魔術師の未来を勧められる
平民や女性蔑視発言あります。
物語上の演出ですが、ご不快な方はすみません。
「サイ君、魔術師になる気持ちはまだ無いかな?」
リーヴァ家を訪れるなり挨拶もそこそこに切り出して来たのは、魔術師のライナージンス・ティガー・メルクリーム。名前から察せられるように貴族、それも公爵家の出身。
彼は身分で人を見る性質があり、リーヴァ家のことは元平民として揶揄どころか軽蔑と冷遇の対象であった。イエ・オノ・ギィは平民の血だから魔力量が少ないと馬鹿にさえしていた。
だが、実際にはそんなことはない。
数年から十数年に一度くらいの割合で平民からも魔力量の多い子は現れる。だから魔術師にも平民出身はいる。ただ、平民出身だと嫌味を言われ嫌がらせをされ、果ては虐めまで受けるので魔術師になれた時点で貴族も平民も名を短くする。貴族の場合は通称みたいなものを作る。名前で身分が分からないように、という工夫だ。
尤も所作や言葉遣いなど様々なところで差が出てしまうので、その工夫も意味を為さないので、結局のところ貴族出身者は、短い名前を作らない。特に、ライナージンスのような家や身分に誇りを持っているような者は。
そんなライナージンスにとって、元平民の子爵家を訪れることは、屈辱以外の何ものでも無い。正直、嫌々訪れている。それでも訪れるのは、サイの魔力量が生まれたときから多く、魔力測定に立ち会った魔術師が魔術師勧誘をするほどだったから。
また、五歳のときの魔力測定には、ライナージンスにとってライバルに思う魔術師が立ち会い、サイを弟子として迎えたいとまで言っていたからだった。
魔術師は弟子を取って一人前に導くことが出来たときに魔導師という称号を得る。ランクアップということだ。弟子を取るのにも、魔導師の誰かの許可を得てからではないと取れない。つまり、ライナージンスのライバルは、弟子を取っても良い、と魔導師から許可を得ていることだ、と分かったライナージンスは、実力主義の魔術師たち、魔導師たちを納得させられるように努力を積み重ねた。その甲斐あって、弟子を取る許可を得たので、ライバルが弟子にしたがっているサイを弟子にしよう、と月に一度の割合で、一年ほどリーヴァ家に押し掛けていた。
「魔術師になる気は有りません」
ライナージンスのライバルも二年間、声を掛け続けているようだが、全くその気が無いと鰾膠もない対応をしているサイ。そのサイを自分の弟子にしたらライバルは悔しがるだろう、と思い、この一年、ライナージンスはサイを勧誘していた。勧誘そのものも魔導師か弟子を取る許可を得た魔術師だけしか出来ない。それだけ優秀な自分の誘いを素気無く断って来るサイに対して苛々とし、なぜこの自分がこのような態度を取られなくてはならない、と不満を覚えていた。
それでも、と堪える。
ライバルに優越感を抱くために。
尚、ライナージンスは一方的にライバル視しているだけで、向こうは歯牙にも掛けない態度を貫いていることは、魔術師たちの間では有名な話である。
「なぜだね? 君は父親が元平民の割には母親が生粋の貴族だからか、魔力量が多い。それはとても光栄だと思わんのかね? 魔術師になれば母親に恩返ししてやれるというもの。父親は、まぁ、行き遅れとはいえ、生粋の貴族令嬢を妻に出来て、生まれた子が魔力量が多いのだから、それで恩を返してやってると思うぞ。そして魔術師になれば母親にも恩返しをしてやれる。行き遅れと笑われていた母親のためになるじゃないか。魔術師になることの何が不満なんだ?」
これでもライナージンスは、精一杯サイに歩み寄ってやっているつもりだ。
公爵家に生まれたこの俺が、元平民の子どもに寄り添ってやっているというのに何が不満なのか、という尊大な態度を全く隠さずに、ライナージンスはサイに語りかける。無論、彼は平民は見下して良い、と無意識に思っている。いや、生まれ育った環境から培われた正しい価値観である、と考えている。
サイの母親に対しても生粋の貴族なのは良いとしても、ギィより六歳年上の伯爵家の女だと知って、まぁ元平民に嫁ぐのは訳アリじゃないと有り得ないよな、と鼻で笑った。尚、伯爵家の家名を聞いて、特筆するところの無い平凡なあの家かと納得し、あああの家の末っ子は確か生意気にも王城の図書室に勤務していたな、と思い出したものだ。黴臭い本に囲まれた陰気な娘なら確かに元平民に嫁ぐくらいしか嫁ぎ先など無いだろう、と。
そんなライナージンスには、サイの兄二人、クヒルとケサのことなど頭の中には無い。魔力量が少ない時点で眼中には無いし、元平民の子なのだから当然、くらいの気持ちだし、おそらくサイの兄二人の存在はライナージンスの中から消されているだろう。
サイの魔力量が貴族出身で貴族であることを鼻にかけているライナージンスの目を引くほどに、多いだけである。魔力量が多いことは、魔術師(ランクアップした魔導師も元は魔術師なので、世間では魔術師で統一されている)なら誰でも、つまりライナージンスだけでなく魔術師は皆が知っている。
ライナージンスでも、ライナージンスが勝手にライバル視している魔術師でも、誰でもいいからサイを魔術師への道に引っ張ってこないかな、というくらい、期待出来る魔力量なのだ。その裏事情をライナージンスも肌で感じている。そんな期待をしている魔術師たちに自慢もしたいからこそ、ライナージンスは元平民の子爵家に嫌々足を運んでいるのが現状。
そんな自分の不満を自身では抑え込めている、と思いながら勧誘しているというのに、一貫してサイは魔術師の道を選んで来ない。一体何が不満だというのかとライナージンスは内心の不満と苛立ちを顔面に表しながらも説得を試みる。
