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魔力量の基準値は

「魔力量の基準が抑々不明なんだ」


 サイは自室に入るなりベッドに寝転び言葉を溢す。


「一体、魔術師になるための魔力量の基準はどれくらいなのか。例えばティーカップ一杯は少ないとして、百杯なら多いのか。それでも少ないのか。我が家の屋敷くらい魔力量があれば多いと考えていいのか。それともそれすら少ないと判断されるのか」


 言葉にしながらサイは思考を進めていく。


「そういえば生まれたとき、五歳、成人のとき。魔術師が魔力量測定に立ち合うが、じゃあその魔力量測定の基準値はいくつなんだろう。基準値があるからそれより少ないと魔術師勧誘をしない。そうだ。あの魔術測定器は数値化出来る代物。その数字の基準値が分かれば、多いことも少ないことも分かるはず。それを知っているのは魔術師だけ、か? 測定器は教会にしか無い? いや、魔術師が立ち合うからには、寧ろ魔術師が所持している可能性が高いか? でもこの国の人口を考えると、魔力量測定器の数が少なければ、もっと早くにトラブルが起きているはず。だとすると、教会に必ず置いてある、と考える方がスムーズか。まぁ測定器の数はこの際どうでもいい。問題は結局のところ、魔力量の基準値だから」


 この辺りはローゼリアに尋ねれば知っているだろうか。あの魔力量測定器は、魔術師と場所を提供している教会側しか数値が見えないのか、サイにしても兄たちにしても数値が見えたことは無い。この辺りは兄たちに魔力量を尋ねたのだから間違いない。おそらく両親も自分の魔力量の数値は知らないだろう。ということは、測られる方は数値を知らないと見るべき。では基準値を知っているのは魔術師と教会側くらいか。


「母さまに数値の確認をしてみるか」


 天気の良い日の午後は、手先の器用な父・ギィが造った書斎で読書をしていることが多い母・ローゼリアである。

 好きなだけ本を読んでも良い、と夫となる人が言ってくれただけでなく、小さな書斎まで造ってくれたことに感激したものよ、と微笑んだローゼリアは少女のようであった、ということをサイは思い出しつつ、書斎を目指す。


 日本人の記憶を思い出したサイからすると、ローゼリアの書斎はログハウスと表現するのが近い。貴族家の屋敷は専門の職人が何年も掛けて建てる代物だが、平民は丸太を組み立てたログハウスやレンガ造りの家が多い。ギィは祖父・イエと父・オノと同じく生まれは平民だ。周囲の貴族から嘲笑されていることはさておき、生まれは変えられない。貴族の所作やマナーも完璧とは言わずとも見苦しくない程度には、体裁を整えられている。

 それでも、書斎を自分で造るという発想は、平民の考え方ではある。だが、そんな父を母は嫌がっていないし、兄たちも自分も嫌ではないので、それでいいと思う。


 そして、母は殊の外この書斎がお気に召したようで二日か三日に一度は、読書時間が取れなくても訪れている。読む時間が無くても、本に囲まれているだけで落ち着く、というのだからローゼリアの本好きは押して知るべしだろう。


「母さま、急な訪問をお許しください」


 貴族の所作やマナーを忘れないために、家でも貴族らしい生活を送ることを心掛けているリーヴァ一家。サイももちろん、砕けた話し方はせずに、このような話し方で母を訪った。先程の落ち込み具合から浮上していれば良いのだが。


 至福の読書時間を邪魔されたことをローゼリアは怒ることなく、サイに向かい側の椅子を勧める。どうやら落ち込みは解消されたようだ。母付きの侍女が改めてローゼリアと、そしてサイにお茶を淹れる。魔道具のお陰で湯も沸かせるティーポットだ。便利で、やっぱり魔道具は良いなぁとサイは思う。


 木目がくっきりした荒々しく削られたテーブルの天板。それと二脚の椅子。あとは壁一面の本棚。中身の本は定期的に入れ替えられることもある。それがこの書斎の全容。


 ちなみに椅子とテーブルと本棚も父の手製で、天板が荒々しく削られているのは、ヤスリをかけて滑らかにする前の天板を見たローゼリアが、そのままで良いと言ったからである。ヤスリをかけないと木の棘が刺さったら危ないから、という父の説得に渋々受け入れて最低限ヤスリをかけられているこの天板。自然の素材を活かしたテーブルであることが母の好みにピッタリだったらしい。魔道具を使えばヤスリがけも楽でかなり滑らかで綺麗なのだが、とギィは呟いたという。


