入学日1日目(教室内で 自己紹介)
今、入学式を終えたばかりの隼人は教室の自分の席で入学式のことを思いだして反芻していた。これから1年間お世話になる1年B組の教室は校舎の4階で、校庭側のガラス窓から入る明るい日差しで教室内はいっぱいだ。まだ担任も来ていないこともあって、まわりでは雑談や自己紹介が始まっていた。
入学式は今朝のドタバタな一件のことを帳消しにするくらい素晴らしいものだった。校長や学校関係者の長いお話はお約束のとおりだったが、初めて生演奏で聞いた聖歌隊(部活動らしい)の合唱や講堂に設置してあるパイプオルガン(こんなもの自体があることにビックリ!)の演奏には本当に感動した。まだ学校生活はスタートしていないが、これだけでもこの学校に来てよかった、と隼人は思った。クラブ勧誘とかは後日あるとのことだが、なんとなく楽しみだ。
そんなニヤついている隼人に横から話しかけて来る女子がいた。
「ねえ、君、どこから通っているか教えてくれない?」
突然の呼びかけに驚きつつも、隼人は声のする方を見るとフチ付きのメガネをかけた快活そうな女子が自分の方に体を乗り出してきていた。
「急に声をかけてごめんね。私エマっていうんだけど、最近君の家の近くでヤバい事件がなかった? この地区内でいろんな事件が起こっているらしいんだけど、警察も動かないし、報道も全然されていないんだってウワサなのよ」
少し考えながら隼人は答えた。
「オレは基町に住んでいるんだけど、そんな話は~ 聞いたことがないかな~ ただ、オレは最近こっちに引っ越してきたから、まだよくわからないんだ」
隼人が答え終わるか終らないうちに担任が教室に入ってきたので、エマはあわてて自分の席に戻った。担任は、年の頃がお姉さんって感じのすっぴんでもかなりきれいな落ち着いたシスターだった。シスターを見るのは初めてではない隼人だったが、学校の先生をしている人がいるとは思ってもみなかった。
「はい皆さん、静かにしてください、って言う必要もないわね」
担任はクラス全員の顔を眺めながら優しさの中にも厳しさを感じさせる声で話始めた。
「さすが、この聖エルモ学園に入学してくるだけあってマナーは申し分ないわね。皆さんは、この地区では恵まれたご家庭出身の方がそろっていらっしゃるものね。だから、細かいことは言いません。今日から卒業するまで、自分が何をすべきかを毎日考えて生活してください。そして、自分の行動には責任が伴うことをお忘れなく」
クラスの中の空気はピンっと張りつめたので、担任はわざとリラックスした表情になった。
「じきに慣れてくるでしょうから、そんなに緊張しないでください。あ、いけない! 忘れていた! 私の名前は神鳴響子です。担当は社会科の倫理で、本校の卒業生です。昔は男女別々のクラスだったのに今は同じ教室で勉強できるなんてうらやましいな!私の頃もそうだったなら、私もきっと恋に勉強に高校生活を謳歌できたのに…」
響子先生は胸の前で手を合わせて天を向いたまま夢見心地でしゃべり続けていたが、沈黙している生徒全員の視線を感じて、ゆるく握ったこぶしを口にあてて小さくセキをした。
「それでは皆さん、今日は簡単に自己紹介をしてもらって、その後に学級委員を決めたいと思います」
「ビッテ、フロイライン カミナリ。さっきの式典も疑問だったのですけど、自己紹介、学級委員っていったい何ですか? 学校は学ぶことがだけが目的の場所ですよね?」
教室の後ろの方からはっきりとした女子の声が響き渡った。教室中の目が一斉に声の主に集まり、外国人であることにどよめきが起こった。声の主は呼びかけ方が間違ったと思ったようだった。
「日本ではシスター カミナリがいいのかな?」
五十音順のため席が前から2番目だった隼人は、振り向いた瞬間、朝の外国人の女子生徒であることに一目で気がついて、直ぐに顔を机に伏せた。
「前の方に座っていたから全然気づかなかったけど、朝のあの女の子と同じクラスだったのか…」
「呼び方はどちらでもいいわよ、ミス カトリーナ。あのね日本ではね、式典で公式な場所でのマナーを、自己紹介でクラス全員に自分のことをアピールすることを学んでもらっています。学級委員は、クラスの生徒の代表をみんなで選んで決めます。日本ではどれも学校で学んだり経験する必要があることです。分かりましたか? このまま、あなたを皆さんに紹介しちゃうわね。はい、皆さん前を向いて!」
響子先生はカトリーナを教壇の方へ呼んだ。隼人は顔を見られないように机に伏せたままだった。
「この人はカトリーナ クラインと言います。スイスからの留学生です。日本の文化の体験と研究のために日本にいらっしゃいました。ミス カトリーナ、自己紹介をして」
カトリーナはピンッと背筋を伸ばして朗々とした流ちょうな日本語でしゃべり始めた。
「私はカトリーナ クラインです。ドイツ系のスイス人です。スイスはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語を話す人たちがいる自治州が集まるの連邦国家で、みんな自分たちの文化に誇りを持っています。私はカトリック教徒ですので、日本のカトリック系の学校で勉強できることを楽しみにしています。カトリと呼んでもらえればうれしいです」
「カトリ、でいいのね。どうもありがとう。それじゃ、あとはサクッと行きましょう。
校庭側の列の一番前の人からお願いします」
隼人の前の席の男子が立ち上がった。隼人は自分のことで何を話そうかと考えるのに夢中で一番目の男子がしゃべっていることは耳に入ってこなかった。
「はい、次の人どうぞ! 赤城君?」
響子先生に促されて、やっと自分の番だと気づいた隼人は、盛大にイスを引きずる音をたてながら立ち上がった。
「オレ、いや僕は赤城隼人です。最近基町に引っ越してきました。皆さん、よろしくお願いします」
“あのヒト、「あかぎ」って言うんだ…”
一気に早口でしゃべり終えた隼人は直ぐにイスに座り、また盛大に音をたててイスを戻した。大勢の人前でしゃべるのが苦手で今回もうまく自己紹介できなかったことに軽い自己嫌悪した隼人には、その後の生徒の自己紹介は全く聞こえてこなかった。




