第13話 監査官が参ります
二度目の評議の朝、東の間の卓はわたしが組んだ。
招集は当家、議長は旦那様。前の評議で載った議が片づいていないので、続きは当家で開く。座次の案を出す者はいない。
名札を九枚置く。北の短辺に議長、南の短辺に記録役、東西の辺に家門が七つ。ハーヴェル家は今日も欠席で、札だけ残す。
東の辺は北から、叔母上、ヴィエラ伯爵夫人、カリス男爵夫人の義妹、いちばん南にハーヴェル家。西の辺は北から、わたし、カリス男爵夫人、アーレン男爵、いちばん南がロッシュ子爵。子爵を西へ置く理由は前の評議で述べてある。一度卓の上で通った理由は、次の卓でも通る。
札は屋敷の楡で挽く。九枚のうち二枚だけ楡ではない。茶会のあとに反ったので、物置の薄い板から挽き直した。削りが浅く、角も落としていない。ヴィエラ伯爵夫人と、カリス男爵夫人の義妹のぶんだ。
叔母上は刻限の半刻前に来た。
「わたくし、今日は下座で結構よ」
「下座は、いちばん先に述べる席でございます」
「存じております」
この人は前の評議で覚えたことを持って帰った。上座は最後に述べる席だから、捨てる。
「お移しいたします」わたしは叔母上の札に手をかけた。「ロッシュ子爵を一つ北へ上げまして、西の辺のいちばん南へ。叔母様のお隣は、北にアーレン男爵お一人でございます」
手袋が、膝の上で止まった。
「……男爵お一人」
「はい。下座は先に述べる席でございますが、述べた議は隣席の唱和がなければ議事に載りません」
「……もとのままで結構よ」
わたしは札を戻した。議長の隣で、この家でいちばん格の高い客の席だ。南隣はヴィエラ伯爵夫人になる。
卓をもう一度端から見た。
十枚あった。
「ミルカ」
「はい」
「札は何枚に見える」
「十枚です」
「わたしは九枚置いたわ」
「じゃあ一枚多いです」ミルカは卓の東側を歩いた。「東の、北から三つ目。薄いのが三枚あります。奥様が挽いたのは二枚です」
「木」
「奥様の二枚は同じ板からです。木の目が同じ向きに走ってます。あれだけ横です」
わたしは札を取った。
裏は無地。表にダルシーと彫ってある。彫りは新しく、木は楡でも物置の板でもない。屋敷の札は全部わたしの手を通る。十年、外から入れた札は一枚もない。
「それを、どこへ」
叔母上は卓の向こう側から見ていた。座らずに、立ったまま。
「叔母様。この札は、うちの木ではございません」
「ダルシー家は先代よりクレスウェル家の縁続きよ。立会に加わっていただくの」
「立会の家門を加えるには、前の評議で議に載せ、唱和を得なければなりません」
「述べましたわ。閉会の前に」
「議事に載っておりますか」
オズワルドが羽根ペンを削る手を止めて、綴りを繰った。
「載っておりません」
「では、述べたことは残らないと仰るの」
「隣席の唱和を得れば残ります。あの日、叔母様のお隣は、どなたでございましたか」
「覚えておりませんわ」
「記録に座次は」
「ございません」オズワルドが言った。「記録役は議のみを書きます」
卓の東側で、ミルカが椅子の脚を直していた。
「ミルカ。前の評議の卓を、もう一度言って」
叔母上が卓を回ってきた。
「その子、読めないのよ」
「読めません」ミルカは立ち上がった。「かたちで言います」
ミルカは北から歩いた。歩きながら、指で空を差していく。
「北の端が議長です。札はぜんぶ、うちの木じゃないやつでした。薄くて、角が落ちてません。東の一番目が叔母様。次に女の方がお一人、その次が誰も座らない札。いちばん南に、また女の方。西は上から奥様、その下が——」
「結構よ」
「まだ途中です」
「結構と申しました」
叔母上は帳面を開いて、すぐ閉じた。
「読めない者の言うことは、どこにも記されないの」
同じ言葉だった。九日前、この人はそれでこの子を黙らせている。
わたしは前掛けの隠しから紙を一枚出した。
「記してございます」
叔母上の手が止まった。
「九日前の午後、厨房付きの見習いミルカの申し立て。前の評議の卓の並び、北から順に。日付を入れ、料理番の長の印をいただいております」わたしは紙を卓に置いた。「屋敷の帳面ではございませんが、屋敷の紙でございます」
「そのようなもの、書いたのは」
「わたくしでございます。申し立てた者は、そこにおります」
「読めない者の申し立てを、読める者が書いたのでしょう」
「読める者が書いた申し立ては、全部そうでございます」
叔母上は答えなかった。
答えられない。九日前にこの人が言ったのは、読めない者の言葉は記されない、ということだった。記された紙が卓にある以上、次に言えるのは記した者を疑うことだけで、記した者はこの家の夫人だ。
わたしはダルシー家の札を卓から下ろした。
「九枚でございます」
◇
記録役が出席を読み上げた。西の辺、上座から。
クレスウェル公爵夫人 アデライド・クレスウェル。
わたしは椅子から半分立って、また座った。この卓でわたしの名が呼ばれたことは一度もない。呼ばれているのは、いつも北の棟の石の床にいる人の名だ。
議は測量の人数から始まり、三人と五人で割れて、四人に落ちた。日取りは秋の初め。前の評議で載った議は、これで片づいた。
片づけば、次へ進む。
「では、財の議を」旦那様が言った。「下座から」
順は下座から上がってくる。ロッシュ子爵、アーレン男爵、義妹君、カリス男爵夫人、ヴィエラ伯爵夫人、わたし。誰も述べなかった。最後が、議長の隣だった。