「あれかな。元平民の君の家としては、資金繰りに困ってでもいるのか。であれば、魔術師になれば王城勤務の政務官のように雇用されるが、政務官の三倍くらいの給金がもらえる。金に困っているのなら余計に魔術師になるべきだ」
資金繰り云々はライナージンスの勝手な思い込みではあるが、金銭面での不安が無い、とは言い切れないのもリーヴァ家の事実ではある。
散々ライナージンスが見下すように、周囲からも見下されるように、リーヴァ家は元平民の子爵家。
ホーク子爵領はその領地の半分が森で、開拓が出来ていない。森に人が住めるような状況でもない。リーヴァ家の初代にあたるイエと、息子で二代目のオノが平民であった頃、つまり一領民であった頃、皆と共に前領主に森の木を切り倒して開拓を命じられたことはあった。イエやオノだけでなく、定期的にそれまでの領主が時代時代に、平民たちに森を開拓するよう命じることはあったが、誰一人として成し遂げた者は居なかった。
というより、領民たちが断った。
領民たちは森の言い伝えを信じていた。
森を破壊すると、人も動物も自然も魔力を失ってしまう、と。ゆえに森を開拓しようと思う者は出て来なかった。
イエが仕えていた領主は、領民たちが自分の命に従わないことに激怒し、鞭打ちを与えたり見せしめに領主の護衛騎士団に領主命令を聞かなかった罰として殴らせたりした。それでも領民たちが一向に聞き入れないので、仕方なく護衛騎士団たちに森の開拓を命じたが、それは騎士の仕事ではない、抑々軽々に森の開拓など無理だと団長以下騎士団員全員の反対を聞いて、断念したのだが。
護衛騎士団や領民たちに逆らわれたことが気に食わず、重税を課し気分で民を罰する悪政を敷いた。
これがイエたち領民の反乱を巻き起こし、反乱が成功して結果、イエが領主に任命されてしまった内容。
その大元である森を守る考えは変わらないとしても、イエ・オノ・ギィと三代続けて領主を務めてくれば、税収の重みというものは理解出来る。
イエが仕えていた前領主のように重税を課すのは考えものだが、だからといって軽くすれば良い、というものでもないことは、王城から送られてきた政務官の話でイエもオノも理解した。マトモかつ思いやりのある真面目な政務官が派遣されたことは、イエにとってもホーク子爵領と領民にとっても幸いだった。
まぁ王城の中枢部(国王陛下を筆頭に宰相や各大臣たち或いは各領主たち)とて、勝手な重税を課したり気分で罰を下したりしていた前領主のことは、目を付けていた状態だったので、すかさず良い政務官を送れたという裏事情がある。見捨てていないぞアピールと言えばそれまでだが。
ホーク子爵領の領主の後任選定が難航していなければ、王城の中枢部も早急に対処したんだよ、というのは王城の中枢部の言い訳でしかない。
実情、苦労しているのはホーク子爵領の領民たちだったのだから。
詫びも込めた意味合いで、王城から送られてきた真面目でマトモで思いやりある仕事の出来る政務官が、右も左も分からないイエを支え、補佐をしてくれたので、領民たちはイエが領主になったことに安心を覚えていた。
政務官は、税の大切さ、税を課すに頃合いな数値、税収の本来の使途、契約書類や領民に告知する文書や王城に報告する報告書類の作成方法、領民たちの訴えを聞いて何を最優先にして問題を解決していくのかなど、厳しいながらも丁寧にイエに教え、もちろんオノにも教えて二人を良き領主に育て上げた。この政務官が居なければ、ホーク子爵領は前領主よりも悲惨な領地に化していたかもしれない。
その後、政務官は王城から帰還命令を受けたが、イエもオノも精一杯の謝意を表した。
二人目の王城から派遣された政務官も、前任者と同じようなタイプの政務官であったので、オノを支え、ギィを嫡子として良く育てた。
だが、そんな二人の政務官であっても限られた任期の中では出来なかったことがある。
ホーク子爵領の収入見込みの増収。
愚かな領主のように重税を課すのは論外だが、他の領地のように広い麦畑や野菜畑が作れるわけでもなく、放牧も出来るわけでもない領地の半分が森のホーク子爵領。
では、森に資源があって、それを売買して収入源として確保出来るのか、といえば、それも無理であった。
森を開拓してはならないので、収入源確保ももちろん無理だが、森を資源として木を切って売りに出す、ということも難しい。木を切ろうとして大変な目に遭った、という話を領民たちはあちこちで聞いていたからだ。聞いた話なのか、聞かされた話なのか。兎に角分かることは、木を切ってはならない、ということ。
では、森に生えている植物で珍しい種類や食用の植物、或いは花を採取して売るということは出来るか、と言えば、結論から言えば出来る。とはいえ、それで大幅に収入が増えるわけでもなく、当然税収も簡単に増えるわけではない。貴重な収入源ではあっても微々たるもの。
それがギィの代に変わっても続く、ホーク子爵領の金銭面での不安。そういうわけでライナージンスの見立ては強ち間違ってはいない。だが、正しいとも言い切れない。資金繰りに困っているわけではない。但し無いに越したことはないのが実情。とはいえ、ギィは息子たちが望まない道を進んでまで家や領地に金を入れろ、という考えの父親ではない。自分と妻でなんとか遣り繰りをしていく、という考えの人である。
だから、サイが魔術師の道を選ばないのは、金銭面の不安が主では無く、他の理由があった。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




