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だが断る

「確かに我が子爵領は他領に比べると領地の半分が森であることで畑の収益も少ない。ゆえに税収も少なく金銭面において不安が無いとは言えません。ですが、魔術師になれば給金の面は素晴らしいのかもしれませんが、私個人の給金で賄える範囲など限られておりましょう。つまりは大したものでは無いでしょう」


 サイはまだ七歳だが、その物言いは既に成人した人物のように老成しており、ライナージンスは何度となくサイと会話する度に、いつも一瞬だけ気圧される。たかが七歳の子どもだというのに。


「なるほど。では君が魔術師になりたくない理由は変わらず、魔道具製作に力を注ぎたいから、で良いのかな」


 頬を引き攣らせながらライナージンスは素気無く断られることに笑顔を作り、当初からサイが発言しているようにその理由を確認する。


「ええ、その通りです。私は魔術師にはなりません。魔道具師になりたいのです」


 サイは淡々とした声音で肯定する。

 ライナージンスは気づかない。

 親も兄たちも気づかないかもしれない。

 サイの淡々とした声音に潜む魔道具製作を望むその熱量を。


 抑々、サイは異世界転生者である。


 平凡な日本人男性で事務仕事をこなしていた所謂サラリーマン。給料をもらい、貯金をしつつも恋人は居なかったものの適度に友人と食事したり旅行したりという男性だった。普通というなら普通なのかもしれない。但し、気づいたらサイに生まれ変わっていたので、病気か事故か、それで亡くなったのだろう。

 異世界転生なんて、そんな物語じみたことがあるのか、と思ったものの転生してしまったし、異世界なのも理解した。もうどうしようもないので受け入れた。

 日本に魔力なんて無かったし魔術師なんて居なかったし魔道具だって無かったのだから、受け入れるしかないのだ。


 平凡な自分がなぜこんなことに、とは今も思っている。だが、折角生まれ変わったからには、魔法が使える魔術師の道なんて楽しそうだと思ったことはある。三歳くらいまでの話だ。その後は周囲から元平民と揶揄され蔑ろにされて立場を理解した。


 同時に魔術師の勧誘で魔術師が嫌いになった。目の前のライナージンスが魔術師嫌いになった理由である。もう一人、サイを勧誘してくる魔術師も嫌いだが、ライナージンス程ではない。でも嫌い。


 そんなわけで、魔術師の道は早々に消した。

 じゃあ何がしたいか。


 日本人だった頃、親より先に死ぬという親不孝をしてしまったので、親孝行をすることがしたかった。そこで考えたのはホーク子爵領を貧乏から脱出させること。簡単なのは森の開拓。畑が増えれば税収は増えるから。単純だが分かり易い。だが、領民たちはそれを拒否する。言い伝えがあるから。


 その言い伝えを言い伝えだとバカにするか、それとも言い伝えが残るほどに何かあの森にあるのか、前者の考え方と後者の考え方ならサイは後者の考え方だった。だから言い伝えをよく知っている領民から話を聞いたり王城の図書室にいた母が何か知らないか尋ねたり。


 それでなんとなく推論が成立した。


 魔力は自然にも動物にも人にも宿る。特に魔術師は自然や動物から魔力を補充も出来る。と言われているが、補足が必要のようだ、と。ホーク子爵領にある森そのものが、魔力の源らしい。国ごとに魔力の源になる自然があるのかもしれないが、そこまでサイは調べていない。サイが調べた限りでは、元々森があり、その森の周りに人と動物が棲みつき、国になっていったのだろうこと。この辺りは母が知る昔話による推論。


 ただ国の中心地がホーク子爵領から今の王都に移ったのは、分からないが推測はある。その頃の魔術師ないし王族あたりが敢えて中心地を意図的に逸らすことによって、森をあるがままの姿に保てるようにした、というところではないか、と。


 日本でも各地に神社などの聖域があった。だが、聖域が中心地の地域もあるだろうが、中心地にしない地域もある。それと同じようなことではないか。


 聖域を保つことと同時に、聖域を中心地にすることで人の欲で穢れてしまう可能性を考えた。これも今のサイによる推測だが、強ち間違っていないと思っている。ゆえに中心地をズラした。


 だから、森の開拓は早々に諦めた。

 では、親孝行、何が出来るのか考えた結果、魔道具師になって領地を繁栄出来るような魔道具を作れないだろうか、と。


 だからサイは魔術師の道は進まない。魔道具を作成している者たちを落ちこぼれ扱いするような連中に仲間入りする気はさらさらない。


 魔道具を見れば、その便利さは目を見張るものがある。日本人の意識からしても、掃除機や洗濯機や冷蔵庫に似た道具もあれば、なんだったら空気清浄機的なやつまである。世界観としては、二十世紀初頭のヨーロッパの雰囲気だが、物や服や食べ物は二十世紀最後辺りの日本人の感覚でも馴染み深いものがある。それを凄いと思わない魔術師なんぞ、見る目が無い奴等ばかりだとしか思っていない。サイとしては魔道具師たちに会って、誰が洗濯機を作ったの? とか聞きたいし語り合いたい。

 だから魔術師なんてアウトオブ眼中だ。


 だというのに、断っても断ってもやって来る魔術師。嫌いに拍車がかかる。アレだ。振り払っても振り払ってもしつこい虫と同じだ。なんか虫除けスプレーでもあったらもう来ないだろうか、と本気で考える。兎に角うざったい。でもウザいと言っても理解されないだろうなって思っている。諄い(くどい)なら分かってくれるだろうか。いや分からないだろうな。