 そんなことから分かるように、ローゼリアは意外にもホーク子爵領とリーヴァ子爵家にあっさりと順応していた。


「それでどうしたのかしら」


「はい。母さま、魔力量測定器の数値についてご存知ではないでしょうか」


「魔力量の数値? どういうことかしら」


「魔術師になるための条件として、魔力量が多いことと、古語を覚えることが必須です。古語は魔術師として魔術構築の祝ぎ詞を唱えるのに必要ですから。それは練習すればなんとかなると思うのですが、もう一つの魔力量の問題が気になります」


「というと?」


「魔力量測定器に数値が出ても測られる方はその数値を知りません」


「ええ」


「ということは、魔力量の基準値を知るのは、魔術師と教会側ということになります。基準値を誰でも知ることが出来れば、その基準値を満たすような魔道具がもしかしたら作れるのではないか、と考えました。抑々、生まれた時と五歳と成人年齢の十八歳で測定するのは、魔力量が安定しないから、ですよね。生まれた赤子と成人の魔力量が同じこともあれば、増えることも減ることもある」


 そこでサイは一度お茶に口をつける。紅茶の香りがサイを落ち着かせてくれるし、喉も潤う。


「それも不思議ですが、それなら五歳で測る意味が分からない。赤子のときは少なくとも五歳では増えることもある。でも成人したら減ることもある。だとしたら、魔力量とはそんな曖昧なものなのに、五歳から成人まで測らない理由も不明。毎年測らないことも不思議ですが、そこは問題にしません。問題は魔力量の基準値がどれだけなのか。それが分かって魔力量を基準値に満たす魔道具が作れれば、私も魔術師勧誘を受けなくて済むと思うのです」


 サイの質問にローゼリアは、ああなるほど、と頷いた。


「それはそうね。でも、魔力量の基準値は私も分からないわ。魔術師と教会側。それから国王陛下や宰相様辺りはご存知かもしれないけれど。でもそうね、お父様、あなたのお祖父様ならご存知かもしれないから尋ねてみましょうか」


 ローゼリアの言うお父様とは、ヴェルクンティル前伯爵のこと。現在ローゼリアの兄にヴェルクンティル伯爵の座を譲っているので、比較的時間が取れやすい、とローゼリアは言う。まぁ電話のような魔道具があるので、それを使えば直ぐに分かるだろう。電線は当然無い世界だが、どういう仕組みなのか、魔道具で電話っぽい物がある。便利だ。

 サイはお願いします、と母に頭を下げた。

 というか、こんなに便利な物ばかり存在しているというのに、魔道具師の地位が低いのは何故なのか、本当に疑問だ。

 魔道具は魔術の理論を道具に組み込み、一定の魔力を貯めておける核という物に魔力を込めて作られている。風の魔術の応用で音を集約しているのだろうが、色んな音を集めてしまっては意味が無いので、特定の声や音だけを拾うという理論で作られているようなのだ。

 尚、その魔術を構築した魔術師が凄いのであって、魔道具師はその魔術を利用しているだけ、という考えが浸透しているのが、魔道具師の地位が低い理由らしい。

 いやいや確かにその魔術を構築した魔術師は凄い。だが、それを利用しようという発想になった魔道具師だって充分凄いはず、とサイは思っている。


 まぁサイのその辺りの思考など知らず、ローゼリアは早速電話の魔道具で父へと連絡を取った。

 ちなみにこの電話の魔道具、こちらでは風音具(ふうおんぐ)という。風の魔術を利用して音を集約した道具だから、ということらしい。まぁ電話だって、電線や電波を介して相手との話が通じる道具なのだから分かりやすい名前といえば分かりやすい名前だ。

 でもサイは風音具より電話の方が、自分の中で理解しやすいので電話と呼ぶことにしている。


「サイ、分かったわよ」


 ローゼリアが父であるヴェルクンティル前伯爵との通話を直ぐに終えると、魔力量の基準値は公に発表されてないものの、秘匿情報でもないため、貴族当主は知っている人も多いらしい。当然、ローゼリアの父であるヴェルクンティル前伯爵も知っていて、基準値を教えてくれた。


「母さま、ありがとうございます。でも秘匿情報じゃないのなら公に発表しても良さそうですが」


「魔術師や教会側の考えは私もよく分からないわ」


 サイの素朴な疑問にローゼリアは苦笑する。サイもそれはそうですね、とあっさり引き下がる。知りたい情報は分かった。ということで、基準値を満たせるような魔力量をアップする魔道具を考えてみることにしよう。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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