな? みんな知ってるひとばかりだよ。あっ、ごめんなさい。つづきはあとで話します」
鉄虎さんの周り、花恋のわずかなMCタイムのはずなのに、サイリウムを取り出すやつが何人もいた。ウルトラオレンジ折って回してるやつまでいる。高まりすぎだろ。
花恋がアイドルとして立っているとき、ただ立っているだけの佇まいも、ほかの人が目に入らないぐらい強烈に目を奪われる。本当にゾッコンになってしまうというか、花恋とそれ以外に人が分断されてしまったように思える不思議な感覚があるんだ。
「しぐれ、わたし息するのわすれちゃったわ」
「わかる。花恋に空気飲まれるから酸素少ない」
「アタシらでもわかるよ、それ。花恋の空気の持って行き方は独特だから。カメラマンがよく引っかかる。取れ高が花恋に集中して番組食われるみたいなリアル事故」
「間違った子をアイドルにしてしまったな」
「メディアとかプレスにピンクの悪魔って言われる」
それ、そういう皮肉なんだ。
プロのダンサーとか振付師とかが並ぶ中、花恋がとなりの人とあいさつしたり、楽しそうに交流している姿ばかりみていた。俺は花恋のファンだから仕方ないと割り切って、妹を目で追い続ける。
ダンスの採点をしてくれるジャッジが何か所かに散らばった。二人一組ぐらいでダンスをするサークルの近くの椅子に座る。サークルの広さは思ってたより広くない。奥行きがカバディのハーフコートぐらいだった。
司会のひとが叫んだ。
「みんなー、準備は良いかーッ。それじゃ、予選第一試合のチームはサークルへお願いします」
まもなく、このダンスバトルの大会の予選の火ぶたが切られようとする。
だれかに見られてる気がして振り返ったら、花恋だった。
「っぷ、ふふっ、あははっ」
花恋が俺の花恋コスプレを見て笑っている。花恋は小指を立てて、もう片方の手のひらを上で回した。かわいいってほめてくれてる。
俺はピースサインで返した。
「しぐれの試合? バトルかしら、あっちだって」
「花恋のとこじゃない」
雷堂が横目で花恋の姿を追いながら言う。
「花恋に見てほしかったら予選ぐらい勝ち上がれってことだろ」
「あら、強気ね」
「ダンスとはいえバトルだぞ。気持ちで負けてたら勝てるものも勝てねーよ。今回は人数合わせでも記念出場にもさせないから。素人に毛が生えた俺を雷堂が勝たせてくれるはず」
「アタシもレッスンとか授業でしかダンスしないよ。シグレも、選択授業にダンスあるから受ければいいのに」
雷堂は短く付け加えた。「つって、レッスンは毎日のようにあるけど」
「え、まじ? そんなんあった?」
「あるわよ。わたしも受けようと思ってたら、ばけがくか何かとかぶったのよ」
「つーことは、たしか月曜日か。月曜日は漫画の立ち読みあるからはやく帰るんだ」
「ふぅん、そうなのね。火曜日は?」
「火曜日はほら、深夜アニメあるから。仮眠とらなきゃいけないからはやく帰るんだ」
「水曜日は?」
「水曜日はほら、週半ばで疲れてるからはやく帰るんだ」
「ただ、はやく帰りたいだけじゃないの」
「学校なんて長い時間いられるか。選択授業なんて何を選ぶかじゃないんだよ。選ばない選択をどう選ぶかなんだよ。俺がそのせいで何回お呼び出しくらったと思ってやがる。おかげで無理やり授業取らされたりしたからな。ムチで叩かれた跡見るか?」
「そんなのもう残ってないわよ。せっかく着せた衣装を脱ごうとしないでちょうだい」
「蹴るぞ、バカシグレ」
スタンド席がいっぱいなのですこし離れたアリーナ席に座ってダンスをみながら自分の番を待つことにした。さすがに人が多いこの会場内で雷堂とか美月が絡まれるのはいやだから。雷堂はだいじょうぶかもしれない。雪姫とか誰も近づけない絶対零度系のやつが来てくれれば美月が絡まれるような問題ないんだけど。近づくだけでスリップダメージ入る系のキャラだから、あいつ。
「準備はいいかーーーーッ。DJ、準備OK?よし、いくぞ。アニスト予選第一試合、開始ーーーッ」
中央のスクリーンにはアニメの映像が映し出され、曲が流れ始める。テンポの良いアニソンに合わせて、ダンサーがサークルのなかで軽快にステップを踏み踊り始めた。
「やばい。なんか立ち姿うまいひと見ると緊張してきた。ちょっと体動かしてくる」
一試合目から俺のテンションはちょっとずつ本番に向けてあがっていく。緊張を超えて、理想の精神状態になるために、俺は席を離れ会場の隅っこで準備運動を始めた。