 どうにかして追い払えないだろうか、とサイはずっとストレスだ。


 そんなサイの心情を理解していないだろうが、プライドは山より高いだろうライナージンスが、元平民に素気無くされるのが気に食わないのか、帰る気になったらしい。やっと居なくなった。塩を撒きたい。


「サイ、本当に魔術師にはならないの?」


 いつものやりとりをきっと見守っていたのだろう母が背後から声をかける。サイは頷く。興味ない。


「でも、それだけ魔力が多いのに勿体ないわ」


 母のこの言葉もまた、最近よく聞くようになった。そこでふとサイは思う。

 領地を豊かにする魔道具製作より先に、執拗い魔術師たちがサイを諦めるような魔道具を作る方がいいのではないか、と。

 ライナージンスなど元平民だと見下すくせにそれでもサイを勧誘する。それはなぜか。魔術師が少ないから。ということは魔術師が多くなるような魔道具を製作すればいいのではないだろうか。

 そう考えながらも、今までは曖昧に笑うだけだったサイは、母を真っ直ぐに見つめて静かに問うた。


「ねぇ母さま、魔力が多いのに魔術師にならないのは勿体ない。じゃあ母さまは本が好きで王城の図書室勤務までしていたのに、父さまと結婚して図書室勤務を辞めたのは勿体ないこと?」


 母・ローゼリアは「そんなことはないわ」即座に否定してからハッとする。


「ああ、サイにとって魔術師になることよりも魔道具師を目指すことの方が大切だったのね? 母さまは確かに結婚を提示されたとき、図書室勤務の仕事を辞めることは未練があった。でもあなたたちのお父様と結婚し、あなたたちが生まれてからは、その未練は消えていた。それは勿体ないことでは無かった。それと同じね?」


 母の確認にサイが頷く。


「ごめんなさい、勝手に勿体ないと決めつけていたわ。サイがやりたいのであれば、魔道具師を目指すことは良いことよ」


 元来、ローゼリアは聡明な女性だ。

 だからこそ内気であっても王城の図書室勤務をこなせたのだから。図書室勤務はただの本好き女性では試験に合格出来ない。本の扱い方や本の探し方などは勤務してから覚えられるかもしれないが、本を探しに来られた方がなんの本を探し求めているのか、という会話術が必要な職業である。その会話術は頭の回転の早さが無いと成立しない。内気でも母の本への熱量は別であることをサイは知っているし、王城の図書室室長も知っていたことだろう。だから合格して勤務出来ていたのだから。

 その賢さを発揮して、ローゼリアはサイの気持ちを慮れなかったことを恥じつつ、サイの望む道を後押しした。


「ありがとうございます、母さま。父さまと兄さまたちも許してくれますかね」


「大丈夫よ。あなたがやりたいことなのですから」


 サイの確認にローゼリアが頷く。父と兄たちへの根回しに協力してくれることだろう。


「では、母さま。もう一つ問題の解決への助言をお願いします」


 ローゼリアの説得が成功したサイは、そのまま更なる頼みごとをする。先程考えた、魔術師を増やす魔道具製作についての助言。執拗い魔術師たちを追い払うため、とは言わないが、これほどまでに魔術師への勧誘をされるのであれば、どうしたら魔術師が増えるのか考えられないか。魔道具でどうにかならないだろうか、とローゼリアに相談する。


 ローゼリアは難問を聞いたと眉間に皺を寄せて悩み出す。魔術師を増やすような魔道具など、それは魔術師が新たな魔術を構築するよりもさらに難問ではないだろうか、と内心でローゼリアは困惑した。

 だが、可愛い息子のためである。何かしらの助言が出来ないだろうか。


「魔術師になる、というのは誰にでも出来ることではありません」


 ローゼリアが問題点を考えるべく、言葉にしてみる。サイは遮ることなく黙って聞く。


「条件は魔力量が多いこと。古語を話せること。この二点のみですが、魔力量が少ない者が割と多くて魔術師になれない者は多い。魔力量が多くても古語が話せなくてなれない者もまた多い。ゆえに魔術師は少ないので両方が備わっているサイは貴重です」


 そこまで口にしてみて、そしてローゼリアはそこから先が思い浮かばなかった。条件はそれだけだというのに、その条件をクリアに出来る魔道具など全く思い浮かばない。助言を頼まれても母として何もしてやれそうもない、と理解した。


「ごめんなさい、サイ。私には助言してやれるものは何もなかったわ」


 淑女としては褒められたものではないが、家族の前なので自然と肩の力が抜けているらしく、ローゼリアは落ち込む。表情豊かでも許されるのは息子の前であることとリーヴァ家が元は平民の気質ゆえに、淑女らしくあれ、といった雰囲気ではないからだろう。


 そんなローゼリアの意気消沈とした姿を慰め、自室に戻るサイ。尚、ずっとローゼリアに付き従っていた伯爵家からやって来た侍女に、母の好きなお茶とお菓子を頼んでおく。侍女は心得たように大きく頷いた。これで母の方は大丈夫だろう、とサイは思考を切り替える。ローゼリアの疑問を聞いて改めて考えたことがあったので。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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