第一章 題名のない銀河
翌日、二十九人は白紙の本を囲んでいた。
本は大広間の中央に置かれ、誰が触れても、どのページにも文字は現れなかった。
ニジが表紙に手を添える。
「この本は、ぼくたちに何かを伝えようとしている。でも、無理に開こうとすると、光が消えてしまうんだ」
「まるで、心を開くのを怖がっているみたいだね」
ルミナが小さな声で言った。
ユイは、本の周囲に漂う光の糸を見つめていた。
「この本には、たくさんのつながりがあるよ。でも、その糸はどこにも結ばれていない。誰かが結んでくれるのを待っているんだ」
そのとき、アマネの胸元にある創世の紋章が、淡く光った。
「みんな、聞いて。これは、物語が生まれる前の場所につながっているのかもしれない」
アマネは、創世銀河で出会った生命の始まりを思い出していた。
何もない宇宙に、最初の光が生まれる瞬間。まだ星も、海も、命も存在しない世界。それでも、そこには確かに、未来へ向かう可能性があった。
「この本は、誰かの過去を記録するためのものではないのかもしれない。これから生まれる物語を受け入れるための本なのよ」
トワが静かに続けた。
「けれど、未来の物語にも、過去から受け継ぐものがある。記憶がなければ、出会いの意味も分からなくなってしまう」
その言葉に、ニジは本を見つめた。
「創世と永遠。始まりと受け継がれる想い。その両方が、この本には必要なのかもしれないね」
すると、本のページが再び開いた。
今度は、白いページの中央に、ひとつの星の絵が浮かび上がった。
星の名前はなかった。
その周囲には、無数の小さな点が描かれている。どの点も、まだ色を持たず、どの点も、まだ形を決めていなかった。
そして、ページの下に、短い文章が現れた。
『まだ生まれていない物語が、帰る場所を探しています。』
バラグは、その文字をじっと見つめた。
「帰る場所……。それは、かつての私が奪ってしまったものと似ている」
彼は、断章王だったころの自分を思い出していた。
物語を途中で切り捨て、悲しみや別れを消そうとした日々。誰かの続きを奪うことが、どれほど残酷なことだったのかを、今では知っている。
「もしこの本が、まだ誰にも読まれていない物語を守ろうとしているのなら、私たちはその物語を探しに行かなければならない」
ニジは力強くうなずいた。
「行こう。まだ出会っていない誰かのために」
二十九人は、白紙の本が示した星へと旅立った。




