プレゼントの到着
カトリは開けた扉から上半身を入れ、見回しながらヨーコ先生をさがした。ヨーコ先生と目があったところでカトリはお辞儀をして室内に入って来た。
「どうぞお入りなさい」
ヨーコ先生はカトリを招き入れてイスを勧めた。決めかねていた話の順番は、差しさわりの無いプレゼントの件から先にカトリに伝えることにした。
「カトリに頼まれていた物が届いたから渡そうと思います。相談室に行きましょう」
二人が奥にある相談室に入ると、室内の真ん中にある長机に硬質プラスチックのポリカーボネイト製の長方形の楽器ケースの様な物が置いてあった。
「開けてみていいですか? ヨーコ」
好奇心を隠さないワクワクした顔のカトリの問いにヨーコ先生は微笑みながらうなずいた。カトリがケースを開けるとそこには反射を防ぐための艶消し処理をした黒い狙撃用ライフルが入っていた。
「ダンケ、ヨーコ! このライフルは初めて見ます。取り出してみてもいいですか?」
目を輝かせながらカトリはライフルを取り出して持ってみた。ライフルの方が大きくてカトリとはバランスが取れていないようにヨーコ先生は思った。
「結構重いですね。何というライフルですか?」
「正式にはM110 Mk1 Mod1 という長い名前よ。あなたの希望のとおり消炎消音のサプレッサーが付いていて、セミオートに特注でフルオート機能を追加、高性能のスコープも付けてあるわ。弾は7.62mmだからラバー弾でも充分パンチ力があるわよ。弾丸が250mの距離で10cm内に集弾するようにスカウトが調整してくれたし、火薬の爆発音や弾の飛行音を消すようにガンパウダーの調整はガンスミスがやってくれたわ。ストックもあなたに合わせて短くしてもらったのよ。銃を撃っても銃声はしないし本当にボルトが前後する作動音しか聞こえないわよ」
「私はSIGしか使ったことがないから、楽しみな反面すこし不安もあります」
「マリーンのみんなは一生懸命やってくれたから、心配無用よ」
アメリカ四軍の救出活動にかかわったヨーコ先生には、この銃の調整に携わった海兵隊の連中にも顔なじみがいる。みんな難しい調整もイヤな顔をせずに一生懸命に取り組んでくれた。
「カトリ、あなたにはもう一つお話しがあります。あなたと行動を一緒にする人物のことです」
今までのテキパキとした態度から一転して、ヨーコ先生は伏し目がちになった。いきなりカトリに、生前のキャリアはどうであれ、現在はただのドシロウトの高校生(の移植心臓)と組めと言うことには気が引けた。二人がペアを組む前に、隼人の訓練期間を確保するための時間稼ぎをそれとなくしなくては…
「実は… その人物の手配に少し問題が発生したのです…」
それまでニコニコしていたカトリの顔に驚きの表情があらわれた。しかし、思い直したように銃のケースへ目を移し、持っていたライフルを丁寧に中に戻した。
「ビッテ! いったい何が起きたのですか?」
ヨーコ先生の方へ向き直ってカトリは問いかけた。
「その… 予定していた人物が負傷して来れなくなったので、別の人物で補充することになったのです」
ヨーコ先生には苦渋の顔色が表れる。
「今や『バベル』による攻撃は、いつ、どこで起こるか予断を許さない状況です。そこでベストでなくてもベターな人材を用いることにしたのです」
ウソをついている。時間稼ぎに必要とは言え、自分は平気でウソをつける人間にはやっぱりなれない、とヨーコ先生は思っていた
「その人物は軍人ですか? 民間軍事会社の所属しているのですか? どのような部隊・組織のキャリアがあるのでしょうか? 」
「実力があれば経歴や肩書にはこだわらないのが私たちの考え方です。職務遂行と情報保全の能力は保証しましょう」
またウソをついた。能力の保証なんて今すぐできる訳じゃない。本当はこれからの作戦中にカトリを窮地に追い込むかもしれないのに…
「わかりました。ワタシはあなたを信用します、ヨーコ」
カトリは真剣な目つきでヨーコ先生の目を見つめていた。
「ではその人には、どのような任務を任せるのですか?」
胸の内は晴れないままだが、落ち着いた表情でヨーコ先生は話ができるようになった。
「あなたの狙撃を補佐する、計測のためのスポッターと後方支援・周辺警戒を任せます。ただ…」
「ただ?」
カトリは、ヨーコ先生の言葉の語尾を上げてオウム返しした。
「ただ… その人物にも準備期間が必要なので、準備ができ次第カトリに会ってもらいましょう。ですからもう少しだけ待ってください」
「わかりました、ヨーコ。それではこちらでは連絡をお待ちしています」
カトリはお辞儀をしたあと、ヤル気で目を輝かせながら部屋を出て行った。
週末にも隼人を東富士にあるマリーンの訓練センターへ連れて行って、ひと通り技能を身に着けさせようとヨーコ先生は強く心に決めていた。
しかし、ヨーコ先生の思いむなしく、時の流れはヨーコ先生たちを待ってはくれなかった。




