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夜の王子  作者: きいな
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第11話

「ただの夢かと思ってた。不思議な夢だと」

「誰も気づいてはくれなかったけれど、ヒスイ様だけが答えてくれました」

「でもすぐ消えた」

「私は夜の眷属ではありませんから、何の力もないのです。ただお月様に祈るだけなのです」


 リリアのその祈りを、地上に散らばる夜の眷属へ送り届けたのが月の持つ力ということか。ほんの一時、ただその姿だけ。だから自分がそうとは気づかない夜の眷属たちには、不思議な夢を見たとしか思われていないのだ。


「いつも寂しい部屋にいて、後ろを向いて座ってた」

「この城はとても寂しいのです。だからお客様を呼べるように客室を作りました。客間も食堂も整えました。だけど来てくれる人は誰もいませんでした。ヒスイ様だけが、こうしてここに……」

 リリアは語尾を震わせ、目に涙を滲ませた。

 イルローゼは黙ってリリアの頭を撫でた。


 リリアが夢の中で涙を零したのは、夜と呟いたのは、決して寂しい、悲しい、辛い、怖いといった負の感情ではなく、気づいてもらえたことの喜びと、ここへ来てもらうための手掛かりだったのだ。

 その境遇は不幸であったが、今のリリアに不幸な様子は微塵もなかった。寧ろこの不思議な出会いに感激し、喜び、はしゃいでいるように見える。


「月にそんな力があるなんて知らなかったな」

 涙ぐむリリアを見ながら、ヒスイは独り言のように言った。

 リリアの想いを夜の眷属へ送り届けるくらい、造作もないに違いない。その国を救えるくらいの大きな力があるのだから。


「月はその光をもって夜を支配する。闇を従えて命を下す」

 イルローゼがリリアの頭を撫でながら言った。

「その力、俺にもある?」

「眷属に支配力はない。月の恩恵を受けるだけだ」

 ヒスイは今までに何か変わったことがあったろうかと考えてみた。そしてついさっき不思議な現象を目にしたことを思い出した。

「あ、あれだ。灯りもないのに周りが明るく見えた」

「月の恩恵は様々ある。だが、そうと気づく者はほとんどいない」

 ヒスイ自身、便利だな、としか思わなかった。夜の眷属である事自体、気づくのは稀だと言うから、便利な力が月の恩恵だとはまず思わないだろう。


「じゃあ、図書室にあったランプは……」

 確信を持ってリリアを見ると、彼女ははっとして口元に手をやった。

「ヒスイ様がいつ来られてもいいようにお部屋を作ろうと思って、資料を探していたのです。こんなにすぐにお会いできるなんて思ってもいませんでしたから、まだ何も手をつけていないのですけど」


 嬉しそうに笑うリリアには申し訳ないが、ヒスイは思わず眉を顰めてしまった。

「え……俺、帰れないの?」

「帰ってしまわれるの?」

 途端にリリアは悲しい表情を見せる。

 こんな顔をさせるくらいならここにいようかな、とちらりと頭を過ぎった。だが同時に、置いてきたミオの顔もちらついた。一人残される父王と、厳しい侍女頭のレティス、剣術を磨き合う兵士たち、本の続きを書かせてやると約束したルディアスの顔も浮き沈みする。

