第三章 名を持たない影
原初銀河の奥深くに、黒い霧が広がっていた。
その霧は、光を飲み込むのではなく、光と光のあいだにあるつながりを消していく。
手を伸ばしても、誰かに触れた感覚がない。
声をかけても、言葉が届かない。
仲間の姿は見えているのに、その人が大切だという気持ちだけが遠ざかっていく。
「これは……心のつながりを消している!」
ユイが叫んだ。
彼女の光の糸が、次々とほどけていく。
ルミナがユイの手を握る。
「大丈夫。私たちはここにいるよ」
けれど、その声さえも、霧の中ではかすかにしか届かなかった。
やがて、黒い霧の中央に、ひとつの人影が現れた。
姿は定まらず、見る者によって違って見える。
ある者には少年に、ある者には老人に、ある者には何もない空間に見えた。
「私は、名を持たぬ者」
その声は、いくつもの声が重なったように響いた。
「出会いは、別れを生む。違いは、争いを生む。願いは、失望を生む。ならば、最初から何も結ばなければよい」
ニジは前へ出た。
「君は、最初の約束を消そうとしているのか?」
「約束など、必要ない。存在は孤独であるべきだ。互いを求めなければ、傷つくこともない」
クロノスが、厳しい表情で告げた。
「それは、かつての私と同じ考えだ。色を奪えば争いがなくなると思っていた」
バラグも続く。
「私は物語を断ち切れば、悲しみが終わると思っていた。だが、どちらも間違いだった」
名を持たぬ者は、二人を見つめた。
「過ちを犯した者が、何を語る?」
クロノスは目をそらさなかった。
「過ちを知った者だからこそ、語れることがある」
ニジは、名を持たぬ者に手を差し伸べた。
「君にも、誰かと出会いたいと思ったことがあるんじゃないの?」
その問いに、黒い霧がわずかに揺れた。
けれど、影は何も答えず、さらに深い闇を広げた。
「ならば、君たちに見せてやろう。出会いがなかった世界を」
三十人の足元が、黒い光に包まれた。




