女子は怖さよりやっぱり噂話
二人が廃ホテルに立ち入ると、かつては立派なエントランスだったであろうホールにその面影はもはや残っていなかった。
備品の革のソファーには刃物で切られたような切れ目から中身が引きずり出されてあらわになっており、大きな花瓶は床に放り投げられて粉々になっていて、入っていただろう枯れた観葉植物がばらまかれた土と一緒にまき散らされていた。その他にも高価そうな机やイスが散乱し、持ち込まれたと思われるゴミも一面に散らかっいて、壁にはスプレーで品の無い落書きがいくつも大きく書かれていた。
まだ、このあたりは入口や壁のガラスを通して外の光が入り予想よりも明るかったが、奥に進むにはこの時間でも懐中電灯が必要だった。
「思っていたより、すさんでいるわね」
なかば呆然としてエマがつぶやいた。
「この荒れ果てた建物の設備や物品が昔は大勢の人たちが使われていたかと思うと、『盛者必衰』って感じで不気味だな」
荒廃した建物内部を見回しながら隼人がエマのつぶやきに呼応した。
“ここはマジにヤバいかも…”
リアルに怖そうな表情を浮かべたエマがいつの間にか隼人に寄り添ってきていた。そして隼人の袖を引っ張って自分の体に寄せ身を隠すようにする。
その場から隼人が前へ進んで行こうと一歩踏み出すと、エマは体をビクッと震わせた。
「ちょっと、勝手に先へ行かないでよ…」
小さく早口で頼むように言ってエマは隼人から離れないように後について来た。
《今夜のミッッションではこの建物内での近接戦闘にもつれ込む可能性があるから、内部の間取りや通路を実地観測だ》
隼人の心の内に自分とは違う別の意思の声が聞こえてきた。
“こんな不気味なところはサッサと先へ行っちまいたいよ”
隼人本人の気持ちとは裏腹に建物内を懐中電灯で照らしながら、素早くかつポイントを押さえつつ《ハヤト》は建物の内部を観測して記憶していく。
「ねえ、こんな暗闇の中で何を探し回って歩いているのかな、赤城君は?」
丁寧な引きつった声のエマが隼人の腕を引っ張りながら問いかけたが、無言で隼人は淡々と作業をこなし続ける。
「ねえ、聞いてるの! 赤城くん!」
《ちょっと夢中になっちまったな。悪かったな、嬢チャン》
肝試しを利用しての実地観測に専念していた《ハヤト》は、放置してしまっていたエマへ差し障りの無い返事をした。
「目印を隠す場所を探しているんだよ、エマ。見つかりにくくて、見つかりやすい場所をね」
「変なのそれ! いったいどっちなの?」
エマは一瞬、恐怖を忘れて思わず吹き出してしまった。
《そうか、女の子はしゃべってナンボだったな》
隼人は自分の観測ペースは落とさないままでエマに話しかけた。
「エマは学園の面白いウワサとか知らないか?」
エマは急に目を輝かせ始めて、自分から隼人の顔にホホが触れそうなくらいに近づいた。
「身近なところで言うと、剛介なんだけど、地元では有名な実業家の跡取り息子なんだって! どうやら自分の意志とは関係のなくこの学園に入れられて、入学早々荒れてるらしいの。本当は野球がやりたくって、超有名校のスカウトからも話があったくらいなんだって」
エマは一気にしゃべると続けざまに次の話をし始めた。
「担任の響子先生も昔は結構なワルだったらしいのよ。それで、ある事件を起こして心の底から改心してシスターになったらしいの。そのときの心の入れ替えようったら物凄くて、猛勉強してキリスト教の総本山のバチカン市国の法王庁にも知り合いがいるくらいらしいのよ」
「へえ、人は見かけによらないんだな! 面白い話だ!」
《ハヤト》は少し大げさに反応し、ついでにエマを試す質問をした。
「あとさ、この間の誰も手を出せない事件のことで知っていることはないか?」
「その件はナゾが多いのよね… ただ、父さんによると、ちょっと前に近くで銀行強盗があって犯人の一人に逃げられたらしいんだ。あのウワサと関係ありそうなんだけど、詳しいことは公表されないし、メディアも発表をしないようにお上に協力を求められているんだって。知る権利があるはずなのに変だよね」
隼人はエマの方も見ずに相づちをするだけだったが、エマは気にも留めていなかった。
《おい、この際だから、おまえの聞きたいことを代わってエマに聞いてやるよ》
突然、内なる声が隼人に協力を申し出てきた。
“オレの聞きたいことって! おい、何言ってんだよ?!”
出しゃばってきた《ハヤト》の声に隼人は怒りを覚えた。
「ざけんなよ! 余計なことすんじゃねーぞ!」
「ん、どうしたの、赤城?」
「いや、なんでもないぜエマ」
《まあ、いいから任せておけって》
《ハヤト》はエマには返事をしたが、隼人のことを全然相手にしていなかった。
「エマ、実はちょっと聞いて欲しいことがあるんだ…」