「クレスウェル家の持参財の管理について。当主お一人の裁量に置き続けるのは重うございましょう。——ただし、その前に検めていただきたいことがございます」
叔母上は膝の上の帳面を卓へ置いた。厨房の帳面だった。背に、二年目の年が入っている。
「この家の夫人の存否を、この評議で検めていただきたい」
言った。
隣席で、ヴィエラ伯爵夫人が茶碗を置いた。
「同じ議を、述べますわ」
わたしは叔母上の隣を空けなかった。空ければ、この人は次の評議で同じことをする。その卓を組むのが、わたしとは限らない。
「議事に載りました」オズワルドが言った。
「記録役」わたしは言った。「そのままお書きください。日付と、述べた方のお名前も」
「入れます」
叔母上の指が帳面の背から離れた。
「……何をなさるおつもり」
「議事の写しは家門評議所へ上がり、家門の記録に綴られます」わたしは言った。「綴られた記録は、王家の家門監査に用いられます。叔母様のお名前で、この家の夫人の存否に疑いがあると、そこに残ります」
「それが何か」
「疑いのある家の財は、親族会には分けられません」
卓が動かなくなった。
「王家のお預かりとなります。預かりが解けるのは疑いが晴れたときで、晴らすのは王家でございます」わたしは叔母上を見ずに、卓の上の紙を見ていた。「叔母様は、財を親族会へ移したいと仰いました。いま載った議が通れば、財は王家へ移ります」
誰も何も言わなかった。ヴィエラ伯爵夫人が、唱和したばかりの口を閉じた。
「……取り下げますわ」
「取り下げられた議は、同じ評議に二度は出せません」わたしは言った。「記録役、そのように」
「書きました」
叔母上は厨房の帳面を袋へ戻して、手袋をはめ直した。
この人は確信している。たぶん去年の秋から。声も、手袋も、味付けも、抜けた年も、全部数え終わっている。数え終わっていて、卓の上では言わない。欲しいのは家の財で、真偽ではないからだ。真偽を卓に載せた瞬間、財は手の届かないところへ行く。だからこの卓の上では、この人は永久に言わない。
◇
馬車は昼過ぎに出た。客を送る位置は玄関の間の三段目だ。叔母上は最後に出ていった。荷は来たときより一つ多い。二年目の一冊は、返らなかった。
「よく回る卓をお作りになるのね」
「恐れ入ります」
「わたくし、卓は好きではないの」叔母上は手袋の指を一本ずつ伸ばした。「紙のほうが好きよ。卓はその日に帰ってしまうでしょう。紙は残るわ」
「はい」
「ひと月前に、王都へ紙を一枚出しましたのよ」
わたしは頭を下げたままでいた。
「王家の監査官がいらっしゃるわ。せいぜい、本物でいらして」
扉が閉まった。
馬車が丘を下りていくのを、三段目から見ていた。
隣で、足音が止まった。
旦那様が同じ段に立っていた。十年、この人が客を送る段に立ったことはない。列の外側の高いところに立つのが妻の位置だと作法の本にある。二人で立つとは、どこにも書いていない。
「ユーニス」
「はい」
「証明できるか」
「できます」
「どうやる」
「奥様は十年、床から出ておられません。出ておられない方が生きている証は、紙でございます。見舞いの返し、ご実家への手紙、四半期の報告。十年ぶんの控えが、全部手元にございます」
「揃うか」
「揃います」
旦那様は何も仰らなかった。
自分の言ったことを、頭の中でもう一度並べ直した。並べ直して、はじめて分かった。
「……揃えますと、奥様は」
声が止まった。二度目で出た。
「生きておいでのままに、なります」
四日前の夜、北の棟の石の床に麻布を四枚敷いて、花を二本置いて、三人で名前を呼んだ。あれは紙の上に一行も残っていない。残っていないものは、無かったことになる。九日前、叔母上がミルカにそう言った。
「旦那様」
「なんだ」
「証明して、よろしいのでしょうか」
答えはなかった。
玄関の間をオズワルドが横切ってきた。手に封書が一つ。蝋の印が赤い。赤い蝋を使う先は、一つしかない。
旦那様が目でこちらを示した。わたしが封を切った。
「王家家門監査官、ギルバート・ノース」わたしは読んだ。「七日の後、当家へ参る。家門記録の監査に入る。期間は定めない、と」
「終わるまで、ということだ」
紙を畳んで、玄関の間を見渡した。迎えの列は東側に組む。家令が先頭、執事が二人、料理番、侍女が六人。庭番と馬丁と洗い場を足して、二十一人。列の幅は八歩と少し。
屋敷の帳面には、二十二人と書いてある。列に並べるのは二十一人で、三段目は一つしかない。
【本日の席次】東の間・長卓ひとつ・九席。組んだのはうちの者でございます。名札は十枚ございましたので、一枚下ろしました。
叔母上のことを、最後に少し。
この人が本編でついた嘘は、婚礼の朝の話だけでした。あとは全部当たっています。声も、手袋も、味付けも、抜き取った年も。当たっていることを卓の上で言うと自分が損をする、という計算だけが、いつも一歩先に立っていました。だから最後まで、いちばん言いたい一文を議事に載せずに帰りました。
載せなかったぶんは、別のところへ回ります。次に来る人は、それを卓の上で言います。言うのが仕事なので。
ところで、この家には人を数える習慣があります。叔母上は皿と使用人を数えて帰りました。監査官は、もっと丁寧に数えるそうです。うちの数え方はもう少し雑で、栞と評価の数を、そのままこの家の人数として数えております。七日後の列に一人加わっていただけますと、こちらの頭数が一つ増えます。
次回、丘を上がってくる馬車は一台です。荷は鞄がひとつ、供はおりません。




