魔道具師全体の課題一つ目・②
「父さま。我が領地の森なんですが、中に入る許可をください」
サイは願い事を簡潔に述べた後で理由を語る。ギィは森に行くというサイに目を丸くして、理由を聞いて深刻な顔つきになった。
「それはあくまでも可能性だろう。調査員を派遣して確認してからでもいいんじゃないのか」
調査員を向かわせる、と言うギィ。
「まぁ切羽詰まってないのでそれでもいいですが、領民たちの反対を受けるだろうから説得出来ますか」
サイは領民たちを説得出来るのなら、と頷く。
「あー、そうか。それならば私が行くとしよう」
ギィも領民たちの説得は簡単では無いことを思い出したように頷き、結果自分から行くことを提案。その調査次第で改めて場を設ける、という話を進めていたのに。
「いや、俺も同行させて欲しい」
「俺も」
ルーノが興奮したように名乗りダンが便乗して、サイも行きたいと便乗して結局日にちを改めて四人で向かう次第になった。
***
「領主さま、なんの用だ?」
ギィとサイたち三人が領地に到着すると、森の管理者という領民の元へ向かう。年の頃は六十代後半。サイの前世では人生百年時代、などと言われていたが、こちらの世界の平均寿命は七十五歳辺りらしい。きちんと統計が取られているわけではないが、七十歳直前くらいの男女に出会うと、前世ではまだまだ溌剌とした雰囲気の年齢なのに対し、こちらではかなり老いを感じる雰囲気で。
目の前にいる森の管理者というこの人も例に漏れず老いを感じさせる。
「トバさん、ちょっと森に入る許可が欲しいのだが」
ギィが森の管理を務めているトバに切り出す。
「うむ? 森へ? 構わんけど、後ろの人たちも一緒なのか?」
訝しむトバにギィは息子のサイと魔道具師のルーノと魔術師のダンだと紹介する。警戒していたはずのトバは魔術師と聞いただけでその警戒を解いた。
「なんだ、ようやく魔術師様が来てくれたか」
トバの一言に目を丸くするギィ。
「どういう意味かね?」
「おん? 領主さまは言い伝えを知らないかや?」
不思議そうに首を傾げるトバだが、ギィも同じように首を傾げる。
「言い伝え?」
「おん、そだや。領主さまのじいさまが仕えていた前の悪人領主。あれは全然言い伝えとか信じなかった、とオイラはじいちゃんから聞いたけど、そのじいちゃんもそのまたじいちゃんに聞いた話らしいがな」
訛りがやや強いトバの話では森の管理者というのも後からいつの間にか付けられただけで、要するに森の入り口に代々暮らしているから、そう言われているらしい。
そして、トバの先祖が代々口にして来たことには、森は木を切ってはならない、ということ。それからいつか魔術師様が来るだろうから、そうしたら森に入ることを許すこと。という言い伝えがあるのだ、と。
「つまり、開拓してはならない、という言い伝えを守るのと同時に、いつか訪れる魔術師を待っていた?」
根気よく話を聞いていたギィが確認を取ると、そだや、とトバが頷く。
「私が聞いているのは森を開拓してはいけない、ということだけだったな」
「おん? そかや。領主さま、知らなかったがー」
兎にも角にも、魔術師が居るのなら、言い伝え通りに森に入ることは大丈夫だ、とトバが言い切り、案内でもしようか、とまで言う。
「何か案内するようなことがあるのか?」
まだ言い伝えがあるのか、とギィがトバに確認すれば、頭髪は綺麗にツルッとしているトバが、右手で自分の頭をペシペシ叩きながら、ヨタヨタとする足を左手で摩りながらもニカッと笑って頷く。
「そだや。言い伝えには、森の奥の日が届かないところに、魔術師様がとっても必要なものがあるだよ。それは、うんと金を払っても欲しいって言うだろうから何があっても木は切っちゃならねって言われてる」
ギィも、ずっと黙っていたサイ・ルーノ・ダンも、それは間違いなく大当たりのヤツだ、と理解する。
つまり、そう、長らく入手困難、とまではいかないが高値で品薄の、核が生えているって可能性が大きいということだ。魔術師どころか魔道具師全体で考えても良い案が何一つ浮かばなかった長年の課題。
折角なのでトバを案内役として、その日の当たらない魔術師が必要とするものがある所へ連れて行ってもらうことにした。
外から見ても森は大きいことは分かっていたが、中に入ってみると日が届かないというのは、視界不良ということをサイは改めて知る。案内役のトバが持つ平民仕様(低価格で手に入りやすい)のランプの灯り。それがこれほど頼もしい灯りに見えるとは思わなかった。
そのランプの灯りが足元を照らしてくれないと、濡れ落ち葉に足を取られ、樹の根っこに躓き、動物の死骸を通り越して骨が散乱する上を歩いてパキポキと音が鳴るのだが、灯りが無いと何処をどう歩いているのか以前に、何を踏んでいるのかも分からず足が竦む思いがするので。
灯りを目当てに前へ進む。
言葉にすれば一言だけの現状。言うは易し、行うは難し。とは、よく言ったものだなぁ、などと不意に蘇った前世の諺を身を以て実感している。
「サイ、大丈夫か」
ギィに確認され、なんとか、と小声で父に返す。振り返ると平民のダンはヒョイヒョイと歩くのに対し、ルーノは四苦八苦というのか悪戦苦闘というのか、サイより酷い。