「俺、帰らなきゃ。待ってる人たちがいるから」

「そう……でももう少しだけ。せっかくここまできてくれたのだから、もう少しだけいてください」

 泣きそうな顔でそう言われれば、帰るのは後回しでいいと単純に思う。

「いるのはいいけど……俺、どうやって帰ったらいいんだ?」

 イルローゼに目を向けて問う。

「ただ念じればいい」

 答えはイルローゼの言葉同様に簡単だった。

 そんな単純なことでいいのか、と拍子抜けする。

 夜の眷属であるからこそ、そんなふうに簡単に出入りができるのだろう。


「リリアは? 帰りたくない? 陽の当たる世界に戻りたくない?」

 連れ帰りたくてそう訊けば、リリアはどこか寂しそうに笑った。

「私の国はもうありませんから。戻るところがないのです」

「うちにおいでよ。歓迎するよ」

「でも……」

 リリアは傍らのイルローゼを見上げた。


 イルローゼはマントを広げ、リリアを包み込んだ。

「リリアはここにいる。どこへも行かない」

「何で? そんなの可哀想だよ。太陽のあるところで暮らす方がずっといいって」

「駄目だ。リリアはここにいる」

 その表情からは何も読み取れないが、言葉は頑なに拒絶を表す。

 ヒスイは宥めるように言った。

「もちろん、あんたも一緒にきていいよ、イル。うちは父上しかいないけど、太っ腹だから気兼ねしなくていいよ」

「私はこの城から離れられない。リリアと共にこの城にいる」

「何で? ここから逃げられない理由でもあるのか?」


 リリアと話していてすっかり忘れていたが、ここは夜の王の城だ。悪魔の住まう城だ。逃げ出せないような事情が何かあるのだろう。

「夜の王の呪いとか? ここから出た途端に悪魔に襲われるとか?」

「夜の王……」

 イルローゼはぽつりと呟いた。

「さすがに丸腰で直談判はできないからさ、見つかる前に逃げたらいい。あ、それとも俺の気配とかでバレちゃってんのかなぁ?」

 夜の王が怖いと思ってはいるものの、その言葉からはあまり恐怖感が感じられない。

「肝心の王も悪魔もまだ見てないんだけどさ」

 会っていれば暢気に話などしている場合ではなかっただろう。王の私室と思しき扉の前を緊張しながらぎくしゃくと素通りしてきたことなどおくびにも出さず、ヒスイはあっけらかんと言った。


「夜の王とは久しく聞かない呼び名だ」

 どこか懐かしむように――そんな気がしただけだが――イルローゼが言った。

「へぇ。俺もついこの間初めて聞いたんだ。じゃあ、いつも何て呼んでるんだ?」

「イル様です」

 リリアがマントから頭を出して、無邪気に言った。

「いや、イルじゃなくて夜の王のね――」

「ですから、イル様です」

 ヒスイを遮ってリリアが言い張る。

「いやいや、それじゃイルが夜の王ってことに……え?」

 リリアは不審げなヒスイに何度も首を縦に振って答える。

「えーと……え? 嘘……だよね?」

 イルローゼに訊き返すと、リリアが真面目な顔で答えた。

「私は嘘は言いません」

「あ、あぁ、ごめん……」

 ヒスイは何度もリリアとイルローゼを交互に見た。

 嘘は言っていないらしいリリアと、否定もしないイルローゼ。


「夜の王?」

 怖々、そうイルローゼに問えば、

「人間たちはそう呼ぶ」

 と淡々と返ってきた。


 ヒスイは目を見開き、大きく息を吸って、それから叫んだ。

「ウッソーっ!?」

 あまりの大声だったせいか、イルローゼが顔をしかめた――気がした。


「え? え? 夜の王? イルが? 嘘だろ? そんな、まさかぁ……」

 知らずに随分と話し込んでいた気がする。

 突然背後にいたことが、おかしいと言えばおかしかったのだが、まさか夜の王がリリアを心配して駆けつけ、ましてや背を叩いてあやすと思うだろうか? 夜の王は強大な力を持った悪魔であると、ヒスイの中では確定していたのだ。

「夜の王って悪魔みたいなんじゃ……」

 本人を目の前にして悪魔と呼ぶには、かなりの違和感があった。


「得体の知れない生き物だ。悪魔と似たようなものだ」

 何の感慨もなくイルローゼが言った。


「違います! イル様はとても良い方です!」

 イルローゼのマントを握り締め、中からリリアが必死に言い募る。

「私が寂しくない様に、いつもそばにいてくれました。何でも好きなことをさせてくれました。たくさんのお花もくれました。イル様は私にとても良くしてくれました」

 随分と信頼しきった様子のリリアに、ヒスイの中でまたも嫉妬が頭をもたげる。

「だけど、そうしなけりゃいけない状態にしたのはイルだろ?」

 意地悪にそう言うと、リリアはさらに言い募った。

「違います! イル様は悪くないです! 私とお父様で決めたことなんです!」

 ヒスイは、イルローゼを必死に庇おうとするリリアを少し寂しい思いで見つめた。


「ソルートの国が攻めてきたとき、私が嫁げば属国として庇護すると隣国に提案されました。私はそうするつもりでした。国を守るためですもの。私は何でもする覚悟がありました」

 ソルートは今も北方にある、勢いのいい国だ。近隣諸国と和平を結び、仲良く交流してはいるが、その昔は勢いに乗って辺りを侵略していたという。それらの一国がリリアの国だったのだろう。

「ですがある晩、二国間の密談を聞いた者がいました。援護するとして恩を売り、私を身の内に入れてシュノンを自国の領土にすること、地下資源を我が物と知らしめること。ソルートがそれに手を貸す代わりに、見返りを要求していたようです」

「それって陰謀じゃないか」

「えぇ。それでお父様はどちらの国にも屈しないと心を決めました。ですが、シュノンにソルートに勝る力などありません。そこでお父様が、どこからかイル様の力を借りる方法を見つけ出したのです」


 ヒスイはちらりとイルローゼを見た。


 その表情からは何の感情も読み取れなかった。


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