多分、貴族の、それもかなり良い家柄の出身であるルーノなので、成人するまでは出かけ先まで舗装された道を馬車で行くスタイルだったと思われる。あとは歩くにしても舗装された良い道であって、このような何の手入れも為されてない道無き道を歩くことなど皆無だったのでは、と思う。もちろん、平民に身分を移しても魔道具師という仕事柄、こんな道を歩くような場面など今まで無かっただろうし。
ダンは平民出身ということと、負けん気の強さを見るに、多分子どもの頃はヤンチャだったのだろう。どこにでも行って、行き先で困難に遭っても、がむしゃらに突き進んで来たのではないか、と推測する。その結果がヒョイヒョイとした歩みに滲み出てる、と思う。多分。
対照的な二人に気を取られて濡れ落ち葉に足を取られズルリと滑らせたので、サイは背後を気にすることを止めて歩くことに集中した。
満月とはいかないが半月くらいの明るさのランプを頼りに歩き続け、体感的には三時間か四時間歩いたようなところで、案内役のトバが立ち止まった。
その立ち止まった先は淡いどころか光源と言えそうなくらい、明るく輝いていて、暗さに慣れた目にはちょっとどころじゃなく眩しいけれど。
慌ててそこまで足を進めると、息を呑む音は一体誰から発せられたのか。
「これは、すごい」
呆然としたような甲高い声音でルーノが言う。弾かれたようにその横顔を見れば、夢心地のような顔つきで、目の前の光景に見入っている。
核。
そのイメージは、サイの前世、テレビ番組で見た洞窟内にあった水晶という鉱物のイメージ。
とんでもなかった。
生えている。
その表現が正しい。
地面から樹や花が芽吹いてニョキニョキと成長したかのように、大木と見間違うような核が一つ二つ、なんてものじゃなく見渡す限り生えている。
そして、これでもか、というほど発光しまくっている。核ってこんなに発光するのかって驚くほど。
サイのうろ覚えの記憶でも、こんな風に水晶は生えてなかった気がする。
つまり見た目は一緒でもやっぱり別物なのだろう。
水晶は鉱物だけど、核は群生しているような雰囲気から見ても、植物に近いのかもしれない。
でも、見た目は水晶だし、触り心地も硬くて水晶みたいなのに。
コレが異世界かー。
現実逃避をしつつ、サイは改めてルーノとダンを見る。既に二人は核に触れて確認している。
「大きさも硬さも申し分ない。トバさんと言ったか。コレは確かに、うんと金を払ってでも欲しいもの、だよ。というか、コレ全部を一度に買うとしたら、この国にある全員のお金を掻き集めても、お金が足りないかも。それこそ、トバさんや、トバさんの家族とかここの領地のみんなからもお金を集めるくらいになっちゃう」
ダンの言葉にサイは、それは意味が無いやつだな、と脳内で突っ込む。トバも「それは困るがや」と困惑気味だ。でも、ルーノもうんうん、と頷く辺り、コレ全部を一気に買うということは、そういうことなのだろう。
それって、あれか? この核を一括購入しようとすると、このウルフェ国が破産というか、滅亡しちゃうような? えっ、まさか。そんなに高額なの? そんな高額品がこんなとこに眠ってたの?
「まさかウルフェ国滅亡する?」
サイがおそるおそる尋ねると、ルーノとダンがあっさり頷いた。
「うん。この国の国民が何人とか、公表されている。そして国民一人あたりの平均賃金額も公表されているからそれで計算しても、ここの核を一度に買う金額には到底足らない。魔術師って貴族と平民とで意識の差はあっても賃金的な差は無い。で、自分の賃金額で魔術師の人数分を計算した分を合わせても、全然足らない。それくらい、ここにある核は、質も量も桁違い。他国からの輸入に頼ってたけど、ウルフェ国から輸出出来るし、多分コレを他国に輸出したら、他国で売られている核より質が良いってことで、輸入してる額の三倍くらいの値段で取引されそう」
ダンが言っていることに、嘘でしょ、とルーノに視線を向ければ本当だ、と同意している。
「えー、この領地貧乏そこそこで借金が無いだけマシ状態だったから、どうにかしてなんか魔道具でも発明してお金稼いで領地を富ませるつもりでいたのに。そんな必要まるで無いってこと?」
サイはガックリとその場にしゃがみ込んで両手をついて項垂れる。
「なんだ、サイ、そんなことを考えていたのか。それで魔道具師になりたかったのか?」
サイの独り言を聞いたギィが反応する。
「そういう気持ちはあったよ。折角父さまの息子として生まれたから、領民のみんなに何か出来れば良いなって思ってたし。貴族の子ってそういうものでしょ。でも、まぁそれはそれとして、作りたい魔道具もあるから、ホーク領のことは気にしないで魔道具作りが出来そうだけどさ」
少し不貞腐れたように頬を膨らませるサイに、ギィは目を瞬かせてから、はっはっは、と笑う。
「サイは大人びているって思っていたが、そうしているとまだまだ子どもだな。安心した。作りたい魔道具があるのなら、魔道具師を目指していればいい。でもそうか。ちゃんとこの領地のことをサイなりに考えていてくれたのか。ありがとう」
ギィから真っ直ぐに感謝の言葉を言われサイは、気まずい気持ちで目をあちらこちらへ彷徨わせてから、うん、と頷いた。
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